災害に遭った時

休息が必要ですか ? 何からですか ?

新居浜は、台風襲来で大きな被害を受けた ごく最近の歴史があります。

災害に見舞われた時は、心身を休めることがかなり困難な状況です。

もとの生活に戻すこと、ゆったりとした気分でくつろぐことへの執着をもち、しかも時間を無駄にしないで、2度の災害から復興を頑張り通した人が身近におります。

その中の一組が両親です。

諦めず、陽気さ呑気さを保って不幸に襲われたことを嘆かなかった父と母の気力を思い出します。

生活を取り戻す為に、ふやけた畳の傍でビニールシートの上でしばしの休息を取る姿が眩しかったです。

父母は異常な執念でしたが、同じ環境に居ても人により心身の状態は異なります。これは無理だ!苦しい!と発言する気力さえ起こらない場合があるとも思うのです。

災害の規模は異なり、被害が広範囲にわたっていたり復興までに長時間を要する場合があります。

そのことを踏まえて、災害に遭った時にどんな支援が最良なのか?と考えます。

復興資金や必要な物資もさることながら心身の緩和の重要性を感じています。

休息を取れる場所、食事、生理現象を満足させる環境など、被災を想定して整えている自治体や個人が、現時点で何処まで納得している状態にあるでしょうか。

いかなる時も休息の場所は永遠の課題であり、現状の備えでこれで良し!と言う確証はありません。

年々常備品は良いものが出ています。のんびりはしておれません。アンテナを張り巡らせ、完備しなければなりません。

今回の元日16時10分能登半島地震は深さ約15km でマグニチュード(M)7.6の震災は類を見ないほどの災害です。過疎が見受けられ被災地内の努力だけでは解決不可能なほど著しく生活機能が遮断された状況を報道で目にします。



早期の心身の休息を祈ります。

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なんだ坂こんな坂



久しぶりに友人Sからお誘いを受けて
“けーき&ばる あとむ”で食事をしました。



ココは、急な坂を下り海岸を埋め立てた住宅街の一画にあります。

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今回いただいたのは、ネーミングを忘れたけれど『あとむ定食』です。

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彼女とゆっくりおしゃべりをするのは昨年の6月以来です。



元日の能登半島の震災は、報道を聞くにつけ不穏な面持ちになり気持ちが暗く不安定になったと。その話しから始まりました。

「震災に限らず人生の幸不幸は予測しがたいよね。
いつ転じるかわからない。
その時こそ心の在り方が大切だとつくづく思うよ。
この辺り南海トラフ地震も予見されてるじゃない。
その時は気持ちを明るく転じて伴に乗り越えようね。」
などと、彼女を鼓舞するのでした。



あ〜。言っちまった。
本当はそのように思うことで自分の不安を払拭しているのです。
ホントに彼女と一緒なら なんだ坂こんな坂と思えるのです。



その後は、もちろん孫の話に🥰花が咲きました。


長居をしちゃったので謝罪を込めて自家製のチーズケーキもいただきました。

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帰り際、
「夜もしてるから今度はバルを楽しもうね。」
と次の楽しみも提案してくれました。



この落ちつく木目調の洋風のカフェが、夜は酒場に?
是非行こう♬



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今日は、かつて台風襲来で大きな被害を受け、時間を無駄にしないで復興に頑張った災害を思い出しました。
陽気さ呑気さを保って不幸に襲われたことを嘆かなかった父と母の気力を思い出したのでした。

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もう少しの我慢です。

東日本大震災が起きてから三ヶ月が過ぎました。
地震、津波、その上の原発、日を増す事にさらに災害が広がっていくさまは、日本を変えていきました。
皆んなの心がひとつとなり何かをしなければと思いが募りました。
内閣不信任決議案をめぐっての騒動は、無駄なことの例え『屋上に屋を架す』が、よぎりましたよ。
被災者の日常生活の安定に向けて早急に動くときでしょう。
そして、本来の経済再建へと移っていくべきでしょう。
生死のさ迷いと疲れと寂しさを拭い去る日は近いですよ!晴れ晴れと空を仰ぎ見る日は近いですよ!
もう少しの我慢です! 頑張って下さい。
と、指針を示すときでしょう。