笑える不安と厄介な不安

どんなときに不安になりますか ?



どうすれば良いのか迷子になる不安、
退路を絶つ不安、
思い通りに事が運ばない不安、
物忘れによる不安、
それらの不安は日常茶飯事です。(笑)



それらは笑いで吹っ飛ばせますが、染み込んでいることに気付いていない厄介な不安があると言います。
人を責めることが自らを不安にするって、皆様ご存知でしょうか?



人を責める感情が自分へと跳ね返り降り掛かる不安、それを自分は問題にしていないので一番重くて払拭できず厄介だそうです。
だからこそ、常に感情に振り回されることなく、穏やかな行動を起こすように努力したいと思います。


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責めるとき

どんなときに不安になりますか ?



不安はどこから来るのでしょうか?



「不安は外からやって来るのではありません。いつも心から起きるのです。
自分の思い込みから抜け出さない限り、人生を通して苦しみ続けることになりかねません。」
と、説法を聞く機会がありました。



不安は、
誰のものでもない誰の所為でもない自分の心が生み出します。



誰もが不安を抱えます。
私もそうです。
包み隠しているけれど、何らかの正論のもと、私は不安を持っています。



多くの方が、
「正義と道徳のある正しい行動をする」
その言葉に近い校訓であったり企業理念に身を置いて来たのではないでしょうか。



人は、自分を律しながら正しい所を探します。
正しい所に立っていなければ、自分は見捨てられる不安があるからです。



つまり、基本的な考え方を持っている人は、不安を持つと言うことです。



責める感情を自分の頭は一人称と捉えると言うことをご存知でしょうか?
正しい所に立っているはずなのに、人を責めている時は、自分を責めている時です。
見捨てられる不安がある限り、正しい所に立って自分を責め続けます。



その不安は早期に払拭したほうが良いですね。
その方法は、許すことだそうです。
他者を許すことで、自分の不安が消えると言うことです。



説法の終盤は、
「私は、あなたを許します。あなたは、私を許します。と、3回となえてごらんなさい。」
と、おっしゃいました。



自分の思い込みの中で責める感情が大いに不安を呼ぶと言います。
“許します”の言葉で、他者も自分も心は開放されるのです。



どんなときに不安になるのでしょう?
どうすれば良いのかわからない不安とか、思い通りに事が運ばない不安とか、物忘れによる不安もさることながら、人を責めることが自らを不安にするって、皆様ご存知でしたか?
さも道理が分かっているかのように書いてしまいましたが、
聞いたばかりの話が楽しかったものですからゆるりとまとめました。



日々、人を許し心を幸せにすることが人生にとって何よりも大切っと思います。

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