泰平?

スマイル
 
 

数日前の突風は、春一番だったとニュースで知らされて、あっもう、春の風?と思いきや・・・

どうしてどうして、今日は天から冷たい雨が シ ト シ ト 降ってきて、さぶ~い一日でしたね。

春はまだ遠いようですが、春一番の知らせは確実なのだから、冬はスコ~シずつ去っているのでしょう。

ボイラーが故障したので、家族で銭湯へ行ってきました。

熱い湯にどっぷりと身体を沈めました。子供達の成長あれこれを考えました。

やんちゃだった子供達は、どうやら少しずつ大人になっているようです。

感謝、感謝。 天下泰平とは、このことよ♪ 

私の体が冷めた頃、洗面所の蛇口をいつものように開いてうがいをしたところ。あー、冷たい!!

湯が出るはずなのに~~~、あぅ~ぅ~そうだった。。。

泰平、タイヘイ、タイヘン、大変! 数日前にはボンゴ(夫の愛用車)が故障したばかり。

洒落にならない金欠つづき。お天とさん、家計事情を察してよ。

星音楽星
 
 

一面の雪景色

一面の雪景色

一面の雪景色です。

さぶぅ~い一日でしたね。

毎年受験のシーズンには、寒さが付き物です。春を迎える為の試練なのでしょうか。

娘は、無事、大学入試センター試験を受験しました。

日中、新居浜は雪がシンシン降り続いていましたが、松山は、雨だったそうです。

愛媛東予の平野部に十数センチの積雪は珍しいことなんですよ。

試験が終わった頃、高速道路は通行止めで、JR予讃線は、のぼりが今治で一時足止め、国道11号線は、渋滞や相次ぐ事故で大混乱だったそうです。

娘は、松山でもう一泊することにして、朝、駅から学校へ直行するそうです。

珍しい雪景色に双子の会話はいつも以上にはずんでいます。

2階からはドタンバタンとはしゃぐ音がして、またチビチャンズ復活か?と思っていたら、どうやら、屋根瓦からテラスに落ちる雪の音のようです。

古くなった波板のテラスは、持ち堪えるかな?

明日は、この寒空のもと雪かきをしなくっちゃ。初雪かきとなりますかね? ありゃまぁ~~~、それは大変!

慌しかった数日でしたが、雪が融けていくように・・・落ち着いた日々となりますように。

バラ
こ雪だるま
かわいい雪だるま♪ おもわず、ほっこり ♪
雪だるま

想う

晴れ
我が家の子供達は結構元気ハツラツです。

それでも、子供の顔色の変化は日々見受けられます。

最近の子供事情は難しくて、私の頃のように、のんびりと出来ない現実がありますからね。

鼻歌まじりで帰って来ると安心したり・・・。

不機嫌でいると心配したり・・・。

「 なにかあったの?」

と尋ねても

「 別に・・・」

と、返事が返ってくることがあります。

あまりにも不機嫌だと強い口調で 「 何なのよ!」 と渇を入れたくなりますが、

おっと! まぁ、一呼吸して・・・。

なんらかの交流があったわけでもないけれど、ただ時間が過ぎ、雰囲気が和らぐのを感じます。

不機嫌になった理由もそれをどうやって解決したのかも、なんにもわかりません。

でも、「 よかった♪」 と思います。

子供の話を聞こうとしても、うっかりすると、私の意見を並び立ててしまいます。

「 ふ~ん 」 とか、「 そうなん?」 とか、「 それで?」 とか、そんな言葉だけを言っていると子供のおしゃべりは続きます。

親子と言えども、けっして、相手の心の中にずかずかと踏み込んではいけないようです。

私は 「 愛情 」 というより 「 想う 」 という言葉が好きです。

そうね。押しつけないように相手を想う。

私には想像もつかない、果てしなく夢見る子供達に、おまじないをしています。

それはね。

早朝、子供達と洗面所ですれ違う時に、そっと腕にふれるのです。

「 焦らないでいいからね。きれいにまっすぐに飛び立ってほしいな♪」

と・・・思いを込めて・・・

多くの人にモノにコトに守られていることを感謝して、子供の行く手を、ただただ祈るように想うのです。

家庭でも職場でも、出会う人を、やさしく想い続けられる私でありたいと思います。

LOVE

月を観て想う

満月から新月に掛けての今夜の月を下弦の月というそうです。

  .
月を観て思う
.
自然の風景は、春夏秋冬様々な姿を見せてくれます。

田植え間も無い水田から、カエルの想像以上の騒がしい大合唱が聞こえたり。

垂れた稲穂の揺れる朝に洗濯物を慌しく干したその日の夕刻には、稲刈りを済ませた広い田を背景に洗濯物を取り込んだり。

最近、数件隣の老夫婦の庭が、雑草が覆い茂ったままになっていて、ご夫婦揃って体調でも崩されたのかと思ったり・・・。或いはお子様の元に行かれたのかしら・・・と思ったり。

私の予期せぬコトがたぁ~くさんの毎日です。

地上の具体的な変化は、見たとおり在るがままの姿とは言えなくて、展開が速くて奥が深いようです。

見上げる天空は、満月、下弦、三日月・・・と変化して様々な顔を見せてくれます。

ところが、月は本来真ん丸いのです。本来の天空は来る日も来る日も同じようです。

天空にも変化があるのでしょうけど、私には見えません。

地球上の生物は、私の知りえる時間で生と死を感じる事が出来ます。むしろ、地上は無に近づいているとさえ感じます。

ところが、天空の生と死は確認できません。宇宙の生は永遠なのでしょうか。

例え宇宙でも、誕生があれば、必ず消滅があるはずです。消滅のない誕生は有り得ないのですから。

すべてのものが無から生まれ、無へ還っていくのでしょうか。

宇宙の織り成す時間からすれば、私の知りえる時間はもちろん短いでしょう。

天空の星があくびをなさるとします。それはどれくらい長いのでしょうか。

百萬年?百億年?宇宙規模では、その期間が長いのか短いのかさえも解りません。

宇宙を含むこの世界が、もしどなたかの夢の中のできごとなら、目覚めれば、私たちは宇宙もろとも一瞬の屑になるのでしょうね。

無から無だとすると、存在の事実は何処にいくのでしょう。

どなたかの夢の中の私たち、どなたかの掌で踊る私たち、その時間や空間は、何故ココにあるのでしょう。

いやはや訳が判りません。この世も、そして、あの世のことも私には判らないわ……。

.

.

月は時折姿を隠します

.

月は、流れる雲の中に時折姿を隠します。

.