自由になりました


モラハラ夫。
恐らく、それは愛着障害。


大きな体格と無邪気な笑顔で世間では広い心と大きな器で信頼を得ていた夫ですが、その器にスッポリ穴が空いているかのようにそれとは異なる一面を表出することがありました。


夫は私が慈しむ者や事に容赦なく刃を向けます。
特に子どもたちに暴力を振るう姿は異常でした。


夫は私が自由でいたり幸せになることがどうしても許せない時があるようで
突如変貌し、揚げ足を取ったり私をバカにして攻撃したり無視を決め込んだり、挑発してわざわざ対立しようとします。


歪んだエネルギーを受けて私が泣きそうになったり落ち込んだり怒ったり、私が感情的になるのを夫は楽しみにしていました。
「それ見ろ」とばかりに理不尽に卑下し「アンタの所為じゃ!」と、責めるけれど、
たまに思いやりが見え隠れして「衝動が抑えられないんだ」と猫なで声で私の機嫌をみてきます。


歪んだ心は私の問題ではなくてあなたの弱さの問題です。
思い通りに生きれない自分に怒っているから人に怒りをぶつけているのでしょう。
あなたが落ち着くのを待ったり、笑顔で受け流したり、我慢したり、あなたの不機嫌に何で合わせないといけないの。
歪んだエネルギーに同調したくないわ。
あなたの機嫌はあなたの問題、私の責任ではないわ。
と、内心思うのでした。


どうして?という思いで言葉を返すと心をえぐるような酷い言葉が続くので…
夫の歪んだ心理戦に動じずに言い返すこともせず、距離を置き笑顔で過ごすことがベストです。
すると、夫は人目を忍んだ時間づくりに余念なく夜遊びが多くなりました。
少しは楽になったでしょうか?


一方私は、あなたの心が安らぐ家庭を目指し、あなたと一緒に生きるために目の前の課題にがむしゃらに邁進してきました。


私はあなたが心を満たしてくれないからと言って他の人へ求めたりしませんでしたよ。
私を追い詰めて寂しい想いをさせたあなたから私の心を守る緊急避難はBlogでした。


夫婦の関係に限らず人間関係と言うのはね。相手の何かを求めるとか削るとか、相手から貰うとか奪うためのものでは無いでしょう。
自分の心は自分で満たすことが大前提で 生きる喜びを増やすために繋がっていくことが人間関係だと思っています


生きる喜びを共に増やそうと切に願う私の想いは届いているはずなのに、
あなたは満ちることを知らないまま…亡くなる直前まで「ワシは悪くない。アンタが悪い!」と、力の限り叫んでいましたね。
私はあの夜叉のような姿、目を血走らせた異様な形相にまだ怯えています。


夫の攻撃を私は受け取らなくても良くなりました。
夫にどう見られるかなんて気にせずに
フラットな感情で心から幸せな思いを起こすことができます。


そう自由です。


自由になりました。


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※ 追記


ココに居ない人を丁寧に言わないなんて母さんらしくありませんね。
それでも書いておきたいコトがあります。
父親は、母親のダメな部分を上げ連ねて母親を下げることで風格を誇示していました。
今でも「父親は偉い!」と、子どもたちは洗脳されていることでしょう。
洗脳を解いて子どもたちの人生が変わることを恐れます。
ですが、その4人の子どもたちは皆んな三十路です。想像力と理解力、そして、自分の責任で心をおさめて未来を突き進む力は充分にあります。
私には見えなかった銘々の父と子の暖かい関係があることでしょう。子どもたちが強く心豊かに生活してくれることを熱願します。
あえて言うなら、父親が汗を流して働き通した姿!そこに その人ならではの責任の取り方を感じてくれると幸いです。


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手放せたらどれほど楽になるでしょう


ここに居ない人を連れてきてしまいます。


あの態度、あの言葉、あの表情を思い出し


何故? 何故? 何故?


思い出すたびに胸が苦しくなっています。


確かに生前は感謝と誉れを私の心に芽生えさせてくれました。


ですが、


まろやかな話なんて一つもないのに、
お気に入りの角度なんて一つもないのに、
嫌いな人を抱え込んでしまいます。


睡眠という貴重な時間を割いて苦しんでいます。
余韻でさえも疲れます。


自分の心に連れてきてしまうことで、
私の大切な時間も気力も奪い続けています。


嫌いな人を抱え込む時間を手放せたらどれほど楽になるでしょう。


お気に入りのコーヒーを味わいながら 田園風景を眺め のどかな時間を取り戻そうと思います。


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諦めなくても〜

文のお題 (日替わり)
調和を保つために何を諦められますか ?

 


今なら言えます。
調和を保つために何かを諦める必要はありません。
自分を犠牲にする調和はあり得ません。敢えて言うなら身を削るのではなく、「聞く」「工夫する」などのプラスの思考が周囲をも感化し丸くなるような気がするのです。


これまでの私は、調和を保つために「粘る」「頑張る」「継続する」「受け入れる」ことの方が見通しが明るいと思っていました。

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私は調和を保つために
新婚当初から守ってきたことが一つあります。
会話の始まりはいつも夫から」でした。
夫から始まる会話はドンドン進みますが、
私から始まる言葉に夫は聞く耳を持ちません。
付き合い始めた頃は甘くて優しい会話がどちらからともなく弾んでいたのですが、
結婚した頃、夫は「歌うな!ワシに話し掛けるな。」と寂しい言葉を放ち
私は一気に孤独を感じました。
しばらくして、
「その笑った顔で話し掛けてくれるな…どんなに穏やかな言葉でも責められていると感じて怒りが沸いてくる」
と猫なで声で訴えるあなたは非常に苦しそうでした。


その当時、話し掛けると不機嫌になる理由は分かりませんが、本人が生きづらさを感じていることは理解できました。
2人の生活の条件とも取れる一つの約束“あなたに話し掛けない”を快諾するまでそれほど時間は掛からなかったと思います。
「正直に言ってくれてありがとう。私の笑顔が消える所でしたよ。」と私。
誠に不思議です。不思議ですが、心の病だと思うことで納得がいくのでした。


この一つの条件、それはそれは難儀なことでした。
会話は夫から始めないと成り立ちません。
そして、全て「はい!」と、従わないと夫は不機嫌になります。
それって全く対等ではありません。
調和でもありません。


今思えば、工夫が一つあれば…☆”
「毎朝、私の目を見て可愛いね♬ってゆってちょうだい♡」
と、約束を交わしていたらどうだったでしょうか?
夫も私も約束を守り通して、そうすれば違う未来があったかもしれない…と、チラッと思います。


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満月の夜


2歳孫ガールが
今夜のLINEビデオ通話で殊の外「ばぁば、ばぁば」と、私に話し掛けてくれて
私はとても上機嫌でした。



「チッチ」と言い続けるので
「2匹の野ネズミが、穴蔵に飛び込んでチュッチュ チュッチュ チュッチュ〜♬」と、次女が歌ってみるのですが、孫は満足する様子はありません。



もしやと思って私が歌ってみると⋯



まさしく
「青い鳥コトリ何故何故青い〜♬青い実を食べた♬」
の歌に合わせて、待ってましたとばかりに
肩を揺らして一緒に歌ってくれました。



実は
10/16 夫が瀕死の状態だとつゆとも知らず
お風呂の中で、私が歌った曲でした。



エコーの効いた環境下で新鮮だったのか
ウーパールーパーのようなオメメをくりくりさせて孫は聞いていました。



その日から四十九日を過ぎ、
楽しいお風呂場でのこととして覚えてくれてて⋯
感激しました。



「あの時、まるさんがソコに居なくて〜、何しよったん?」と、一定数の人が気に掛けてくれてて
「洗い髪のまま、救急車を追い掛けて搬送先へ向かったよ」と、話すけれど
その時の詳細は覚えてなくて⋯傍に居なかった自分を責めていたけれど



あの瞬間、可愛い孫の仕草に胸が温かくなって上機嫌で歌を歌っていた貴重な時間だったことを思い出しました。
孫に救われました。
孫の小さな頭にお風呂場での一場面として記憶にあったことが奇跡です。


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甘えています

 


これからどうしましょう?
私は、どんなふうに生きましょうか〜。


今までやるのが当たり前だった家事や習慣を私に代わって娘が頑張っています。
気付けば葬儀から此の方娘が甘えさせてくれていました。
今までやってきたことを断ち切る勇気が無かったのにプチッと断ち切れています。


見切りを付けようと思っても一歩も踏み出せ無かったのにね。


今日どんな心で生きているか?その積み重ねがやがて自分の現実を形づくると言います。
今日の心が明日の私を作ってゆきます。


生前守ってくれたことに感謝して、段取りの良さとクオリティの高い技術を讃え、底しれない性を許して、大きな痛恨を少しずつ解いてゆこうと思います。
仏となった夫が家族を見守ってくれることを信じて!
それが大事!


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