手作り


事務職のパートに出ていますが、誰にでも出来る職務内容です。重要なポストはすでに手堅く人材が集まっていて、私は無用と言えば無用です。いつまで経っても新米です。
家に閉じこもって大好きな趣味に専念しても良いのですが、元来の人恋しい性格なので、まだまだ社会の一員として人に揉まれたいと思っております。

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文のお題 (日替わり)
これまで検討したことがある、または興味のある別のキャリアパスはどのようなものですか ?


布小物のハンドメイド♥今後の展開を検討中です。


仕事には したくないのでこれまで販売を念頭に置いていませんでしたが、その手作りに熱を上げています。


最近は時間が有ればキッズやベビー向けの衣類や小物類を制作しています。自分のために作り物をする気はありません。制作で収入を得ようと思う気も全くありません。
ただただ、
子育て家庭に向けた制作は楽しいのです。
お役に立ちたい一心で仕立てています。


我に返るといつの間にかこんな歳になり、
道筋を辿ればこうなっちゃいました。

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職業的な話をすれば、一企業で努力の方向性を明確化し業務経験やスキルなどを積み上げて行くことが私の夢でした。

独身の頃、初めて勤めた先において見事なキャリア形成で(管理職では有りませんが)人望厚く成功している御局さまがいらっしゃいました。その方の定年退職を見送りましたが、皆が感極まって涙を流してしまうほど美しい姿でした。

その方の身のこなしや考え方は潔く40年経っても色褪せません。長年、私のお手本とする人物像でした。

私はもう諦めました。事務員として一企業に骨を埋めることを…。気付けば還暦を過ぎていました。私、お腹を抱えて笑っちゃいました。

私の道筋を辿ると…終わコンかしら?

いえいえ、まだまだ想いを形に表す力はあります。手作りはこれからです。


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気落ちすることなく



多くの方がご存知のことですが、
自分の価値観と他人の価値観は違うものです。
自分はお陰様で心穏やかに過ごせると思うことでも相手から見たら良くないこともあるのだなとつくづく感じます。



相手から見たら正しいと思う価値観があるのだと思って、私はその方を尊重しています。でも
「それを言っちゃ〜〜〜おしまいよ!」
って思う言葉を沢山浴びました。



自分の価値観と違うから相手は間違っていると決めつけるのではなく、
私の実際の姿や人との向き合い方をもう一度見て欲しいと思いつつ、
心に力が入らなくなって貴方の為に頑張りますって思いは、すーっと消えていくのでした。
そして、
争うこともなく、言い分を連ねることもなく、その場を去りました。



おかげさまで、そもそもの要因…
ネットの付き合い方を再度考え直すことができました。



どうしたいのかを自分に問うてみて矛先を見定めるのは早かったのですが、
アドレスを変更し、個人特定情報を極力削除し、孫たちの顔を隠す作業になんと7日間、気落ちすることなく専念しておりました。
この作業、集中している間はなんてことは無いのですが、終わってみると疲れました〜。
「おしゃれに可愛く顔を隠すアプリがあったのに〜。」
と、娘から聞きましたが後の祭りです。
もう手直しムリでございます。



私は現実の世界では愚痴や悪口は言いません。
言ったとしても自虐ネタとして笑い飛ばしながら友人に話します。
もちろんその内容は、相手の尊厳を傷つけることは無く個人を特定するような言い方はしません。



ワタシをなんだと思っているの!
これからも
自分が笑顔でいることで、
笑顔の人を引き寄せますよ!

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このBlog、子どもたちへのメッセージだと信じて疑わず積み上げてきました。



「自分の考えをソーシャルメディアへ不特定多数に垂れ流す人を信じることはできません。即解雇です。」
と……。



久しぶりに立ち止まりました。
自分が発信しているBlogのつぶやきが一つ一つ増えていくことは、どんな意味が有るのだろうかと。
これまでにも立ち止まったことが無きにしもあらず…。
そこに自分の成長が見えるのであれば、まだまだ貴重な場所だと思い直してきました。
ハンドルネームで心を表現しているので架空の物語のような感覚でした。



私のBlogって、宇宙荒野で誰の目にも触れることなく咲いている小花って感覚でした。
ネット網に送信したところでポトンと落ちていく一雫のようなものでしょうと。
これまで立ち寄ってくださった方は同士のような心持ちでいましたし、
私の成長記録を見てほくそ笑む人が居たとしても、私の生活を揺るがすほどの感情を剥き出す人がおいでになるとは思いもしませんでした。
まさしく因果応報、そこに自分の甘さがあったのでしょうね。
ネットを侮った間の抜けた考えがこれまでの職にも影響していたのではないかと…その中の幾つかどころでは無く、全ての転職理由がこの暴露Blogだったのではないかと思うほうが自然だと感じました。



人によって、管理者の趣旨とは違う捉え方をするものなのですね。
他者からすればこのコンテンツが不穏を生むものであると聞いてしまった今、心が平穏ではなくなりました。
常識的とか世間一般に歩波を揃えることを重視するとこのBlogは直ちに閉じた方が良いのでしょう。
ですが、しなければならないことよりも自分はどうしたいのかを優先して考えを巡らせています。



私にとって、自分を知る場所として温めてきたこのBlogは、かけがえのないものです。
自分の感情に鈍く表情に出せない私が人間らしく生きていくには、何に感動したのか?何処に心が響いたのか?自分の心が落ち着くのはどういったときなのか?Blogの存在は大きかったですよ。
書いて自分を知りましたし、矛先の修正もできました。
子どもの未来は、遠回りをせずに常に明るいものであって欲しいと…願いを込めたBlogです。



私の平穏はこのBlogで保たれていましたが、今後、どんな?何に?チャレンジをしましょう。
例えば、得する情報や何らかの案内に変換することを考えてみましたが、アイデアが浮かびません。
Blogの表現方法を変えることはできません。
自分も知らない自分を見つける場所でしかないのです。

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異様な静けさ



ある女性は優しい口調で話します。
スレンダーで軽やかな身のこなしと共に謙虚なお人柄が全身に現れています。
特にお茶をお出しする姿勢が美しくてついつい見とれてしまいます。



彼女は、お客様がお越しになると絶妙なタイミングで私の視界から離れるのでその先を追って見ますと、
お茶をお出しする際には、サイドテーブルにお盆を置き相手の右後方側から両手で茶托を持って頭を下げて、
「どうぞ」といった言葉を添えて右手でお渡しし、左手はスッと股関節あたりに移っています。
その自然な流れは昔から承知している通りなのですが、彼女が行うと美しいと思うのは私だけではなく多くの方に好印象を与えているようです。
以前からお得意様より定評があり社長からお誉めの言葉を頂いていたと奥様から聞きました。
作法に拘りがある美しさではなく報酬を求めずに行う純粋な美しさについて考えさせられました。
私は情熱を注ぐ余りついつい過剰なサービスをしてしまうことがありますが、それとは非なり彼女は楚々として美しい〜〜〜。



ひとり一人の力が合わさって職場は成り立ちます。
立場やお考えに敬意を払って誰ひとりとして欠けてはならないと思っています。
同僚の良いところやご指導や反対意見にも なお耳を傾け相手を知るように心がけます。
集中すれば雑音は聴こえないはず。
仕事への情熱があるうちはネガティブな感情は起こらないはずです。



「ありがとうございます。」「すみません。」「はい!」の私の声が響く異様な静けさの中、
私の存在はどのように映っているのでしょうか?





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無性にふるさとの花々を見たくなり、仕事帰りに実家へ立ち寄りました。

感謝を申し上げます



新しく得た職場で、



人生を幸せなものにするために、職場の人達との関わりは最も大切なことです。仕事を覚えること以上に最優先だと思っています。


周囲の何気ない振る舞いや、言葉尻にハッとしてどうしたらいいのでしょう?と考えることが往々にしてあります。
何故か?どうしてか?四面楚歌を感じます。職場の人と一緒にいる時間が楽しくなりますように。
この状態を日々積み上げることで解決するでしょうか?
不安になる瞬間はありますが、縁あって出会ったのですから意識統一に励んで役立つ者になりたいと思います。



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