夫婦の距離

考え方を改めたテーマや課題は何ですか ?



還暦の私が、考えを改めたのは一昔前のこと。
それ以前の深刻な話しをしましょうね。



子育て期、夫の躾と称する暴力は激しかったのよ。
その暴力の原因は理想とする息子に育てることが出来ない私にあると思っていたわ。
私は深みにはまって、このうえもなく尊い命を奪い自らも断つと言う想いがよぎった事があるほど。
思いとどまるものの傷つく息子を案じ、いたたまれない想いを当初Blogに記したこともあるのよ。
「母さんについて来て!!」と、旗を翻しガイドさながら子ども達に決死の覚悟を発言したことがある。
またある時は、
「子ども達が巣立ったら私も巣立つよ。」と、記事内でこの家を出ることを宣言したこともあるよ。


子ども達ときたら、
「母さん、いよいよ更年期に入ったね。」
などと、私の言動は信用されず、頼りにもされず一時の感情に趣く人だと思っているじゃない💦。更年期の症状なんかじゃないわ!!私は正しいはずなのに…


父親に認めてもらわんばかりに子ども達の努力は涙ぐましいものだった。
「母さんは、父さんのフィールドで好きなことをしよったらえんよ。場外では生きて行けんよ。」
と、私は子ども達の反論であっさり撃沈し思いとどまった。

『妻の想いは重い』孤独を感じる日もあった。

『ピアッシング』おしゃれをしようと思って開けたのではないのよ。
自分の巣立ちを諦めた表明ね。


子ども達がそれぞれに巣立つとき どうしても渡らなければならない節目が有るようで、
私は弱虫だから 毎度泣かずには渡れない。


4人の子どもの巣立ちを感じたとき、後悔の涙ではなかったし、耐え抜いた証でもなかった。
その涙は、様々な想いが交差しているけれど、成し遂げた想いで満ち足りていたわ。
夫を責めている私の心の内は綺麗ではなくて…。
ふと、清く明るく美しく巣立つ子ども達に見合った自分で居たいと思ったのよ。
Blogに綴ることで想いを表現し気持ちを整え、自分を見つめることで心をおさめる術を模索しようと試みた。
Blog内で、もちろん豊かを装うつもりはないし、恵みを自慢するつもりもない。ただ変わりたいと思ったのよ。
夫婦の在り方は自分の想い一つで良くも悪くも変わるはず。


今は一昔、夫への感謝に変えてゆきたいと思ったのでした。


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