「国宝」3時間がアッと云う間の映画でした。
頬に涙⋯。上映中泣いていたようです。気づきませんでした。
歌舞伎を知らない私がこの映画を見ています。
この上なく綺麗な女形へ育っていく様、自己実現の過程の勇ましく激しい様に魅了され、意図しない世間の複雑さと翻弄される展開に目が離せませんでした。
中でも視覚的な美しさとは程遠い画像に驚きを覚えました。走って追い掛ける所作、衣裳の着崩れや化粧の落ち具合に悲痛さを感じました。
これは内面的な風景でありますように客席のお客様は着崩れていない綺麗な二人を見ていることを願いました。
おそらく心情を映像にしたのよ⋯。 と。
虚構の映画らしくて、まさしく虚構の歌舞伎世界に魅せられました。
ネタをバラしては面白くないでしょうから感想はこの位にいたします。
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私は30数年前、所作の美しい青年を新聞配達中に幾度も目撃しました。
私に挑戦しているの?女でしょうと私に疑問を投げているの?手本を見せているの?
と、思ったのは束の間のことで…
叶いっこない!
と、諦めました。
化粧も衣装も身に纏っていないけれどその美しさは異空間でしたから⋯。
新聞配達中に歌舞伎の女形の練習をしているのかしら
と、想像しました。
隣の区番を配達しているその青年は、しっとりおおらかなリズムを持っていました。
バイクから降りてパンパンと折りたたんだ新聞をしなやかに手元から放ち顧客の郵便受けに新聞を落とし込みます。
振り向く姿に「間」があって、腰の入った綺麗な形にうなったものです。
私は新聞配達の代替業務を引き受け9つの区番を覚えることになり、
私は運良くその青年の後ろについてバイクで走りながら綺麗な佇まいを堪能しました。
その時、藤〇流の舞踊を習っていると聞きました。
作品の役をしっかりと演じる為に時間を無駄にせず役柄の心情を表現していたのでした。
歌舞伎ではなかったけれど芸風はそちらより…私の想像はあながち間違っていなかったようです。
最早30数年前の未明、基礎をシッカリ学んでいる女形を現実の世界で直視していたことを誇らしく思います。
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