以前に『三振ばかりの人生』で、このようなことを言っております。
あくまでも私の場合ですが、努力の結果や成し遂げた証には、達成感を覚えることはありません。
と。
成し遂げたと思ってもヌカ喜びになること再三でしたから。
怯えながらの人生だったのでしょうか?
自分のダメさを認めて、取るに足らないささやかな自分の行いを努力と認めるようになってからと言うもの、最近ようやく達成感を得る喜びを感じています。
厳しい言葉を浴びてもドスコイ!ですね。
深い学びを与えてくれたと捉えることのほうが楽しいですよね。
学びを気付かせてくれる存在には感謝です。
相変わらず昼間の仕事は、「これで良かったのかしら?」と…帰宅しながら毎回反省しています。
努力をして結果が出た時に最も達成感を感じるのでしょうけれど、結果は直ぐに付いてきません。
「果たして私の行いは善か?悪か?」と、自分のものさしで計ったところで不確かです。
最近はグレーゾーンも然り「楽しかったので今日も素敵な日」と、思うようになりました。
私はとても甘いのかも知れませんが、小さな成長を見逃しません。
人と比べずに結果よりもプロセスを評価する声掛けは重要だと思っています。
「前よりも丁寧に書けたね」「自分から進んでトライできたね」「聴く天才だね」「時間内に教室に入れたね」と、過程の変化に気づいて楽しい声掛けが沢山できた時、今日も頑張ったって思います。
不確かですが、ただ楽しくこなしています。
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昨年秋からはじめた布小物の制作ですが、これも楽しいですよ〜❤
想いを注いだ時間の積み重ねに満足しているのかしら。
売れなくても充分達成感を感じています。
リストに基づいて制作したいものを次々消化しています。
思うものが形になる喜びを教えてくれる裁縫が、日頃の不確かなことさえもポジティブに変えてくれます。
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