開放感

 

お彼岸なので自転車で夫とお墓参りに行った。
その後、潮の引く様子を見ながら二人で防波堤を歩いた。少し黄砂の舞う中だけど快適な散歩だった。
自転車の置いてある野っぱらで夫は立ち小便をはじめた。弧を描くと共にフルパワー放出だ。
「最高に気持ちエーぞ。お前もせぇー。」
『屋外の開放感はお散歩で充分よ。』
「ほうかー。」
と、夫はとても残念そうな顔をしている。
私はキョロキョロ辺りを見渡して立ちション警告標識が無いことを確認した。
『やっぱり、できんわ。』
誘ってくれてありがとう。百歩譲って羞恥心も繊細さもゼロの嫁だとするよ。残念ながら、連れションは無理じゃわ。私は格好良くできないのよ。カラダの構造が違うのだから同じ方法でできないのよ。
大自然に向けて小便を飛ばす行為。お風呂場で少しずつ練習するとマスターできるかしら・・・。

防波堤

お彼岸の燧灘

結婚はママゴトじゃ無い

「結婚は、ママゴトじゃ無いんぞ。」

と、ご挨拶にみえた娘の彼氏に夫は言った。

夫の言葉が胸に響いた。

長男が嫁を貰うと言った時、「まあー、ガンバレ。」の一言だったのにね。

娘が嫁ぐとなると、ちっとばかし違うみたい。

夫は右変形性股関節症の持病があり、数年前から、とんぷくを常用しながら実際厳しい状態の中、肩を揺らし腰を屈めて仕事をしていた。

今春、疼痛がなお激しくなり、病院を変えてみると組織の損傷はひどく右脚と左の差は5cmほどもあり、即日手術(人工股関節全置換術)と診断を受けた。

7月の手術前は、驚くほどのスピードで体重が激減し車の運転さえもままならず、朝は転げながら布団から起き上がり、それでも這うように仕事に励んでくれた。

術後二ヶ月経った現在早々と退院し、疼痛は無くなったとはいえまだまだ自宅療養が必要なのに足に負担の掛かる仕事をしている。

このような姿を見るにつけ‘ これが夫の責任の取り方なんだ ’と思った。‘ これが夫の家族への愛なんだ ’と気づかされた。

「結婚はママゴトじゃ無いんぞ。(覚悟は有るんか?)」

ずっと昔。
産後の子育てが大変な時、必要としている夫に力になってもらえなかった。
守って欲しいと思っているのに安心させてくれなかった。
『父親になるって、自分の事よりも家族の為に生きるってことでしょう。』と、切実に訴える私に、
「ワシが楽しけりゃ、家族も幸せじゃ。好きなことをして何が悪い。」と、夫は理路整然と言ってのけた。
その後も夫は、大手企業のサラリーマンを勝手に辞めて全く専門外の個人事業主となった。
家族を思っての決断であることを信じ、私は夫の良き理解者となるよう努めた。私は、母として妻として当然の事を成し遂げようと必死だった。
子供と過ごす時間が何よりも大切な私にとって最適な職を見つけた。早朝は新聞配達と乳酸菌飲料のお届けをし、昼間は時折、夫のテゴをした。(テゴと新聞配達はその後も十数年続いた)
その当時、全てに余裕が無く、収入の安定や心の安らぎなど家庭に安心を求める日々だった。
私がどんなにハツラツと頑張ってみても子供たちの手本にならず、心は ふわふわ ゆらゆら頼りない。
「家事や育児は母親のすることじゃ!」と考えている夫に『お父さん!ただの同居人にならないで。』と、心の内で何度も叫んでいた。
ある日。
『あー、この人は変わらないわ。\(◎o◎)/』と、諦めた。
夫が7歳の時に亡くなったお義母さんは、好きなことをして元気ハツラツと生活して欲しいと子供に望んだはず。
私は、夫の母親になろうと思った。そうすれば、怒ることも無い。夫を子供だと思うようにした。
そんな風に諦めたはずなんだけど、子育てに協力の無い夫への恨み辛みはなかなか消えるものではない。
夫の留守中、夜中に泥棒が入ったことがある。懐中電灯の明かりが怪しい動きで天井に映るのを私がどんな思いで見ていたか・・・。なのに心配すらしてくれず、何度も午前様が続いた。
子供たちへの愛情が軽いことが許せない。家族の生活に無関心な夫と暮らして子供たちは幸せなのかしら?募る思いを自制することは並大抵では無かった。
何よりも許せないのは子供への暴力だった。私と子供たちは愛されていないと感じられた。確信出来ないまま家族で居られるのかしら?妻の想いは重く積った。

ところが・・・

私の想いは変わった。変わることが出来た。
子供たちは、私より速く父親の不器用な愛情表現を察っしていた。子供たちは、夫を信頼できない浅はかな私を許してくれていた。
優しくて寛大な子供たちは、この家庭で育った。
今、夫に感謝しています。

娘の良縁

『二人の結婚をお許しください。』

と、麗しの影武者さんが現れました。

もはや彼の存在は幻だったの?と思う昨今でした。

「ワシの娘に彼氏はおらん。」と、言っていった夫ですが、これで認めざるを得ないでしょう。

夫は、飲み干した湯飲みをトン!と テーブルに置いて、私に無言でお茶の催促をします。

トン!の音とともに影武者さんの膝頭にある拳が、ギュッと引き締まります。

「遅い!」

「結婚は、ママゴトじゃ無いんぞ。」

と、夫の語尾が部屋に響きました。

うさぎが娘の良縁を知らせてくれました。

私は、ホッと胸を撫で下ろしました。

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月
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退院

皆様、お元気でお過ごしですか。
朝夕日毎に涼しくなり心地よい時節となりました。夫は、お彼岸に入る前に無事退院することができました。
入院中は大勢の方に温かいお見舞いと励ましをいただき、また、退院に際しましてもご丁寧なお祝いをいただき、大変に心強く、感謝の言葉もございません。
しばらくは様子を見ながら自宅療養に努めてまいりますが、順調に回復しておりますのでどうかご安心ください。
これからも変わらぬお付き合いのほど、お願い申し上げます。

今日は病棟の仲間が大勢エレベーターまで見送ってくださり、夫の愛されキャラは健在だな~☆”と、確信しました。
エレベーターの中で『外面は抜群にエエねぇ。』「お互い様じゃ!」とプチバトルとなりました。

今年の夏は本当に長かったですね。
入院中は、エレベーターまで送ってくれる夫と7階の窓から燧灘を見渡していました。
秋風の訪れるこの窓にも「さようなら」・・・。

病室へ入ると数分も経たないうちに「はよっ帰れ。」と言う夫でした。
夫が怪しくって嘘が何となく分かります。病室の空気がおかしいことも感じます。夫の情熱が隣向かいの病室まで分散されています。
ちょっと見たところシャイそうに見受ける夫ですが、ココでも巧妙な口先でロマンスを勃発中であることがビンビン感じとれました。
このフェロモン、妻の人生を雑に扱った先に放出されていることを本人は少しも感じていないようです。
秘密の多い夫を相手にしていると心細さを言う気になれない私はますます頑なになります。

入院生活前半の一ヶ月、夫は驚くほどのスピードで体重が減りました。思うように歩くことも出来ず、体は動かさないと本当に弱ると実感しました。
後半は、病棟の仲間に励まされ階段や中庭などを利用し毎日調子良くリハビリに専念しました。
今は、後遺症もなく普通の生活に戻るリハビリ中です。手術前のような疼痛はありませんが、稼動域を把握していない為の痛みがあるようで…それって、無理をすると脱臼しかねないってことなのでしょうか?爆弾を抱えた心地です。

私の体調は万全で、この二ヶ月間、家と職場と病院を行ったり来たり。表向きは平然と!ふふふ…なんとか遣って退けました。
お金もいっぱい使いました。大黒柱が倒れると、家計は火の車だなぁということを再確認した次第です。

健康が一番です。皆さまも、くれぐれも健康にはご留意ください。
また皆さまのご家族にも祝福がありますように。

バラ

「あなたは誰?」

爽やかな青空です。

梅雨は明けたかな?

隣で夫が

「釣り日和じゃのう」

って!

燧灘を遠くに臨む

ねぇ、聞いてくれる。

手術が長引いて、ワタシ殊の外 心配しとったんよ。

術後の集中治療室に案内されて、夫の顔を覗き込むと

夫は、カチカチに青ざめて渇き切った口元をしていたのよ。

「お父さん」と呼んでも応答がなく…

固くて血の気の無い形相に驚愕していると

絶妙なタイミングで、ふっと目を開けて茶目っ気たっぷりに

「あなたは誰?」

もう~~〜こんな時にそんな言葉やめてよ〜。

White Stone(夫)流のジョークを聞いて大爆笑よ!

期待に充分応えてくれたわ。

これで皆に報告できるわ...☆”
7/17 人工股関節全置換術THA、夫の手術が無事終わりました。

晴れ