何が嫌なのかポイントを話す

文のお題 (日替わり)
これまでで最も難易度が高かった個人的な目標は何ですか ?


難易度が高いと言えば、子育てです。
特に思春期!『子どもの反抗に動じずに母の思いを言語化すること!』これが難しかった〜〜〜。


我家の長男中学2年の反抗期は凄まじいものでした。
それはいっときでしたが、長く暗いトンネルに迷い込んだようで苦しかった〜不安でした〜。
彼は父親のいない時だけ大暴れをするのです。
クロス壁を突き破り 拳の大きさの穴をいくつ作ったことか。
本棚を蹴り上げ 本が頭上からドサーと落ちてきたことがあります。
タオルは引き裂かれ 見るも無残な姿になりました。
「私の可愛い息子が…これが本当の姿じゃないよね。」 と泣かされましたよ。
それは、親に対する反抗であり、だんだん強くなる周囲の期待や要求に 表現力が追いつけないという息子の苛立ちがそうさせていたのだと思います。
私以上に本人がかなりシンドイ時期だったのでしょう。


トンネルはいつか抜けるもので、全てが整う時が来るものです。
今では “ プレッシャーに強く物事のけじめのわかる人 ” に成長してくれたと心の内で賛嘆しております。


4人の子どもを育てながら思うのです。
父親がとてつもなく厳しい家庭ならば、母親は周囲をドキッとさせるほど無頓着にしたいことをやってのけ、子どもと一緒に面白おかしく遊ぶ方が宜しいのではないかと。❤
そして、世間を気にすることなく自分がどう思うのか話して聞かせる…傍から見るとちょっとズレタ気ままな親子に見られても、親子の会話は大切です。

子どもが親の嫌がることをする時、
「あなたが悪い!」
「あなたのせいで!」
「あなた、こんなことしないで!」
と、子どもを責めることは逆効果です。
「あなたは、〇〇したいのね。〇〇と思っているのね。」
と、まず見た通りのことを言ってみます。
そして、母は何が嫌か何が大切なのかを子どもに伝えることが大切です!
子どもに対して怒ることを我慢する必要はないんですよ。
「母さんは、もう、カンカンなんだから!」
などのように、時には自分の感情をストレートにぶつけることも大切です。
親の感情を言語化するだけで、子どものいたずらをやめさせることができます。
それは大変だーと、子どもが親のことを思いやって行動を変えるんです。
もっと具体的に言うと
「母さんは、清く正しく慎ましくの心情を大切にしているの」
「私は、〇〇だと嬉しくなるの 心が弾むのよ!」
と、言葉を変えてみるのです。
すると思考が変わるし、子どもも変わりやすくなります。
どっちが悪いかではありません。
子どもが何を学ぶか?何を感じたか?子どもの思考が見えてくると楽しいですよ。
未来永劫
軽快に楽しく生きる子どもの姿は、親の希望です。

自分のやりたいこと やりたくないこと
そのことを自分が明確に言語化し相手に伝えることは、親子して有益です。
怒る必要のない平穏な暮らしが見えてきます。

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平等って?

文のお題 (日替わり)
お気に入りの家風について書いてください。


“家風”の言い回しはしたことが無いような…、さほど由緒ある家系ではありません。

家庭と仕事を両立し、夫と教育方針を相談し合うこともなく追われるように毎日必死に4人の子育てをしてきました。

夫は子どもに勉強を強制することは無かったものの、「自分で考えろ!」と頻繁に言う割には、夫の決断に従わせ子どもに判断を任せることはほぼありませんでした。

頑固親父に閉口する子どもたちの姿が脳裏に浮かびます。

夫の考えを気に入っているのではなく、従うことしか道は無かったのです。

そう言う私は…、

私の子育ては、暗中模索、試行錯誤、って言葉がピッタリ!私は無力だなって思ってきました。
私に、こういう時にはこういう対応が一番!なぁ~んて、そんなノウハウがあるわけがありませんからね。

何かあるごとに 「どうしましょ?」と、立ち止まってきました。

子どもにもいろいろな性格があって、例えると、

内角低めの変化球を見事にホームランにする子がいれば、ど真ん中速球のストライクでも三振する子がいます。

その時、親はどうすべきか???

技術的な指導は、監督(夫)に任せておいて、母親としては何処で助け舟を出すか?出さずべきか?臨機応変に思案しますが、大概はにこにこ笑ってエールを送るしか手がありません。

細かいことまで、ぐちぐちいう母親は、子どもを引きこもりにさせる確率が高いらしいし、

私は足らないくらい楽天家?大雑把?なほうが、子育てには最適!って思っています。

ただ、おやつの配分には、随分気を配りました。

親として、子どもが4人いれば4人平等に育てなければなりません。

平等?平等って、均等な分割のことではないと、私は思っています。

例えば、りんごが5個あります。均等に皆それぞれに1個と4分の1ずつ? まさか!
時と場合によっては、長男が2個、その他の子1個。「2・1・1・1」

「5・0・0・0」や「 0・5・0・0」または、「0・0・2.5・2.5」 の場合だってありうるでしょう。

子ども達の会話や態度などを見ながら、ゆったりと、どっしりと、するどく、見極めなければなりません。

母親の力量が問われる時よ。って、勝手に決断していました。

ぼんやりしてたら、子ども達に不平不満が出るからね。
なるべく間違いのないように、間違いが見つかったら素早く買い足たす・・・。(笑
買った度、分配個数を宣言しているにも関わらず、見つけた者勝ちとばかりに、ボコボコ頬張る子が居るけどね。
「お仕置きだ~! 😠」と、張り切っていたわ。


精神的な平等としては、アンテナを張り巡らせて、その時、その場で、親を一番必要としている子を 誠心誠意、手厚くもてなします。
賛否両論あると思うけれど・・・
私の我が子への対応に限ってだけど、
長男を丁寧にもてなし、長女を会話で甘やかして、次男と次女は、わざとほったらかしています。

兄弟、姉妹、プライドを持ったり、生きる力が身に付いたり、歳上を敬い、年下を可愛がり・・・
なんだか、うまくいっていた様だけど、それは子どもの性分が最良だったからかしら。

いえいえ・・・・。これに関しては、随分遠い未来を覗かなくては分かりませんね。

やはり、お気に入りとはいえませんね。知恵をしぼりながらの体当たりです。

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程よく



苦しいよね。辛いよね。

『思い通りにならない』のは世の常さ。

ところが、言葉一つで少し変わるよ。

程よく思い通りにならない』ってね。

すると少し楽になるよ。

程よく、幸せに一歩近づいているんだ。

言葉が変わると心が変わる。

心が変わると毎日が変わる。

毎日が変わると人性が変わる。





【追記】

フォローしているサイトを拝見していて…

「旦那と子供を追い詰めてる」その文面を目にしました。

読み込んでしまって気持ちが加わってしまって、お声を掛けたくなりました。

もはや精読から味読へと…

コメントしたのですが、反映されません。

貴女へ届くと良いな。。。

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心を育む

どの分野の専門家ですか ?



私は、何者でも無いわ。(笑)



あえて言うなら、子育て寄り添い人です。



自称、子育て中の母親の味方であり、
子どもへの声掛けと心を育てる大切さを伝える言及者です。

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かつて、
保育士資格を取得しました。



園生活で子どもと関わり見守る大人として発する言葉に責任を持ち、これからの時間は子どもへの声掛けに全力で知恵を絞ろうと思ったのでした。



園では、保育士経験の浅い私の座学は無用でした。
「担任と保護者との信頼関係を築く為に貴女は寡黙に!」
「連続的な統一感と責任を保つため」
と、上司の指導はごもっともで、私は補助に徹し保護者への励ましになる言葉を発することさえもできませんでした。



子どもの心を育む力をココで得よう!
保育士の役割は、愛情たっぷりに育てること!
その分野を極めたいところですが、
無念にも聴力は低下し体力の限界を感じ退職しました。
実のところ、
私の居場所は、そこにはありませんでした。
自分が思う園の役割が筋違いであったことや矛盾を改めて感じました。



挫折ばかりではなく得ることもありました。
子育て支援は園の役割の一つですが、そこでの学びは、そのまんまのご家庭を受け止めることが何よりも大事!ということです。
質問が無い限り「こうすれば?あのようにすれば?」の提案は一切致しません。ご家庭の考えを冷静に引き出すことでした。
次に、子どもとの会話です。オウム返しがつなぐ言葉に変わる瞬間を数々経験しました。
子どもの言動に対して共感することが難しいと思う時は、子どもの言葉をそっくりオウム返しすることから始めると共感のコツを掴みやすくなるということです。



夢や希望は儚く散りましたが、保育士の経験は決して無駄ではなく、肯定的、受容的な関りが大切であることを学べたことが私の宝です。



もうお気づきの方もおいでになると思いますが、このBlogの場では、子育てについて私の想いが見え隠れしていることを感じることでしょう。
子どもの“ 真っ直ぐ ”を育んで行くことを主旨として…
大人の心の在り方が大切で有ることを言及し、心のおさめ方を綴っています。

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我を解き放つ


あ〜!私は何様のつもりなの?単なる通りすがりの者よ。


まれに私は「~すれば良かった💦あ~、反省😰」という自縛に はまることがあります。
人の言葉に一喜一憂して、良かれと思うことを?自分の拘りを伝えてしまいます。


「なるようになるさ」と、自我にとらわれることなく やり過ごせると良いのにね。
「人は人、気に留め無いこと」と、自分に言い聞かせると良いのにね。


私には、向き合う人の苦しみや不平不満の感度は分かりません。
わからないのに口を挟んでしまうのよ。ただ、分かっていることを伝えたくなってしまうのよ…。


どんなことを考えているか紐解けば、これからどんな運命となるのか分かるのよ。


自分を許せないことを含めて 不平不満や苦しみの世界を念じている人は、自暴自棄に陥りやすいし、それは苦しみの世界となります。
このままでは思い通りにならない現実とぶつかり続けることになると思うのよ。


心に映る世界は自分が作っているのですから。
向き合う人の祝福を祈って…
良き方向へ自分を導く事に時間を掛けましょうね。


苦しむことは無いのですよ。自分を追い込む必要も無いのですよ。
幸せな時間を過ごすことに意識を向けてゆきましょう。
そうすれば、
自分の人生を変えることができるのです。


目の前に現れる現実を良き方向へ導く事も夢ではないのです。



これまでにも、想いが通じないもどかしさで悩んでいるのを見かけました。家族から叱責を受けたり、親子や妹弟の関係が絡まったり、仕事でミスをしたり、何かしら人生がうまくいかないと感じているのではないかしら。
周囲に失望して近い将来に希望が持てず「もうどうでもいい」と捨て鉢になる状態がなきにしもあらず、それって自分が作り出しているってことなのよ。


「~したほうがよい!」「~して欲しい!」といった執着や不安や願いも私のわがままなのでしょうね。


ただただ、その方の祝福を祈っています。祈ることでもどかしさや苦しみを解き放っています。
解き放つことで!直に心も身体も軽くなるでしょう。

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