夜中を通して

過去の出来事が許せないのではありません。
それ以前の基本的なところで信頼に足る相手ではないと、
人としての信頼の期待値はもはや低くなっていました。


40年間、母から子に伝えるように夫に願ってきた❝人として当たり前の五つのこと❞
聞く耳を持たないので「こうしてくれると嬉しいな」って、手紙をしたためたこともございます。
叶えば信頼を寄せ心の拠り所になったはず。
生活するうえで重んじるそれはそれは大切なことでした。
五つの当たり前のことをさらりと表現してくれることを願っていました。
その日を待っていました。

一つ、感謝の言葉を欠かさない
一つ、名前を呼びあって一緒に笑う時間を持つ
一つ、お互いの話を最後まで聞く
一つ、小さなスキンシップを忘れない
一つ、それぞれの時間を大切にする


このささやかな願いが叶うことはありませんでした。
夫が「ハン」と鼻で笑う姿は、私を軽く見ているようにさえ感じて
安心からほど遠く 私が夫に甘えることはありませんでした。


人間関係って言うものは、そもそも勝手に良くなることはありません。
自分で繋いで紡いでいかなければなりません。
運命の赤い糸となれば尚更で、
この人とやり直すと決めたらその方向に何が何でも努力をしなければ勝手にうまくいくことは絶対にありません。
自らの心をコントロールする努力と許す覚悟を決めることが結婚を継続すること。そして信頼と尊重と話し合いが静かに人生を整えていく。
そのことに気付いた時は、夫を何十年も多くのロマンスに溺れさせ夫を亡くした後でした。
役割のない私がさっさと離れることで、夫は誠実に生きることができ さらに長く安堵した夫の未来があったかもしれません。


夜中を通して泣いています。毎夜、泣いています。
贖罪、感謝、途絶えた未来を考えています。

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早朝



30年前、20数年前、数年前の幾度か…


離婚の理由はいろいろなケースがあると思うけれど
十分に値する事象に苦しんだ。


早朝、テラス下の濡れ縁で6人分の洗濯物を干し終わった後、
今日の天気を予想しながら景色を見ていた。


前夜、
「何いよんぞ。ワシはシッカリアンタに夢中じゃ!」と夫。
夫は私から去るつもりはないと言う。


忘却の名人と異名をとる私ならでの特典は、どのような天候をも幸せに置き換えることだと考えた。


私は苦渋の決断をした。
悩むならやりきってみようと。


心と頭と腹と現実は違うけれど、
心に思うことも頭で考えることも腹にしまっていることも現実を受け入れて自在に整えることができると思っていた。
知らぬ存ぜぬ!
目をつぶるとき!
頑張った先に、我慢した先に、きっと素敵な世界が見えてくるかもしれない。


4人の子どもたちの心の安定と金銭的な余裕の為に夫の行為は無かったことにしようと決めて自分の心を偽った。


継続の決断をしたにもかかわらず30年前は、
私の人生を軽んじる行為に怒り、一途に思ってくれなかったことに傷つき私は完全に自信を失った。
鏡を見るのも嫌になりオシャレをする気もなく、そして誰にも会いたくない。
子どもと向き合うとき平常心を装うことは並大抵ではなく、
子育てに専念しながらも毎日苦しんだ。
新婚当初から夫が勝手に裏ぎり通しただけなのに何故か自分を責めてしまう。
私の言動や魅力低下の所為ではなく夫の弱さだと行きつくまで数年を要した。
ずっと誰かの役に立つことばかりを考えてきた私には、自分の為に生きていく切り替えは一筋縄ではいかなかった。
しかも軽く見られていた自分が自己肯定感を上げることは至難の業だった。


不貞行為を目の当たりにした20数年前、
表向きは感情を乱していない振りをしていた。
心の内は悩み苦しみながら自分の決断の落としどころを考えていた。
早朝この状況下でさえも洗濯物を干している。
自分がしなければならないことを少しずつ見つけて前に進んでいる。
一途に思ってくれなかったことは辛い出来事。だけどここで家族を終わらせる必要はないと思い直した。


夫の浮ついた遊び心なんて取るに足らないこと、私たちには育まなければならない使命が有るのよと心でつながる家族をめざした。
夫の機嫌ありきで幸せを感じることはよそう。
問い詰めることはせず、私のもとへ帰ってくる現実だけを見て、自分磨きに勤しむことにしよう。
裏切りをずっと考えるよりも自分で幸せを感じるような人生を作って行こう。
と、笑って 笑って 笑顔を作った。


今回、生々しいメール履歴を見てしまった。
私、40年よ。長く深く家族を大切にしてきた。その年月をかけても自分は一人の男性を幸せにすることが出来なかった状況を目の当たりにした。


大切な人を目の前にして私は何をしていたんだろう?と、この二か月反芻している。
裏切られたことを見るのではなく、この人から助けてもらったこと、食べさせてもらったこと、子どもが育ったこと、そこを考えて目をつぶってきた。
そのはずだったが、心通わす本当の絆は私たちにあったのだろうか。
毎夜涙が出る。海水が激しく岩に打ち寄せるように悲しみが絶え間なく迫ってくる。
自分でコントロールできない状況に気を病んでも仕方がない。夫が悪いわけでも私が悪いわけでもない。歩みだした時からお互い歩幅が違っていただけのことと自分に言い聞かせている。
何故なら恋愛、性欲、結婚、その三つを一人の人と叶えるのは かなり難しい人だったのだから。
一人の女性で完結できる人では無かったのだから。


妻の役割として夜の営みは大切と思いつつも、
私はニ十年以上もフラッシュバックに苦しみ誠意を込めて受け入れることができなかった。
安心を感じることができず夫に触れることができなかった。
肌を合わせない意思を頑なに守ることが自分のプライドだったのかもしれない。


・一途に私一人を想ってくれなかったこと。
・一見すると硬派、淡白、そしてシャイ。そんな表現が似合う夫が、優しさを前面に出し昭和から令和まで多くの女性をロマンスに巻き込んだ事実。
・不倫をしている分際で我が物顔の夫。
・終わったのだから何も無かったことになっている夫。
・隠し事が多く次の人に向かっている気配。
・相手との別れが辛いのか?自責の念なのか?真意はわからないけれど同じ空間を同様に笑って共有する時間を取ることができないほど 夫は苦しそうな表情をすることがあった。
それらの過去の出来事が許せなかったのではない。
それ以前の基本的なところで信頼に足る相手ではないと。
人としての信頼の期待値はもはや低かった。


私がさっさと見切りをつけることで、夫は自由に生きることができ さらに長く安堵した夫の未来があったかもしれない。


生前 夫に涙を見せたことが無い私が、
早朝、目を腫らして洗濯物を干している。


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おかしな夫婦


すっ とぼけているのか?
真剣なのか?
珍しく連れ立って真顔で応え合う夫婦。
連れションはできないけれど
釣り合いは…取れているのかな?


おかしな夫婦・・・・・


下記の日記❝開放感❞が、一番こころに残っている夫との時間です。


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夫の不貞行為
誤魔化せる喜びに興奮し突き進む
毎回逃げ切って何事もなかったかのように相手を替え幾度も繰り返されていた


信頼を壊し
家族の安心を奪い
妻の人生を軽く扱った


信用を失い
居場所がなくなり
友人からも信じてもらえなくなり
職をも無くした
自分を正当化できなくなって
心のバランスを崩し
人生をも壊した


夫が隠して逃げ切る間
妻は守りたいものが少しずつ増えて
夫は何事も無かったかのように振る舞うなか
妻には守るものが沢山あった


これまでの不協和音
幸せの形が違う
価値観が合わない
ただそれだけでは終わらない


妻の心は長く止まっていた
違和感なく空気みたいに一緒の時間を過ごす関係に依存していた


心が動けば時間が進む
時間が進むと人生が動くかしら


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自由になりました


モラハラ夫。
恐らく、それは愛着障害。


大きな体格と無邪気な笑顔で世間では広い心と大きな器で信頼を得ていた夫ですが、その器にスッポリ穴が空いているかのようにそれとは異なる一面を表出することがありました。


夫は私が慈しむ者や事に容赦なく刃を向けます。
特に子どもたちに暴力を振るう姿は異常でした。


夫は私が自由でいたり幸せになることがどうしても許せない時があるようで
突如変貌し、揚げ足を取ったり私をバカにして攻撃したり無視を決め込んだり、挑発してわざわざ対立しようとします。


歪んだエネルギーを受けて私が泣きそうになったり落ち込んだり怒ったり、私が感情的になるのを夫は楽しみにしていました。
「それ見ろ」とばかりに理不尽に卑下し「アンタの所為じゃ!」と、責めるけれど、
たまに思いやりが見え隠れして「衝動が抑えられないんだ」と猫なで声で私の機嫌をみてきます。


歪んだ心は私の問題ではなくてあなたの弱さの問題です。
思い通りに生きれない自分に怒っているから人に怒りをぶつけているのでしょう。
あなたが落ち着くのを待ったり、笑顔で受け流したり、我慢したり、あなたの不機嫌に何で合わせないといけないの。
歪んだエネルギーに同調したくないわ。
あなたの機嫌はあなたの問題、私の責任ではないわ。
と、内心思うのでした。


どうして?という思いで言葉を返すと心をえぐるような酷い言葉が続くので…
夫の歪んだ心理戦に動じずに言い返すこともせず、距離を置き笑顔で過ごすことがベストです。
すると、夫は人目を忍んだ時間づくりに余念なく夜遊びが多くなりました。
少しは楽になったでしょうか?


一方私は、あなたの心が安らぐ家庭を目指し、あなたと一緒に生きるために目の前の課題にがむしゃらに邁進してきました。


私はあなたが心を満たしてくれないからと言って他の人へ求めたりしませんでしたよ。
私を追い詰めて寂しい想いをさせたあなたから私の心を守る緊急避難はBlogでした。


夫婦の関係に限らず人間関係と言うのはね。相手の何かを求めるとか削るとか、相手から貰うとか奪うためのものでは無いでしょう。
自分の心は自分で満たすことが大前提で 生きる喜びを増やすために繋がっていくことが人間関係だと思っています


生きる喜びを共に増やそうと切に願う私の想いは届いているはずなのに、
あなたは満ちることを知らないまま…亡くなる直前まで「ワシは悪くない。アンタが悪い!」と、力の限り叫んでいましたね。
私はあの夜叉のような姿、目を血走らせた異様な形相にまだ怯えています。


夫の攻撃を私は受け取らなくても良くなりました。
夫にどう見られるかなんて気にせずに
フラットな感情で心から幸せな思いを起こすことができます。


そう自由です。


自由になりました。


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※ 追記


ココに居ない人を丁寧に言わないなんて母さんらしくありませんね。
それでも書いておきたいコトがあります。
父親は、母親のダメな部分を上げ連ねて母親を下げることで風格を誇示していました。
今でも「父親は偉い!」と、子どもたちは洗脳されていることでしょう。
洗脳を解いて子どもたちの人生が変わることを恐れます。
ですが、その4人の子どもたちは皆んな三十路です。想像力と理解力、そして、自分の責任で心をおさめて未来を突き進む力は充分にあります。
私には見えなかった銘々の父と子の暖かい関係があることでしょう。子どもたちが強く心豊かに生活してくれることを熱願します。
あえて言うなら、父親が汗を流して働き通した姿!そこに その人ならではの責任の取り方を感じてくれると幸いです。


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手放せたらどれほど楽になるでしょう


ここに居ない人を連れてきてしまいます。


あの態度、あの言葉、あの表情を思い出し


何故? 何故? 何故?


思い出すたびに胸が苦しくなっています。


確かに生前は感謝と誉れを私の心に芽生えさせてくれました。


ですが、


まろやかな話なんて一つもないのに、
お気に入りの角度なんて一つもないのに、
嫌いな人を抱え込んでしまいます。


睡眠という貴重な時間を割いて苦しんでいます。
余韻でさえも疲れます。


自分の心に連れてきてしまうことで、
私の大切な時間も気力も奪い続けています。


嫌いな人を抱え込む時間を手放せたらどれほど楽になるでしょう。


お気に入りのコーヒーを味わいながら 田園風景を眺め のどかな時間を取り戻そうと思います。


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