田舎の奥まった道を太鼓台が練り歩いています。
「 ドン デン ドン .o○ 」
「 ドン デン ドン .o○ 」
「 ドン デン ドン .o○ 」
この音は、秋の気候とともに、とても良い気分にしてくれます。
八幡神社辺り、西から東へ移動しています。
揺れる提灯が幕を美しく照らしていることでしょう。
畑や家並に太鼓の音が響いています。
一面に咲くコスモスが夜露に濡れながら太鼓日和を憂いています。
まなる
◇ 感謝
◇
N氏から、まな板に乗り切らない大きい鰆をいただきました。…

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田舎の奥まった道を太鼓台が練り歩いています。
「 ドン デン ドン .o○ 」
「 ドン デン ドン .o○ 」
「 ドン デン ドン .o○ 」
この音は、秋の気候とともに、とても良い気分にしてくれます。
八幡神社辺り、西から東へ移動しています。
揺れる提灯が幕を美しく照らしていることでしょう。
畑や家並に太鼓の音が響いています。
一面に咲くコスモスが夜露に濡れながら太鼓日和を憂いています。
まなる
◇ 感謝
◇
N氏から、まな板に乗り切らない大きい鰆をいただきました。…

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O氏より夫へ連絡入る。
「今夜、澤津との話し合いで、和解しました。」
良かった。
もっと楽しい祭りが出来るはず。もっと見直しせないかんね。
『そうじゃの。』
あら?私の話に相槌打った。。。
夫は、娘の振り袖姿のスナップ写真を眺め、とっても気を良くしていたからね。![]()
新年早々の娘の言葉。
「母さん、身の丈に合った成人式でいいからね。」
と。
このけなげな言葉を私は夫に伝えた。
すると今春、来年の成人式に間に合うようにと、夫は振り袖をM呉服店にお願いした。
18日(祭り最終日)、娘はその振り袖を喜んで着てくれた。
8時の髪セットから、花束贈呈
が終わる16時まで私は娘にずっと付き添っていた。
“瓜二つね”って言ってもらって随分気を良くして・・・![]()
やっぱ、娘は良いわね♪
私の心を弾ませてくれる![]()
娘は幼稚園実習の為に祭りを挟んで2週間、私の手の届く処に居た。
可愛くて可愛くて仕方ないわ。![]()


.
日が変わろうとする18日深夜、
息子達の汗臭い地下足袋とドロドロに汚れた白いニッカズボンをゴシゴシ洗った。
念のため法被の袖口と襟元の汚れを落とし、クリーニングに出す準備を済ませた。
座敷に吊るしてある娘の振り袖をしばらく眺め、次の日の出張に備えて静かな眠りについた。
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祭り初日(16日)。
朝、喉が痛いと言っていた長男は、青年部員としての役を務めた夕刻には熱が38度、測るたびに上がり39度まで上った。
医師会病院へ連れて行った。新型インフルエンザではないようだ。
長男は医師の診断に安堵しているようだった。
その夜、息子が呼ぶ度、ダカラの飲料水をコップに注いで2階へ上がった。
17日早朝。
長男は、熱があるにもかかわらず法被姿で出て行った。
それを夫に伝えるが、無言で茶を飲んでいる。
うろたえている私に
『あんたは今日、何をするんぞ。』
「わたし?…河川敷へ行くよ。」
よからぬ気配は感じていたけれど・・・。
『本郷と澤津の最終戦があるぞ。』
と、ぽつり。
「最終戦?」
『前回、本郷vs澤津は本郷の地元だった。次なるは澤津の地元で!今後、双方は、鉢合わせをせんという約束じゃ。』
「で、どこで?」
『労災病院前より東じゃろ。』
と、はっきり言った。
私は身支度を整えて、運営委員の同士の迎えを今か今かと待っていた。
夫を送り出した後、私は息子達を案じて、自転車を立ち漕ぎしてぶっ飛んで行った。
・・・・・そして、本郷vs澤津
詳細は、先の “あっぱれ!” 記事・・・・・・
17日夜。
『悔しい。本郷、カッコ悪い。
』
と、誰よりも先に帰ってきたター坊(次男)が言った。
「本郷はやっぱ、まとまってすごいな!とか思わんかった?」
と、私・・・。
『・・・・・もっと行けや おもた。』
「若輩者じゃのう!」
と、ター坊(次男)にカツを入れた。
「母さんは、名勝負だと思う。相手を尊重しあう二台の太鼓台は、どっちもカッコえんじゃわね。」
17日深夜、ドンドンと壁を叩く音に何度も目が覚めて2階へ上がった。
澤津戦の祭りを全身で堪能して帰ってきた長男は、既に40度を越えていた。
飲料水を息子に与えた。全身の汗にびっくりした。肌着も2度着替えた。
18日最終日の朝。
「出来るだけ安静にしなさい。」
と言う私の願いを聞かず、長男は飛び出して行った。
脳炎を発症し気がふれてはタイヘンだ。と案じていた私の思いなど。意に介していない。
風邪の菌を撒き散らしながらの祭り三昧。
世間様に申し訳ない。もぉ~まったく無礼千万!
18日夕刻。
娘の振り袖を座敷に吊るし、草履カバン髪飾りなどの小物を片付け終えて、さぁー、八幡神社へ行こうとした時。
ター坊(次男)がヨレヨレしながら帰ってきた。それも町の法被を着て!
「酔ってる?」
『ちがわい!!
メシ!風呂!』
と、力無く搾り出すような声で言う。
よくよく見れば、裾が破れドロドロに汚れたニッカズボン。靴下も破れ素足に近い状態。
「地下足袋は?」
『なくしたぁー。』
本郷vs澤津に飽き足らず、町vs田の上を参戦した様子。
晩ご飯を食べながらようやくしゃべり出した。
『もぉー、ええ 。
鉢合わせ30回位までは数えよったけど、ええ加減やめんかおもた。
』
『母さん、あれは100回ゆわん ぶつかっとるよ
。』
『鉢合わせの最中、地下足袋の留め金がだんだん外れて、踏まれてけつまづいて何度もこけそうになった。
』
・・・・・・・
「よぉー生きとったね。」
と、私は安堵した。
「昨日は、もっと行け行け言よったのに、今日はもうやめよ思ったんかね。」
と、嫌味も言ってやった。
「本郷以外の太鼓は触ったらイカン。綺麗な喧嘩なんか何処にも無いけど、正々堂々と裸の喧嘩じゃけん母さんは目をつむっとったんじゃ。」
と、真剣に怒った。
その直後、実弟の訪問で阿島vs松神子の鉢合わせの真相を知り常識やルールの無さに困惑し、私の仰天は尚も続いた。
嵐のような祭りはもうコリゴリ!
再来年からは楽しく宮入りして、綺麗な太鼓を楽しませてね。
お疲れさまでした。
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潔く認めます。今回、澤津に負けました。
21年10月17日
薬局前、澤津との鉢合わせで本郷の鎧が外れた。19年とは真逆の鎧の差だった。
130㎏の重い鎧が強いわけではない。留めていたボルトが千切れたのだ。そこに本郷の誤算があった。
太鼓が鳴らなくなったほうが負けという喧嘩祭り。鎧はその太鼓を守る為の盾の役目。
激しいぶつかり合いが尚も続いた。
鎧が外れた今、本郷は大人3人の手でひょいっと太鼓を持ち上げ、澤津の担き棒を交わし激戦を繰り広げた。
敵陣に踏み込み地味な坂を押して押して頑張った本郷太鼓台に部があるようにも見えたが、
もうこの時点で勝敗決まりでしょう!
「鎧がのいたけん待ってくれ」と言う本郷。
「鎧がのいたんだったらこっちもはずそか?」と言う澤津。
待たす本郷と待ってくれた澤津。
「重たい~~。う、う、そこのけ。そこのけ。」
と、大人4人がよろけながら鎧を運び、私の目の前を通った。
もう一度鎧を取り付け、双方数回勢いよくぶつかってみたものの それはまるで握手をしているかのように感じた。
私にはそう見えた。
勝敗決まりだって!!
負けを認め去っていく本郷。
追い掛けることなく新高橋の中腹で本郷を見下ろす澤津は、悔しいけれど武将の如くカッコよく見えた。
太鼓を割るまで戦ったとしたら人と人との喧嘩になるだろう。此の上無い遺恨となっただろう。
人間の小競り合いを直ぐに止めに入る両自治会も立派だった。
民家や担き夫に怪我がないように采配していた本郷と沢津の指揮者も立派だった。
良い戦いを見せてもらった。
喧嘩は悪い!絶対、両者とも悪い!
それを承知で血が騒いでどうしようもないのなら・・・太鼓台の喧嘩は当然こうありたいものだ。
18日夜、実弟が訪ねてきた。阿島の担き夫であり、アンチ本郷の人間だ。
阿島と松神子の戦いを語ってくれた。
無惨な戦い・・・。弟の無念が手に取るように分かる。
50cmの鉄のキャップ vs 10cmの鉄球端冠、その鉢合わせの真っ最中、松神子が手のこぎりで阿島の担き棒切断!
真実を知り、幾度も相槌を打ったが、その戦いをこれ以上書き記すこともない。
殊更、破壊目的ではない澤津の姿勢にあっぱれ! と、再度感心した。
後腐れの無い本郷と澤津の戦いぶりを書き記そうと、
本日、高松駅を出て出張からの帰り道、電車に揺られ決意した。
再来年からは、平和運行の祭りが出来そう。
あー、天晴れ!

新居浜市民が、指折り数えて待ちに待った太鼓祭りが あっという間に 終わってしまいました 。
今年は喪中の為、嫁いではじめて のんびりと….祭りを過ごしました。
起源は、平安時代 あるいは 鎌倉時代にもさかのぼる、五穀豊穣を願った新居浜太鼓祭りを皆さんご存知でしょうか。
「 男祭り 」 と言われる躍動感たっぷりの祭りです。
宇宙と太陽の輝きをあらわした天幕
雲をあらわしたくくり
雨をあらわした房
東西南北をあらわした天上を支える四本柱
長さ10mを越す4本のかき棒
台場に支えられた直径80cm以上はある和太鼓・・・
子供の頃から、激しく揺れる房 と 金糸銀糸で織られた、飾り幕の龍などの刺繍を見て育ちました。
その豪壮な太鼓台が、「 ドン・デン・ドン・.。o0○ 」と、四拍子で鳴り響き、
150人~200人のかき夫の腕力で澄み切った秋空に舞う様は、胸も頭もしびれます。
10月13日(体育の日)、多喜浜駅にて又野太鼓台のお披露目が執り行われました。
新調話が出てから4年前には台風災害があり、どうなるかと案じていましたが、ようやく太鼓が完成…。感慨深いですね。
新調したばかりの又野太鼓台をじっくり見てきました。
バランスが良くて とても綺麗な太鼓です。
『 絆 』 がテーマの幕と聞きました。
阿羅漢の唐子遊び (布袋さんだよ!とおっしゃる方もいます。)
おもわず笑みが出る 遊び心満載の飾り幕(高覧幕)です。
太鼓腹のおっさんにまとわり付く子供達の姿、ほのぼの…です。
平和運行の又野らしい太鼓台ですね。
その他、麒麟に鳳凰の高覧幕もさることながら、『 川中島の決戦 』 武田信玄と上杉謙信もスゴい迫力でしたよ。
上幕の4面は三国志の聖地とも言われるりっぱなお庭の春夏秋冬を現しているそうです。
又野は、担ぎに専念する太鼓!見せる太鼓!
末永く大切にしてほしいです。

「祭り便りは、まだかいねぇ。」
「本郷太鼓台は、昨年の喧嘩で 今年は出んかったんよね。祭りは何しよったん。」
と、気に掛けてくれた友人達・・・お待たせしました。
投稿が遅くなりましたことをお許しくださいね。
いろいろあったんよ。
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