今年 彩り美しい花々が青空を仰いでいる頃に、こうた(長年飼った犬)が一人寂しく逝ってしまった。
子供たちがダンボールを組み合わせ BOXを作った。夫は皆を責めながら 息子と共にBOXに入れた。
簡単な弔いの後、夫は 段取り良く何処かに連絡をとり、亡骸を連れて行った。
皆 気が重く苦しい・・・だけど泣かなかった。至って平然としていた。
次の日 私は泣いた。
いつもの習慣で 散歩の綱をつい手にしてしまって、どうして良いか判らなくなり車に飛び込んだ。
誰にも気付かれないように・・・ワア~ワア~車の中で声を出して泣いた。
その日の夕飯時も 皆は平然としていた。
夫は泣かない。 泣くことを執拗に嫌がる。
だから 我が家の子供たちは泣かない。そう躾けられている。
こうたの居ない日は、悲しかった。
こうたの居ない時間を信じたくなかった。
こうたの居ない事実を私は泣いた。毎日、そっと泣いた。しばらく泣き続けた。
今思えば、私は泣くことでこうたの死を受け止めることができた。
受け止めることで、日ごろの家事をひとつひとつ進めて行くことが出来た。
耐えることは無い 泣きたい時は泣くといい。そのことを愛犬が教えてくれた。
そう この歳になって知らされた。
今でも こっそり泣いている。
もう、そろそろ明日を考えなきゃ。