日々心を育む

人生の支えになっている引用や、よく考える引用はありますか ?

「幸せだから感謝するのではなく 感謝するから幸せなのである」

『鍵山秀三郎語録』(2011年9月 致知出版社刊)




鍵山秀三郎さんは実業家であり、NPO法人「日本を美しくする会」の相談役を務めています。





私を支えている言葉です。
様々な事象に囚われている時、出逢う人に合掌をせずにはいられません。
合掌は感謝の思いを心を込めて現す素敵な行いですね。
私は幸せを手に入れるために生活をしているのではありません。
幸せを感じる心を育むために生活を営んでいます。
そこかしこにある幸せに気づく力が大切です。
人は「幸せ」になろうと切磋琢磨し合ったり、個々色々な方法を試します。
ときに、のっぴきならないコトが起こったり、人の幸せを疎ましく思い妬む思いがよぎることがありますが、そんなとき我に返る言葉です。
日々過ごすうえで気づく感謝の思いは、新たな奇跡を起こし更にタネを蒔いてゆくことで周囲を光明化するのだと。
信じています。

ただただ感謝だよ

人生の支えになっている引用や、よく考える引用はありますか ?


「親子の関係は和解じゃないんだよ。ただただ感謝しかないんだよ。」



引用というのかどうか?
自分の生き様を語るにあたり外せない、何度も反芻した言葉です。



私は両親との間に距離を置いてきました。
母の愛を求める激しい感情を隠し、自分の記憶を封印し、
過去に素直になれない私は気丈にも許せない感情のままずっと同じ処にいたのでした。



今、飾らない私は健全だと確信したから書いています。



かつて、
両親相互に指図したりされたり、感情に任せて怒ったり、人の言葉を無視し勝手に構ってきたり体に触れたり、油断して心を許した人の心を傷つけたり、
そんな父と母の全てを忘れようとしました。
忘れた振りをしていました。



幼少期、どれが現実で、何が夢なのかわからない生き方をしてきました。
平常心で生きることが難しいほどの経験をしています。
その後も記憶を飾って生きてきました。
自分の奥深くに固く封印しているものがあります。
どんな事情でどんな事柄なのか詳細までは記憶から取り出さないようにしてきました。



私が二十歳の頃
「許せたらどんなに楽だろう。血縁がなければ求めなくてすむのに。苦しまなくて良いのに。これは一例だけど弟の事ばかりを言う母に腹が立つんよ。幼少の頃を思い出しては悲しくなるんよ。」
と苦しんでいる私に呉服屋の店主が言いました。



「許す日?許される日?まるちゃん、和解をしようと思っているの? 親子の関係は和解じゃないんだよ。ただただ感謝しかないんだよ。」



その言葉を幾度も反芻しました。



苦しみの根元は、私が父と母の愛を求めているからではなく、私が感謝を忘れているからです。
そのことに気付くまで何度も考えました。



父と母は、明らかに一所懸命生きてきました。
私は、両親を憎んではいません。
あらゆる角度から自分の寂しい心を捉えるようになったのは二十歳を過ぎてからで…
両親の思いが、新しく色々と見えてくるようになったのは、
さらに子育て期の頃でした。
母から生まれ今の私があることに心から感謝できるようになり、
理屈を通り越して苦しみから開放されたのは、壮年期と言われる齢になってからでした。



私は遠回りをしました。



今という時間を大事にして心から幸せな思いを起こし、感謝をしながら生きてゆくことが、幸せになる為に大切なことなのだとつくづく思います。

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