剣山の中腹にて

バラ
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三嶺山
剣山の中腹にて・・・三嶺山が見えます。

父がドライブに誘ってくれました。

双子が1歳の時、レオマワールドのお誘いがあって以来ですから、実に、15年ぶりです。

父の車は、母と私を乗せ、往復150キロ走りました。

「父さんの運転は怖~い!」

と、同乗している母と私が、連発するものですから・・・

父は、途中、へそを曲げてしまいました。

だって、赤信号を前にしても減速せず、際になってキュンと停まるのです。

昔とちっとも変わらない無茶な運転です。

これで無事故無違反って言うんですから不思議です。

徳島の大歩危小歩危を通り、かずら橋を渡り、リフトに乗って剣山の中腹まで行きました。

「あれが、三嶺山だよ。」

「あれが、三嶺山だよ。」

と、私に話しかけてくれる父の声が涼風にのって、ふっと三嶺山に届いたかと思いました。

真っ青な空、緑の木々、あー、気持ちよかった~~~♪

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あれが三嶺山だよ
  徳島県、高知県の境界にある三嶺(みうね)
 
バラ

「頑固じじぃは・・・」

様態が急変し、再三、救急車で病院へ駆けつけていた義父ですが、ようやく10日、気管支が細くなっている為の呼吸困難だと、正しく診察を受けることができました。

現在、ICUに入って適切な治療を受けています。

昨夜母は、父の居ないベットに向かって吸引機を片手に何度も立ち上がったそうです。

「習慣?トラウマ?あらまー!」と、私は明るく交わしました。

今の生活範囲内だと、なかなか明るい方へ楽しい方へ・・・は難しい環境です。

外へ出ないと介護から完全に切り離した時間は作れません。

 

今日は、義母を連れ出しました。

母の要望もあって社会保険事務所へ訪ね、その帰り道、ピノキオという喫茶店へ行きました。

これまでの苦労を数々聞きました。

父は、特に母にわがままを言うようです。

「 頑固じじぃは・・・ 」 ゴロゴロ痰が絡んでいるのに、貝のように口をつむって吸引をさせてくれなかったり、

おへそから出ている、栄養を流す管を 右手でバイバイとできる唯一の動作で、抜こうとしたりするそうです。

頑固じじいは・・・ とさらりと言って、誰かに話す、、、それが唯一の笑い話なんて、寂しいですけれど・・・。

母は、「 頑固おやじ(*^。^*)、頑固じじい(*`θ´*) 」 と言わなきゃ、やってられなくなったようです。

わがままを言う患者を腹立たしく思う母の気持ちが痛いほど分かります。

少しでも忘れて欲しかったのですが、仕方ない。

その後、母の取り越し苦労のような今後の身の置き方などを聞き・・・母の不安を取り除くすべも無く

二人のんびり、「 頑固じじい 」 と 「 頑固おやじ 」 などと言い合って、明るくお喋りをして帰りました。

その時間、ちょっぴり若返った母を見ました。 

食事

介護

8月7日立秋の夜中3時、私の訪問で義母はやっと安心したようで、手のしびれが和らぎ、義父の痰取りが難なくはかどりました。

鼻の穴を何度も引いたり押したり、いったりきたりするその長い管から、勢い良く痰が出てきました。

「 釣れた!釣れた!大漁じゃ!」

と 沢山の痰を見て陽気に喜ぶ母の姿が、何とも悲しく映りました。

父がびっくりしないように一緒にクスクスクックッと大笑いしたけれど・・・。

介護は期限が見えず、症状の変化にびっくりしながらの日々です。

この1ヶ月の父は、様態が急変することが多く、再三、救急車で病院へ駆けつけています。

ですが、理由がわからず、お騒がせマンと異名をとり診察後に即、帰宅しています。

夜

「 来た道、行く道、通る道 」

今朝の5時頃、夫の実家からの帰り道、ヒグラシの鳴声がわずかに聞こえてきました。

この猛暑の中で、秋が始まっているなんて実感していなかったけれど・・・秋の足音が、ず~っと遠くから聞こえてくるようでした。

法泉寺前を通り畦道を抜けて自転車で5分ほどの道のりを帰りました。

「 来た道、行く道、通る道 」

と、つぶやきながら・・・。

 

義父は16年間、多発性脳梗塞を患い、肺炎を起こすたび何度も入退院を繰り返してきました。

2年前から直腸に繋いだ管から栄養を摂っています。

義母は3人の男児がいることを承知で、奉仕精神で父のもとにお嫁に来て30年が経ちました。

母は、父のおへそから出ている管から決まった時間に、水分・おやつ・三食と栄養補給をしています。

そして、父のゴロゴロという胸の音を聞き、痰を吸引してきました。

その吸引は、父の体調により、一時間毎という日もあるそうです。

可愛く目覚ましい成長を見せる乳幼児の子育てと違って、介護は、か弱く衰えていくのが目に入ります。

母の献身的な労力はどこから湧いてくるのでしょうね。

母は高血圧に悩まされていて、血圧を計りながらヘルパーさんの協力を要請しています。

施設に繋がらない時は、私のもとへ電話をしてきます。

母が安定剤を飲んでも治まらない時と、父の大量のウン○が出た時は、私は髪を梳く暇も無くスッピンで、即、直行です。

 

お彼岸の父の合掌を思い出します。

母の願いどおり、お墓の掃除を済ませたことをベッドの上に寝ている父に知らせると、私に手を合わせてくれました。 

合掌っと・・・

その合掌、私に? もったいない!

母がそばに来ると、父はその手を直ぐ崩しました。

この合掌は、いつもいつも母に向けられているのだわ!と、感じました。感激しました。

素直に表現出来ない父の姿と、夫がダブりました。体型は違ってもその他何から何までそっくりなんです。

これから通る長いながぁ~い道、夫と老いて行く道を共に過ごす自信なんてないけれど、

悲しい時腹の立つ時、父の合掌を思いだそうって思ったのでした。

バラ

お彼岸

仕事中、哀願するようにお義母さんからの電話が入りました。

季節の変わり目で父の様態が落ち着いていません。ゴロゴロ胸がなるそうです。

母は、カテーテルで父の痰が思うように取れなくて いらいらしている様子でした。

仕事の帰り、母の変わりにお墓周辺を掃除して、ハナシバを添えてきました。

早々に来れなかった事を母の願い通りにお詫びしました。ご先祖さまに守って頂いていることを感謝して、今後もよろしくと合掌をしました。

お墓は海を向いています。

防波堤に立ち、私も海を眺めました。風が強く、鳥は波に揺られているようでした。

お彼岸に入ってから…冬が来たみたいです。

この地球をコントロールしているのはいったい誰なのでしょう。この寒さは誤操作ではなく 何らかのお考えがあるのでしょう・・・

ただただ私は、風を受ける身であることをひしひし感じます。

冷たい風をいっぱい感じて、一人眺める夕日は、淋しいなぁー。

天気の良い日に家族でお墓参りに来ましょうね。爽やかな風を感じ、柔らかな陽の光をたっぷり浴びる日中がいいな。

きっと、この自然をもっともっと雄大に感じるでしょう。

垣生海岸(弁財天公園西側)

帰り道、父と母に願い通りコトを済ませたことを知らせに行きました。母はやっと安心したようです。

父の鼻の穴を何度も引いたり押したり、いったりきたりする長い管から、勢い良く痰が出てきました。

「 釣れた!釣れた!大漁じゃ!」 と 沢山の痰を見て喜ぶ母の姿が、何とも悲しく映りました。

父がびっくりしないように一緒に大笑いしたけれど・・・

家に帰り、それらの事を夫に伝えると 「 長男を差し置いてイランコトするな 」 と叱られてしまいました。

爽やかな風と、柔らかな陽の光をたっぷり浴びたいな。

お彼岸が明けるまでに暖かい日があるといいな。その時、お墓参りに行きましょうね。