甘えています

 


これからどうしましょう?
私は、どんなふうに生きましょうか〜。


今までやるのが当たり前だった家事や習慣を私に代わって娘が頑張っています。
気付けば葬儀から此の方娘が甘えさせてくれていました。
今までやってきたことを断ち切る勇気が無かったのにプチッと断ち切れています。


見切りを付けようと思っても一歩も踏み出せ無かったのにね。


今日どんな心で生きているか?その積み重ねがやがて自分の現実を形づくると言います。
今日の心が明日の私を作ってゆきます。


生前守ってくれたことに感謝して、段取りの良さとクオリティの高い技術を讃え、底しれない性を許して、大きな痛恨を少しずつ解いてゆこうと思います。
仏となった夫が家族を見守ってくれることを信じて!
それが大事!


.

くだり


お父さん、私達ここまでよく頑張りましたね。


今、泣いています。


毎夜、涙が止まらないのよ。
あなたは大切な人でした。
一回かぎりの人生です。
あなたの人生を大切にしたいと思います。


お互い子どもから貰う力を充分に感じてきましたね。
あなたの家族への思いやりは真実でした。


私の手の届かないところへ行くあなたを
「あなたが一番偉い!」と、私が称賛しなければ誰が褒めると言うのでしょうか。
我が家が成り立つとき、ポジションが変わればあなたは夫であったり社長であったり父親であったりしますが、全般あなたを指し示す名は殿!
殿が一番スゴイと言うことを家族みんなが承知しておりましたね。
殿、お疲れさまでした。


いっぽう


外面は最高でした。
感心していると、
「外面はアンタもじゃ!」と言い、
「あら〜(あなたのモラハラと女遊びを上手に隠しているでしょう)」と陽気に振る舞う私です。
少しで良いからコントを見た時のような笑顔を向けて欲しかったわ。


そして、


他者にはメエいっぱい愛情を掛けて優しさを現し、私をぞんざいに扱う…
長年、ピュアなあなたを見てきたので、
その歪んだ心理状態がいつ来るのか多少わかります。
あなたの最近の苦しみと足掻きを知っているだけに…
身構えていても
どんなに強がっても
心を整えようとしても
私も苦しい!
今も苦しい!
この苦しさを解き放ちたい。


モラハラがいつ来るのか目星がつくように、では何故そのような仕打ちをするのか、私は理解しているつもりでしたが、実のところわかっていませんでした。
妻がダメだから自分はこぅなったと…自分を正当化するためだと思ってきました。
「ワシを見ろ!愛していると言ってくれ!」
と、モラハラはあなたの心の叫びだったのですね。
私はその叫びを聞こうとしませんでした。
ずっとあなたの傍にいました。だけど
愛されたい願望の強いあなたを無視してきました。
そんな私の心を見透かしての反抗だったのでしょう。


女性の影を感じつつ同じ土俵に立ってはいけないと。
目指す場所も育むポイントもスタートも違う相手にヤキモチを焼く必要など無いと自分に言い聞かせてきました。
私、可愛くないわね。


子どもを通して感謝と誉れをいだき40年作り上げた環境に依存していた私です。
あなたの前で泣くことも怒ることもなく、改心することをせがんだことがなかった私が、
「仏の顔も三度まで。私との生活が大事なら綺麗に清算して下さい。それまで私に触れないで。」と。
あれから3年と5ヶ月、ずっと待っていましたよ。
ですが、
この1年、あなたは良い香りとスベスベの肌で帰宅して、まるで気絶するかのように寝床へ滑り込むことが多くなっていました。
最近の頻度は目に見えて異常で、
隠そうとしない開き直りに…
ファッションマッサージ店へ通っているのではなくまさか?
またもやロマン勃発!と、よぎったのでした。
あなたが逝った後に見た携帯電話には、また新たな人と…
グループラインの紅一点の人を「ねえやん」と呼び、単独の繫がりでは可愛い名で呼び、その履歴は情熱的で刺激的な内容で誘い合ってセフレへと。そして、心の通い合う恋人同士へと変わっていました。
あなたは私の課題をクリアすることはありませんでした。


私は知らないふりをしながらも気付いていました。
あなたが変わらないことを。
そして、信頼は底辺へと。


新婚当初からこれまでの情報と目撃、そして、すんでのところでかわした人からあなたの手口は入っていましたが、
私はようやく目が覚めました。
いとも簡単に釣れるものなのですね。
やはり嫌悪感しかありません。


このたび随分と運気が下がる女性と付き合ったものです。
どうしても そう思ってしまいます。
あ〜、恨む私は醜い!
そんな私の心の内を知り ようやくモラハラをやめる決心が付きましたか?
遅いよ!
壊れるために結婚したんじゃないのに、思い出す結婚生活は苦しいことばかり…。


私は信じようと努力をして誤魔化して笑顔を作ってその裏で幾度も涙を流し壊れそうでしたよ。
人は変わりませんね。
怒鳴らなくてもいいのに。私があなたを求めていることを気付いてほしいのに。私がどれほど願ってもあなたは私の思い通りにはなりません。
あなたは誰かの思い通りにもなりません。だから皆様、去っていくのでしょう。
あなたと関わった人が、そういう人なんだと受け止めているから、社会に非難されずにあなたは静かに過ごせたのだと思います。


あなたの手口を知らず(考えようとせず)私が信頼を寄せていた過去、私の傍に居るあなたは上昇気流に乗っているようでした。


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感謝の欠落


近頃の夫の不機嫌さと 夫の不安は最大でした。


半年前から予期せぬ方向に走っている現状に夫は苛立ち、八方塞がりで困惑しているようでした。
私が作り上げた理想の聖人君子とは程遠く、仕事・プライベート両面でほころびが生じていることを感じていました。


10月の三連休二日目、夫はやおら腰をおろして3つの悩みを打ち明けてくれました。
「ようやく話す気になったのね」と思いながら、
私は解決の糸口が見つかることを願って、望むがままお茶を淹れ頷きながら話を聞いていました。


一番に仕事の面で夫の尊厳は傷ついていました。
仕事の段取りや技術面では誰にも負けない自信がありました。経験が豊富で必要な部材を的確に示すのでロスは少なくお得意先からは重宝されていたはずです。
ですが方向性の違いで取引停止の危機を抱えていました。
感謝の気持ちが有れば苛立ちを寝かせ謝罪ができるはずです。
「遅くはないわ。謝りましょう」と、勧めますが、
「ワシは悪くない!」
モラルハラスメント研修を受ける機会が無かった昭和オヤジのアガキは、勝手な言い分ばかり…。
視点を変えて、「お父さんの腕を求める人は必ず居るから来春の契約終了は大した痛手では無い。」と話し掛けますが、
それは本人が一番理解していて「当たり前じゃ!」と。
悩みはそこではなく、兎に角職人としてのプライドが傷付き怒っていました。
何故?信頼が崩れはじめたのでしょうか?いったい何処で方向を誤ったと言うのでしょうか?
夫は腕一つで確実に積み上げてきました。その努力を知っている私には、お得意先が出した答えの理由が追いつきません。


二番目に見捨てられる不安を抱えていました。
「後輩が内縁の妻にあしげく貢いでいるが、ありゃ〜、連れ子が成人したら見捨てられるのは とのこと承知じゃ。気の毒でならん。オマエはどう思うぞ?」と夫。
「愛の深さは傍目にはわかりませんよ」と私。


三番目、仲間が賛同しない煩わしさを嘆き意地になりプライドが深く傷付いているようでした。
「お世話になっている11歳年下のネーヤンの誕生月は9月じゃ。しかし、同じ世話になっている同士じゃのにAは今年から誕生会をセン言よる。他のモンも参加せん言い出した。遅くなったがワシは誕生会をするぞ。ネーヤンの孫の誕生も重ねて祝うのでネーム入りのよだれかけを作ってくれ。祭の前日に是非ともそれを贈りたい。」と言います。
私はその女性が皆んなのマスコットガール的な存在であって、夫の気持ちが楽になるのなら唯一私にできることと思い快諾したのでした。


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PS:(のちに追記)
私の目線は断片的で偏向的かもしれないので夫の死へのプロセスを裁定することははばかりますが、あえて追記します。


葬儀3日後、お供え花や弔電、そして、これまでの感謝を込めてお得意先へご挨拶をした折に担当者へ契約満了の理由を尋ねました。渋りながら話してくださった内容も書き添えます。
「なめとんか?」と、新人営業マンへの暴言が激しかったこと、次に、二泊三日の現場の宿泊施設に女性と同伴していたこと、更に、夫が次なる事業を始めたらしく若手職人に斡旋する内容は理念や方向性と異なりモラルの違いが往々にしてあったことが理由でした。
安全に指揮を高めたい現場にまで女性?
次なる事業?私は寝耳に水です。


夫から制作を受けた翌日、仕上がったばかりのベビースタイを夫に渡した時、相変わらずありがとうとも言わず「よし!」と頷いて何かしら覚悟を決めスッキリとした顔立ちでした。私はこの夫の様子に未だに違和感を感じています。
覚悟…自分の進む道を選んだかのような表情です。
この半年、良い香りとスベスベの肌で帰宅してまるで気絶するかのように寝床へ滑り込むことが多くなっていました。
最近の頻度は目に見えて異常で、亡くなる当日も4日前と同じ残り香を放ちながらトロ~リ心地良さそうに午前2:30の帰宅でした。
ベビースタイを渡すと言って女性と会った夕刻から深夜に掛けての空白の時間は、ファッションマッサージではなくまさかの不貞行為?と、よぎったのでした。
夫の死後LINE履歴を見て、
愛人に…夫の申し出を喜んで受けてベビースタイを制作したことに気付きました。
普通、妻へ そのような要件をストレートに願いますか?夫の思考は異常です。


思い返せば、
洗濯カゴに入っている作業着を持つと夫の頑張りが想像できますが、全く汚れていないのに早々とお風呂に入っている日、シャワーノズルを掛ける位置が家族が掛けることがないフックに掛かっていることが数回ありました。その時、マットもタップリと湿っています。
私が不審に思った日、親類縁者では全く見掛けない真っ赤な車が長く駐車していたことをお隣さんが知らせてくれました。
女性を招き入れていることが確信できる現状なのに、
「何をいよんぞ!ワシはしっかりアンタに夢中じゃ!」と言う言葉に希望を感じていましたし、
迂闊にも 出張対応の施術?と自分に言い聞かせてまだ夫を信じようと思っていたのでした。


「オマエの所為じゃ!」と理不尽に怒ったかと思えば爽快な態度を取り、怒りや不安を忘れるように快楽に走っている様子…。
かと言って、八方塞がりの不安ばかりでも無く、祭り前の太鼓台組み立ての際には百人近くの青壮年が見守る中、夫は太鼓を威勢よく打ち鳴らして悦に入っておりました。
感謝の欠落から責任転嫁をし、怒りに苛まれ自分の言葉が自分の心を乱し、その乱れが更に心を不安にさせ、快楽を求め睡眠不足で判断が鈍ったのだと思えてなりません。
そして、事故という大きな果を生んだのでしょう。
それとも…ご自分で選んだ道?お天道様を誤魔化す死に方を考えたのでしょうか?


夫の死は…、
不慮の事故ではなく ご自分で選んだ道なのではないかとよぎります。
Blogに表現していない取るに足らない夫の優しさや淋しい表情とか、
「母さん、母さん。」と、当日の清々しい夫の顔を思い浮かべてはソコにたどり着いてしまいます。



狂いそうなザワザワ感、書いても払拭できずにいます。

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夫の真意は?


私、堪えました。


堪え通しました。


私のトキメキはささやかな日常にありますが、
夫のトキメキポイントは秘密を繰り返すことのようでした。


夫の浮ついた遊び心なんて取るに足らないこと、私たちには共に育まなければならない使命が有るのよ…
と思い直して、見事に堪えました。
しかも、夫に嘘をつかすこともなく夫を口頭で責めることなく、正しさを強要することもなく、
私は、歯止めの効かない夫の性を受け流してきました。
胸に突き刺す痛みがある時こそ人間を問われている時と考え満面の笑顔で受けて立ってきました。


4人の子どもたちの心の安定と可能性を見つけることが何より大切でした。
家庭を崩すことで子どもたちの心に影を落としてはいけないし、金銭的な苦労を今以上に掛けてはいけない一念で、無かったことにしようと決めて自分の心を誤魔化し続けました。
心でつながる家族をめざそうと切り替えて自分磨きに勤しみました。
夫と一緒に生きるために 子育て、家事、家業の帳簿付け、運転資金の調達など目の前の課題にがむしゃらに邁進してきました。


自身でコントロールできない夫の特有の体質…
歳を重ねるにつれ芯がほぐれ小さく柔らかくなることを待っていましたが、適切な診療を拒み続け、まだまだ活力がみなぎり元気にあふれていました。
本人は大きいことを自慢しているかのようでした。
何故大きさに拘るのでしょう?
私はそんなことよりも、五つの当たり前をさらりと表現してくれることを願っていました。
それこそが前戯でありその表現が無ければ心が動かないことを伝えその日を待っていました。

  • 感謝の言葉を欠かさない
  • 名前を呼びあい一緒に笑う時間を持つ
  • お互いの話を最後まで聞く
  • 小さなスキンシップを忘れない
  • それぞれの時間を大切にする


40年間「こうしてくれると嬉しいな」って夫に五つのお願いをしていましたがそれは単なる一方的な提示だったのですね。
「ハン」とも「フン」とも取れる夫の返事は…。
私を舐めていたのですね。




40年前の新婚当初、夫は寡黙で目を合わすこともなく私を雑に扱います。甘えることができません。いくら未熟な私でも何かを感じます。
「あなたの心が私に向いていないことは感じていますよ。」と、伝えたことがあります。
「ワシはアンタとの生活、けっこう楽しいけどの。」と、的を射ていない返事を思い出します。
(うやむやにしたい時の決め台詞「何をいよんぞ!しっかりアンタに夢中じゃ」と、当時はまだ言えず嘘を付けない人でした)


第一子のワンオペ育児で戸惑いながら育児に奮闘していた頃、聞いた話に振り回されることに嫌気をさしていた社宅生活でした。
「新築!土地を買い 家を建てましょう。」と、夫に提案すると
「エエのぉ。アンタの発想は面白い!」と、奮起していましたね。
私は気に留めない振りをしていましたが、社宅の奥様から耳に入っていました。
「この2年間毎夜、旦那様の自転車が会社帰りから数時間、ある居酒屋に停まっていることをご存知ですか。一緒に飲もうと夫が幾度か居酒屋に立ち寄ったことがあるのですが、旦那様の姿は一向に見えなくて、そこに隣接するアパートに通っているのでは?」
と。
残業続きの夫を疑うこともなく、浅はかにも注意するべきサインに気づかずに見過してしまったのは、私が未熟だったから、そして、理由のわからない不安と子育てに追われ心が機能不全だったから…。
社宅での耳打ちが本当だったかも知れないと気付いたのは、更に後でした。


30年前、双子の出産を終えて4人の子育てに奮闘していた頃です。
「おるか!」
と大きい声で、不意に現れ続け招かざる客から必然的に招き客となった憎めないおっちゃんがおりました。
毎夜、我が家に遊びに来て夫と呑み交わし、子どもとよく遊んでくれました。
子ども達は「ヒロミさん!」と懐き、背中や肩、胸に飛びついて笑い声が絶えませんでした。
その方が亡くなる二日前のこと。
「明日、呼吸器をつける…」と、病床から絞るようなむせび泣く電話を貰って、、、
「まるさんは騙されとるぞ。これからをよく考えろ。」と。
気づいたのです。
3年間、身を挺して夫をリビングに繋ぎ止めてくれて私の家庭を守ってくれていたのでした。
ヒロミ氏が折角明言してくださったのに、この時の私は尽力してくださったヒロミ氏の身を思うと継続する道しか思い付かなかったのでございます。
思い返せば「家庭に目を向けろ」と夫を叱咤した人はその方だけです。
そのご好意も虚しく、夫は隙間を縫って北の方へ自転車で向かったり、女性が運転する車にイソイソ乗り込んで巷へ繰り出しています。


オムツを換えている扉向こうからヒロミ氏との会話が聞こえていたこと。
「ワシが〇〇の入団を持ち掛けたばかりにオマエを狂わせた!その責任を感じとる」とか…「その旅行に仲居として連れ込んだあの〇〇か?」と言うヒロミ氏の言葉…。
それ以外にも幾つかの内容を意を決して夫に問いただすと
「言い寄られたら受けないかんかろが。あんなんはオナゴじゃ。あんたは天女じゃ。」と。
さらに言葉を変えて
「トイレに行きたいとき簡単に入れる方に走ろが、手のかかるのは…」
そして、まもなく相手の結婚で終結すると言います。
なんという言い草!
あなたはいつも自分本位です。
私はあなたに大切にしてもらいたいとずっとずっと求めていましたよ。
あなたはどっちを向いているのやら…。


「では、あの件も?」と、新婚当初から十数年にわたる数々の情報や不思議に思うことを尋ねると…うつむいていた夫は上目遣いの視線でニヤッと。
その表情はとても気味が悪いものでした。真剣に塞ぎ込んで欲しかった。
またも注意すべきサインを見過してしまったのは、私の思考が停止していたから、家計の不安と子育てに追われ心が機能不全だったから…。
「何いよんぞ。ワシはシッカリアンタに夢中じゃ!」と夫。
夫は私から去るつもりはないと言います。
私は苦渋の決断をしました。
悩むならやりきってみましょう!
と。


またも


20数年前、このBlogがはじまる前のことです。
「飲むことを楽しんでいる」と言っていた夫の浮気の決定的瞬間を見てしまいました。
「おぞましい!醜い!汚らわしい!その手で私にふれないで!」
と、夫を責める思いと女性の喘ぐ声を払拭することは長年容易なことではありませんでした。
「求めるからしてやっただけじゃ。」と、全く反省のない夫の態度に怒りよりもさげすみを覚えました。
夫への関心が薄れて注意すべきサインを見過していたのでした。
現状を認識するには私は未熟でした。
夫の願い通りの生活空間を心掛けているから大丈夫!と自分に言い聞かせ、平常心で子どもと向き合うことを大切にして疑いや恨み辛み哀しみの感情は蓋をしていました。
この感情は無意味だと…心情から外れたことは見間違い.勘違いと…頭も心も体も余裕が無く機能不全でした。


夫は血を分けた家族!息子のよう!夫の存在の意味付けを変えることで家族を守ろうと思いました。
本当に大切なことは夫を変えることではなく自分を取り戻すこと!
体に触れることは無く心でつながる家族をめざそうと切り替えて夫に執着せず自分磨きに勤しみました。
自分磨きと言いつつも夫の助けになることばかりを考え自分の心を夫に明け渡していることに等しい日々でした。
子どもを育てる同志という関係性だけではなく、
家庭を継続するに於いて夫への私の役割がきっとあるはず…と、そっぽを向くことができなかったのは事実です。
夫の理屈からすれば私の役割はとっくに終えていたのに…大切な人だと置き換えて日常は過ぎるほど手がってきました。まるで赤ちゃんをあやすように。そこに確かにロマンスはありませんでした。


その後も夫の浮ついた夜遊びは留まることを知りません。
情報が全くないわけではありませんが、まさか…毎回、全力で気持ちを寄せているとは思っていませんでした。


3〜4年前、私達二人の還暦祝いとして子ども達から二泊三日の旅が贈られました。
当初この旅行に反対だった私を夫は諭しました。
結婚後はじめて二人で出掛けることに熱意を示す夫と話し合い、
私達夫婦は信頼と尊重を取り戻しこの旅を再構築に繋げようと共に考えました。
特に私は、夜の営みは大切な妻の役目だったと反省して…
ですが旅の真っ最中、夫は綺麗な景色を観るのが苦しい様子…私に熱をあげているように振る舞っていますが言動一つ一つが心ココにあらず、スマホの中に何かを隠している気配…まだ秘密を持っていることを確信し、私はタガを外すことが出来ませんでした。
その深夜、目の前の美味しいものが手に入らないことに気づいた夫が苛立ちからか墓穴を掘りました。
夫がスマホの電源を入れたとたん、とどまらないLINEの着信音。
間なしにスマホから発するヒステリックで感情をコントロール出来ない女性の鳴き声を聞いてしまいました。
「このシツコイのを何とかしてくれ」とスマホを差し出す夫。
その鳴き声のトーンは、25年前、固定電話の留守番メッセージから流れる女性とよく似ていました。
当時、FAX受信専用に切り替えた後に相手の結婚で5年続いた関係は終わったと聞かされていました。
ところが、相手の離婚で5年前に再熱と言います。
なのに私は甘い!
「仏の顔も三度まで。孫を含めた私との生活が大事なら、ご自分の手で綺麗に清算して下さい。それまで私に触れないで。」と私。
互いに許し合い静かに人生を整える門出になることを願っていましたが、スマホを妻に見せたこの時が夫の出発点の決意表明で、それに反して妻の私はオアズケ!
二人の心は大きな開きがありました。


それから3年と5ヶ月、
私は、夫がその課題をクリアする日を待っていました。


何故、待っていたのか?
夫婦の仲良い姿が、子どもたちにとってどんなことでも乗り越えるパワーとなると信じていたのです。
歳を重ねてなお強く思うのですが、違和感なく空気みたいに一緒の時間を過ごす関係に依存していたのです。
自分から手放すことができないのですよ。🧐


そして今回、新たな人とのW不倫の生々しいメール履歴を見てしまいました。
肌を重ねるってことは心を寄せ合い慈しむ心が通うことなのですね。
私、40年よ。長く深く家族を大切にしてきました。その年月をかけても自分は一人の男性を幸せにすることが出来なかった状況を目の当たりにしました。


これまで一度も謝罪の言葉は無かったけれど、
「何いよんぞ。ワシはシッカリアンタに夢中じゃ!」
とその言葉にあぐらをかき、体を許さない妻であるにもかかわらず時折の寛大な眼差しに浮かれ、私は老後に向けて共に手を取り合って協力していく姿勢を示していました。
夫の不貞行為を隠し通して生きていくつもりでしたが、夫からすれば伏せる必要が無いほど好きな人と寝るその行為こそが夫の正義だったのではないかと…。
夫の真意はどうだったのでしょうか?


夫の死後に生々しいLINE等を見てしまったことで私の心は崩壊しました。


.

あなたと過ごした時間の多くは



あなたと過ごした時間の流れは、かけがえの無いものでした。


その生活は、
子どもに幸せに過ごして欲しい一心から見栄を張らず、
地に足のついた揺るぎない安心感を子どもに与えるべく、隠すべき欠点を取り繕い、
あなたを敬う努力をし楽しく細やかな幸せを探していました。


私の子どもたちはとっても良い子たちです。
これまでもこれからも私の誇りです。
今、子どもたちの優しさにとても救われています。
あなたの子どもです。あなたの存在があってこそです。
あなたに助けてもらったこと、食べさせてもらったこと、何よりもあなたの仕事を頑張る姿を見て子どもが育ったことに、
感謝しております。


しかし、


あなたと過ごしたそれぞれの時間の多くは幸せなことばかりではなく、傷ついたことが沢山あります。
Blogに表現していない一線があって、そのところが一番重要な問題や悩みでした。
壊れるために結婚したんじゃないのに、思い出す限り多くの時間が苦しいことばかり…。


相対的な妻をさせて頂いておりますが、寄り添い合う夫婦ではありませんでした。
すれ違いを隠すかのように
「母さん、母さん」と、私に甘え…
私には母親に要望するようなことばかり
思い出す限り、伏し目がちで浮かない顔をしていたけれど
楽しい?あなたは幸せだった?


一番辛かったのは子どもたちへの暴力です。
「温々育った奴💢、甘えた奴は許せん💢」と些細なことで、特に男児に感情的に怒ります。
深夜、許せなくて怒っている私に「ワシはなんてことをしたんだろう」と、弱気になり媚びを含んだ柔らかい声で頭を垂れる一面もありましたね。


子どもの前で私を見下す発言も多々ありました。
「ダマレ!」と私の話を聞かないし、もちろん無視をします。
勝手に話しかけてきて雑に扱います。
「母さん!母さん!」と、私に母親を求める割には「アンタは何年経ってもワシの産みの親に叶わん」と感謝なく罵倒します。
ステロイド治療でふくよかになったことは否めない事実で本人の私が一番気にしているのに「太ったの 痩せろ」と、外見を責めることも多々ありましたね。


そんな過去の出来事が許せないのではありません。
それ以前の基本的なところで人としての信頼の期待値はもはや低くなっていました。


私は親の愛を求め遠回りをしましたが、数年前、父と母に感謝出来たとき全てが喜びへと変わりました。
夫との関係は軽薄になっていたにも拘わらず…
両親への想いと同じようにいつかは喜びあえる日が来て、「あなたと過ごした時間は幸せでした。」と言えるのでは…と思っていました。
そして、夫への感謝が込み上げてくる日を楽しみにしておりました。


わが子には、苦しまず、そして、遠回りをすることなく満たされた人生を歩んで欲しいと思います。


人を信頼し尊重し愛したい。
当たり前のことをあたりまえのように心得ている人、自分本位ではなく思いやりにあふれる人、私を置き去りにすることはなく一緒に歩んでくれる人、一途に思いを寄せてくれる人に愛されたい…。

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