太鼓台の鉢合わせ



祭り初日10/16午前7時50分ごろ、最速、最短の太鼓台の鉢合わせがありました。



本郷太鼓台 vs 宇高太鼓台。
双方とも天幕、上幕、高欄幕を外して浮島小学校前の道路に現れました。



太鼓台の鉢合わせは太鼓の音が鳴り止むと負けです。
なので太鼓を守るために多少の武装はしているはずと、思いきや…。
本郷は鎧を付けているのに対して宇高は太鼓の保護をしていません。
ガチャン!太鼓の早打ちとともにいきなりのぶつかり合いです。相手の棒端の隙間に当太鼓台の端冠を引っ張る担き夫の頭が消えていきます。スレスレの技です。双方の担き棒が隙間を滑りながら相手の太鼓めがけてぶつかり合います。
激しい衝撃音ニ十数発の末、宇高の太鼓が破れました。
本郷太鼓台の勝利です。



「そうーりゃ、えいや えいや よいやさー」
と、何処からともなく掛け声が聞こえてきます。幾度も響きます。
本来は重い太鼓台を団結して担ぐための掛け声ですが、どなたか本郷の担き夫に成り代わりまして勝利の雄叫びのようです。



引く本郷と絡んだまま付いてくる宇高の移動が東へ長く続き、その後、担ぎ棒を絡ませたまま本郷は西へと宇高を押し続け担き棒を折る態勢に入りましたが道幅が狭く断念しました。
交差している担き棒が緩むとともに宇高が去り見送る本郷、その時、太鼓愛にあふれる人・人・人の笑顔は、安堵と言うのか満足と言うのか達成感にあふれていました。

.



.

鉢合わせの惨事

あくび
.
祭り前から太鼓台の喧嘩(鉢合わせ)は予想されていました。

数年前からの小競り合いや、長い年月を経ての因縁などでしょうか?

16日は、川東地区の宇高太鼓台 vs 白浜太鼓台。

18日は、川東地区の本郷太鼓台 vs 澤津太鼓台。川西地区では大江太鼓台 vs 西町太鼓台が鉢合わせをしました。

太鼓台の喧嘩は、川西地区と川東地区では、質も内容も全く違います。

でも、双方ともどの場も周りの観衆を巻き込んで多くの惨事となりました。

冷静で賢明な鉢合わせは、出来ないものでしょうかね。

あ~~~無理なんでしょうね。

わざわざ理由をつけて、小競り合いから喧嘩へとエスカレートさせているのですから。

不思議な世界ね!

鉢合わせには、かき夫の怪我はつき物ですが、お怪我をなさった方のご家族の皆様の心中をお察しいたします。

我が家の長男もその内の一人です。

沿道に置き去りになった真っ赤な血だらけの日本手拭を見た時、ふと息子が気になり、

喧嘩道のあちらこちらに散らばる木片を見ながら、更に心配になってきて、

急いで自治会館へ行きましたが息子の姿は無く、不安一杯で・・・、

単なるかき夫Aである息子が病院へ運ばれたことを知った時は、頭が真っ白になり私の胸は張り裂けそうで・・・、

「 足がある。首が付いている。」

と、病院で息子の姿を観た時は安心し・・・、

怪我は、唇が裂けパックリ開いた口元のみで、形成外科医が丁寧に縫い合わせてくれたと聞き、ただただ合掌し・・・、

「太鼓の鉢合わせで、人様のパンチを食らうとは もってのほか!ドン臭いんじゃわね!」

と帰宅して叱り・・・、

息子は一発目の突撃の時、棒端の紐を持ち相手の太鼓台に向けて突進したと聞き、あまりの無鉄砲さに

「 大ばか者~~~!」

と、尚怒り・・・、

その突撃後は、相手のかき夫に取り囲まれ袋叩きに会いながら反撃し、やっとのおもいで抜け出したコトの説明を聞いた時、紳士で無い相手に腹を立て・・・、

そうでしょ!太鼓台の鉢合わせで、暴力行為は許せないわ!見事な戦いぶりだと思っていたのに・・・・・、

その相手は法被を着ていない外人部隊であったことを知らされて、少し気が静まり・・・、

「 あなたが真剣に太鼓に向かっていたら、外人部隊に目をつけられることはなかったんよ!」

と、また息子を叱り・・・、

私の思いはあれこれ忙しく巡り、Blogの執筆意欲を無くすほど、気が臥せて苦しい思いをしましたよ。

Blogもぼつぼつ潮時かなぁーと考えたりしましたよ。

激しい喧嘩は、平成元年以来だからと気を取り直し、やっと、書き込みと相成りました。

今では、この遺伝子は、誰からのものか???と自問自答し、あきれ果てている次第です。

画質は良くありませんが、鉢合わせフォトを載せますね。

観衆の合間から身を乗り出して撮りました。背が欲し~いと切に思いましたよ。

.

.

澤津のかき棒が・・・

.
しおれたバラ
.