可哀想な話

恐竜を1頭復活させられるとしたら、どの恐竜にしますか ?



孫が遊びに来るとモクモクと段ボールや粘土遊びが始まって、ブツブツ呟いて時に叫んで一人遊びに花が咲きます。


中でも恐竜の類いが遊びの中心になります。
恐竜は孫の夢なのでしょう。

.


用水路を塞いでいる鉄板を踏み鳴らして孫たちは今日もやってきました。


その孫たちに
「現実に恐竜を1頭復活させるとしたら、どの恐竜が最適だと思う ?」
と訊ねてみました。


6歳ボーイは「アンキロサウルス」と即答してくれましたが、
8歳ボーイの考えは…、


「1頭なん…可哀想な話じゃね〜。」
と。


深い言葉です。
その言葉からその意味を考えました。


可哀想な話ね。
「もし恐竜と人間が共存したら?」と仮定してみたのですが、おそらく人間は恐竜をもてあますのよ。
恐竜は遊ぶ相手が居なくて寂しい思いをするわ。
恐竜を受け入れられない人間は勝ち負けを意識して武器を持ってあの手この手で戦って…
結局、大乱闘の末に勝つのは恐竜なのよ。
恐竜が生き延びて、人間以外の生き物と共存することになるのかもしれないわ。
あくまでも私の想造ですよ。


お題遊びは普遍的だと思っていた私は浅はかでした。
孫はばぁばの何気ない質問に深く考えてくれたようだけど、何処まで想像したのでしょうね。プロンプトに真面目に応じようとする大人の勝手が子どもの夢を壊すところでした。
流される傾向、ちょっと反省です。

.

アンキロサウルスよ〜☆”

恐竜を1頭復活させられるとしたら、どの恐竜にしますか ?



お題のとおり孫6歳ボーイに尋ねてみました。



「もちろん!アンキロサウルスよ〜☆”」だそうです。



ワタクシ…思いもよらない答えにキョトン😳



アンキロサウルスと言えば…
体格は硬いコブのようなうろこで覆われていて四足歩行です。
性格はおとなしくて草食性だと言われていますが、怒らせると一撃必殺をもっています。
防御に用いたと言っても尾の先端の鉄塊のようなモノを振り回しでもすれば、ひとたまりもないですよね。



ゴツゴツしたアンキロサウルスが一躍脚光を浴びて、その真似をした子どもたちが街中を練り歩くことでしょう。



あらあら、絡まってどうしましょう。

.



ボーイが好む理由に…思い当たる節もあり、そこで過去の画像を探しました。
当時、みんなでアンキロサウルスの真似をしてノッシノッシと遊んだね〜。
声を上げて笑ったね〜😝とっても楽しかったねー😄



寛平さんのギャグ「引きずり女でございます」を思い出しました😝

.

天国に一番近い島

無料航空券が2枚当選したとしたら、どこに行きますか ?



天国に一番近い島 ニューカレドニア🌺✨

🌺✨🍀✨🌼✨🌱✨🏵️✨🌴✨



今から約50年以上前になるかな〜。
森村桂さんの旅行記『天国にいちばん近い島』を読んで、子どもだった私には、大人の女性の無謀で途方もない冒険だと思った。



私が大人になったらもっと堅実な旅に出よう!って思ってた。
私って、生意気な小娘だった♬(笑)



私は、ひとり遊びが好きだ。
何処にでも一人で行っちゃう。
旅もその一つで、大人になれば何処へでも行くぞって思ってた。
結局、一人旅は実現しなかった…。



引き寄せられ魅了される島。
一年中花が咲き、マンゴやパパイヤがたわわに実る夢のような島。
分かる気がする。
社会に出て淡々と働く当時の女性が、堅実さより開放的なその世界とその時間が必要となる理由を。



心の奥、今も夢見てる。
天国に一番近い島✨🌴✨



そんな私は、今もこれからも日本に居る。
これでいいの!!

.

愛月

ニックネームの由来は何ですか ?


ハンドルネームの話をしよう。



家事と仕事を両立させ子育てに全力を注いできた。
末っ子(双子)の反抗期も終盤を迎え…改めて自分の役割を問い掛けていた頃、
ハンドルネーム“きらぴらまるころ”でBlogを始めた。(2006年8月)



その数ヶ月が経ったある日、
「 ただいま~。」
と、仕事を終え家へ帰ってきた。
「あ~外食だな。」
残業になるよと知らせていたので夫は子ども4人を“焼肉やまと”へ連れ出した様子。
銘々のスリッパが玄関先にひっくり返り、バタバタとあわただしく出かけた跡があった。



私は風呂上がり、一人なのをよい事に照明を付ること無くリビングで大の字になった。
体がいっぺんに沈んでいくのを感じた。



あんなに暑かった夏も、へっちゃらよ!って過ごしたのに、この冷たい空気は、なんか疲れるなぁ。
と思いつつ、カーテンの開いた出窓に目をやると、
涼しい夜空に、限りなく真ん丸い月が冴え渡っていた。



月に満ち欠けは有るけれど本来の月は真ん丸い。
それと同じように、心の陰りは〇▲□…あらゆる姿を見せるけれど、本来の私は丸く調っている。
心の在り方一つ!と知ったのだった。



月を愛でながら、
さて?自分の姿はどんなだろう?
より深く自分を見つめて今まで気付かなかった自分を見つけてみよう。
Blogを続けることで、(もう一つの世界を持つことで)自ずと知らされる何かが有るかもしれない。
と、思ったのだった。



きらぴかまるころと名乗っていた私は、知らされてゆく自分を愛月–まなる–と名付けた。

.

.