メロディーと余韻

お金が重要でないとしたら、やってみたいと思う仕事を3つ挙げてください。



3つ挙げるとすると
・声優
・ご老人のフットケア
・楽器店の事務員
ですね。
いずれも終った後に残る響きや余情を味わって、それが癖になりそう。



■声優
『感情を乗せる』で話したことがありますが、声で演じる声優のお仕事をしたいですね〜♬
新卒で会社勤めをしている時、声優の道に進むにはどうすれば?と、チラッと…本当にチラッと考えたことがあります。



■ご老人のフットケア
歳を重ねると誰も見ない.気にしない.手を掛けない部位。だけど重要。それは足元だと思うんですよ。
可愛いおじいちゃんとおばあちゃんの足元を整えてあげたいですね〜♬
通院する為に赤い口紅やイヤリングで め~いっぱいおしゃれをしているおばあちゃんと接して可愛い〜って思います。そのようにおしゃれな方とか、
こちらは大したことしていないのに「ありがとうね〜。」と連発して笑顔の可愛いお年寄りとか、
「そんなこと言わんでもワシはわかっとる!」とツンデレのおじいちゃんとか、
可愛い所を沢山見つけながら足の爪切りなどをしたいですね。



■楽器店の事務員
やってみたいというより、やってた仕事ですけど、楽器店の窓口のお姉さんですね~♬
全国的展開で営業、技術、教室の三位一体を唱えている職場で、私はそれぞれのスタッフが心を合わせる補助役でした。
売上を伸ばすために悪戦苦闘をしている環境でしたので、何かしらのストレスに巻き込まれることが幾度かありました。
ですが、ココは音を奏でる楽しみが叶う所です。
太鼓のお稽古並みの音から素敵なメロディーへと変わってゆく喜びとそれを見守る先生の優しさは格別です。
笑顔と喜びに溢れていましたよ。
様々なメロディーが記憶に残り余韻が心地よい、心から大切にしたい空間でした。
無給で働かせてくださいと申し出たら、皆様はおそらく御の字で、私は居心地満点だったと思います。

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有形文化遺産のなかでも

文化遺産のどのような側面に最も誇りを感じたり、興味を持ったりしますか ?



仏像のほほえみ。

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著者:安田登紀子
『古仏のほほえみ』


例えば、仏像水墨画集のひとつから興味ある話しをしますと…。


彫りは深くなく柔らかい顔立ちの弥勒菩薩像です。
まぶたのほのかな膨らみと口元に心揺れます。

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自分の「好き」が変わった

連想するブランドは何ですか ?


Dakota


わたしのバッグ、そのときどきのマイブームはあるもののできる限り良質なものを選びたいと思っています。
財布、バッグと10年20年と長く持ち続けているひとつがDakotaです。
実際に2泊程度の出張や研修によく利用しているバッグがコレ!

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……ここでBlogを書く手が止まっていました。(笑)



収納から取り出してみると手入れが行き届いていなくて残念なバッグになっていました。



ライフスタイルが変わったことで常用することがなくなったこともありますが、
本革を手にとってホッとするような感覚がどうやら鈍くなっているようです。
あらっ、Dakota✨ って気取って書いたのにね。



わたしは現在60代前半ですが、最近は布のやさしい素材や色の遊びを楽しむことが多くなりました。
汚れても擦れても気にならない温かみのある色と手ざわりに拘った手作りの手提げがお気に入りです。



20代の頃から良質なものを選んできましたが…好みが大きく変わってしまったようです。
今は10代の頃の感覚と同じ、ブランド名から大きく外れた「色と手ざわり」のハンドメイドが一番です。



あらっ✨どうやら一周回りましたね。

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ここらでゆっくり

もっとできることは何ですか ?



私にできること…
もっと、もっと、緩やかにゆったり のんびり過ごすことができるのでは。
体力は下り坂、ツンのめってコロコロ転げ落ちないようにね。
自分の人生、緩やかにできるはず。



先の投稿で社会人になってからの自分の図太さを書いたけれど、それより前の自分の弱さを書いておくことにする。



幼少の頃から人と相対するのが怖くて、特に心の奥を可視化することに臆病だった。
拒絶される不安と…人を傷付ける恐れから、自分の感情を抑えていた。
フツフツと湧き上がる得体の知れない感情や歓びの感情さえも ぎこちない笑顔で誤魔化していた。
自分の底しれない穴を埋める術が分からないでいた。



学生の頃の私は、傍目には穏やかであっても些細なことで心のバランスが崩れやすい人だった。
負の考えが占めると家族をも巻き込み 陰の状態に転じてしまう。
例えば、親の愛を求め続けて、それが敵わないとなると…タオルを引き裂くなどの爆発的な行動をしてしまう。
周りの目を気にする割には自分の事で精一杯で、周りの気配りに気が付かない無頓着なところもあった。
図太さなんて無縁だし、自分が何者かもわからないし、心なんてどこにあるのか…
これじゃいけない!こんなんじゃない!
そんな自分を押し殺して目立たずに小ぢんまりとその日その日を過ごしていた。



ところが、
高校生の頃、心を言語化することに夢中になり始めた。
有志で作っている“道”という冊子に何話か投稿してみたり、恩師の歌集のひとつに曲を創作し歌ってみたり、弁論という名の勝手な主張大会で「わかっちゃいるけど」と題して身近な…特に母親に対する反抗心について、成長期に自分の心を言語化することの大切さを語るほどに変わったのだった。



更に、
社会人になったことを転機に水を得た魚のように私の心は整ってきた。
忙しすぎることが良かったのか?自分の役割が見えたことが良かったのか?
“私、失敗しないので!”といった心境で女優になりきり、兎に角見事な七変化だった。



平々凡々が楽なのは知っている。
秀でた人生を過ごそうなどとは思っていない。
なのに、
“迅速に 正確に 丁寧に” と、拘ることがあり過ぎて崩せない自分に酔いしれている。
充実したいからこそ…忙しくしている。



今もその延長線上。



もっと、もっと、夫や子ども達の話に耳を傾けよう。
自分のために、ゆっくりゆっくり気楽に生きていこう。
本心を言えば、心が揺さぶられて動かされて…ちょっと疲れているんだ。
まっ、
ここらでゆっくりしよう。
できるはず。

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謙虚とは何?

これまで受けた中で最も良かったアドバイスは何ですか ?



『謙虚に!まるさん、人生は謙虚が一番ですよ。』
と上長が、入社5年目の私に諭すように言ったことがある。
結婚が決まり、こざかしくて ちょっと小生意気な私に対するはなむけの言葉だったのかもしれない。
その言葉は節目節目に思い出され、その折、考え過ぎるほど自分の人生を突き詰めて反省を重ねてきた。



新卒で初めて勤めた先は銀行だった。
その独身時代と 結婚後のパートと 子育て期を終え派遣で携わった時を含めて銀行業務の内部事務を10年ほど経験している。
その業務は学ぶことが多かった。



銀行仕立ての札勘(縦勘定.横勘定)、簿記2級を生かし業績の集計.整理.評価、電卓の早打ち、パソコンのブラインドタッチなど、そのスキルは私の得意とするモノになった。



その業務は私の人格形成にも繋がったと思っている。
絶望と憂鬱をもたらす時も有れば、その長く暗いトンネルはいつか必ず抜けるもので、全てが“整う”時がくることを教えてくれた。



肝心なのはスタッフとのコミュニケーションであると言う事を含めて、仕事の失敗より人との摩擦が一番怖いことも知っている。
私は適確な仕事をしつつ自由に自分を表現して、私と関わるスタッフに穏やかな時間と迅速な流れを約束できる人となろうと、心に決めたこともあった。



人とめぐりあう喜びを胸に秘め、明るく元気に根気よくをモットーにジャンジャンバリバリ癖になるほど励んだ。



それらは、自分の自信にもなったが、しかし、その後の人生、人と物と事に向き合う時、これまで習得したと思ったことは何一つ役に立たなかった。



子どもや夫と向き合う時、第三者や自然による予期せぬ事象にであった時、その経験は役に立たないことを思い知らされた。
自分の足跡の残像は、皆様に見守って頂いたお陰なのだと気付かされた。
この一歩一歩は目に見えぬ力に案内されてのことだった。



苦しいこと悲しいことは微塵も見せず前向きに頑張ろうとする姿は、虚勢を張っているように見えただろう。
耐え続ける思いは、全てに気配りが行き届かなかったのかもしれない。
か弱い振りをしたこともある。可愛くない姿には、情が湧かなかったことだろう。
謙虚に…励んでいたつもりだったが、謙虚では無かったのかもしれない。
虹の橋を見て明るい未来を想像したこともある。未来を夢見て全身全霊で邁進してきたが「私は空蝉だ。」と、虚無感に苛まれた事さえある。



謙虚とは何か?またまだ習得していない。
人生の折り返し地点を過ぎても深く深く考える。
自分の考えを押し付けること無く、人の話を傾聴する。
その姿勢は、より良い人生に一番大切なのだと当時の上長が教えてくれたのかもしれない。



今しばらくは自分の人生のために、子ども達の話に耳を傾けて、ゆっくりゆっくり気楽に生きていこう。



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