多角的な視点

宗教を信仰していますか ?


特定の宗教を信じている方々を見て信じているものを大事にしている姿はステキだと感じることがあります。
心の支えや生きる力になっていることは見て取れます。
ただ、他者に対して祈っている姿を見て、それが愛なのか?不安から来るものなのか?許そうとしているのか?理解しがたく感じることがあります。



四国と言えば遍路巡りが盛んです。
実家周辺にも御大師堂があり毎月持ち回りで民家に集まり日常的にお経を唱える環境にありますが、「私は真言宗です」とハッキリ言うには二の足を踏みます。



読経を行なうのみで、信仰するという経験値ではありません。



神仏を拝む形は見覚えていても、神様がおいでになるのか いらっしゃらないのか それを考えたことが無く、全くの無神論者に等しい部類です。



実生活は、信仰心ではなく複眼的な思考法でどのような行動に移していくかということを考えています。
多方向・角度からも見つめてみることが大事で、本質を深く考える思考力と全ての物や事に感謝することが望ましいスタンスだと考えています。



ただ、
宇宙のあらゆるものの存在を考える時、生かされているな〜と感じる時、万物の偉大と尊厳に 合掌します。

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普及前は近視眼的?

インターネットが普及する前の生活を覚えていますか ?



はい!覚えていますとも♡



かつて仕事の一環で、帝国データバンクの分厚い冊子をめくって、企業情報を得ていました。



昨今、信用度の高いWebメディアで企業情報を得ることが出来ます。
ペーパーと違ってその閲覧は、さほど手や目を動かさずに知覚できます。



某Webメディアに限らず、各企業のWebサイトは、スピーディかつ多角的視点で情報を発信していますので、さまざまな角度から深く閲覧することができます。
つまり、瞬時にして複数の可能性が考えられるようになり、その信用度や宣伝効果に伴い購買、販売ともに便利になりました。



となると、普及前は近視眼的?一面的?集約的?



うふふ♫
私は、帝国データバンクの使いの者ではありませんよ〜。



古き良き時代…といった話にならなくてごめんなさい。

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かつて

得意なことは何ですか ?



私の得意は、銀行仕立ての札勘(縦勘定.横勘定)、簿記2級を生かし業績の集計.整理.評価、電卓の早打ち、パソコンのブラインドタッチです。



しかしながら、アラウンド還暦を意識するこの頃、記憶力、集中力、視力、体力、迅速さが衰えてきたことを感じています。
もはや“かつて”と、前置きしなければならなくなりました。

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素直さ!

「すべてを手に入れる」にはどんな意味があるでしょうか ? 実現可能ですか ?



あら?
全てを手に入れることに…どんな意味が有ると言うのでしょう。



ナンセンスです。



それが実現可能か?
全てを手に入れよう等と考えたことのない私には、その時が来るのか来ないのかその可能性なんて全く想定外です。



自己成長を目指して時間と努力をかけて手に入れようとするものが有ることは事実です。



ところが、
世に言う欲の全てを手に入れたとしても自己成長を促すことはできないでしょう。



一つ一つに何かしらの得点がありますが、全てを手に入れて総得点を高めたとしてもそれは成功ではなく生き辛さが残ります。



まずは人間関係を円滑にすることが重要です。
例えばビジネスの場。上司や同僚からのアドバイスや指示を受け入れ、柔軟な対応をすることが求められます。



そこで、
時間と努力をかけて身につけることは、素直さだと思います。
それは一も二も無く手に入れたいものです。



自己肯定感を高め素直さを身につけることで、自分自身や周囲の人たちとの関係性を良好に保ち、成功につながる可能性があります。



素直さ!
一生を懸けて素直さを意識することが大切です。



私は、素直さが導き出す成功に魅力を感じます。

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近い存在

近々話したい人は誰ですか ?



友人Sに会いたいわ♥️



生活に変化があると特に〇〇ちゃんどうしてるかな?話したいな!って思う自分がいます。



直近では、彼女の誘いで2月にランチに行っていますが、その時のBlogに
「自分のことより相手のことを気遣った話題を展開する人です。
なので私は、彼女の生活を鑑みて話を寄せながらこちらの生活ぶりを暴露します。
すると…
彼女は品よくうなずきながら、ご自分のあれこれを息せき切ったように話してくれます。」
と、書いています。



そうなんです。
彼女は、確固たる自分の意見が有りながら共感する言葉と低い姿勢で人の言葉を聞き出す才女です。



彼女は決して、これからの進むべき道を指し示すことはありません。
そのような関係性なのに、
私には近い存在の人になっていて、彼女に共感されないと物足りなくて ある意味 孤独を感じてしまいます。



誰よりも私の歩みを見ていて これからも見守ってくれる安心感があるのですから不思議です。

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