のら猫

 

 

ドキドキ

 

立冬を向かえいよいよ風が冷たくなってきました。

昨夜は、夫は運営委員会があるとやらで食後すぐに出掛けました。

家事を一通り済ませてから、私は自転車で5分の夫の実家へ行ってきました。

勝手口の洗濯機の上に のら猫が丸くなり何匹も寄り添っていましたが、私の気配を感じると さっと逃げました。

洗濯機の上には毛布が幾重にもたたみ置かれてありました。

やはり気圧の変化で母は体調を崩し、昼間は父の介護をヘルパーさんにお願いしたそうです。 

母は薬で安定してきたところでした。

今回のヘルパーさんは穏やかな方で、2時間母の話を黙って聞いてくれたそうです。

義理の妹は子供を配しておでんを届けてくれたようです。

母は嬉しそうにその事を私に話します。

のら猫達もテラスの下・毛布の上とはいっても夜中は寒いでしょう。

「部屋へ入れてあげられるといいのだけど・・・」

と、母は気に留めているようです。

その後は、M校長の儚い死と北海道オホーツク海側の竜巻の惨事を何度も繰り返しました。

少々興奮気味に命の大切さについて話しました。

昨夜はそう長居をせずに帰ってきました。

「この十日間で映画を2本も観た。」

とは、言えませんでした。

衣・食・住は 整っていても 夢と感動が無い世界は暗いものです。

母は、映画鑑賞の他 詩吟や琴 そして 俳句の心得があります。若い時分は、その趣味が高じて婚期を逃したほど・・・。

「何か趣味を・・・」

と勧めますが なかなかそのような気にはならないようです。今はその趣味の道具さえも鬱陶しくなるそうです。

私達子供は自由にさせてもらっています。夫を含め 兄、弟は 母が父の介護をするのは当たり前と言った風です。

父母のもとから帰ると、既に夫が帰っていました。

「ハン!アンナンとこに、行っとったんか。する事してからにせーや。」

と注意を受けました。

「アンナン」は、まだマシなほうです。「オトンの嫁」と、結婚当時聞かされていました。

息子はアルバイト先からいつもより早く帰っていたようです。

食器は流しに下げてありましたが、テーブルの上には調味料他 大鍋がど~んと置いたままになっていました。

「私の出掛けには、片付いていた。」とは、言い訳しませんでした。「ハン!」と、鼻でけなされるのはもう慣れっこです。

ホントはね・・・夜風を受けて丸まって寄り添う、のら猫の気持ちになるのです。

決して「母さん」と言わない夫の言葉が、私の心に影を落とします。

「フン!」とも聞こえる「ハン!」の声を聞くたびに

「あんたは一生かかってもオレの生みの親に適わないよ!」

と言われているようで寂しくなるのです。

朝夕は寒くなり ぼちぼち暖房の準備をしなければなりません。

仕事の出掛けに、なんとかコタツ布団を押入れから出し 座敷のど真ん中に置いてきましたが、今日は部活が無いと言っていた子供達は気が付くでしょうか。

今日の昼間は、昨日より陽が照り あれこれ書類の整理をしていると今まで通りの装いで快適でしたが、今は寒いです。

先ほど

「カテーテルの管が調子悪くて・・・」

と、母は神経質になり職場に電話を掛けてきました。今日はこのまま寄る事にいたしましょう。

結婚生活20年余り。 つくづく感じることがあります。 ひとつの陰は、百の陽をも影にするようです。

まっ、こういう日もあるのよ。 暗くて ごめんなさいね。

幼い時に見た景色

別子鉄道踏み切り前にて虹
踏み切り前にて

この線路を渡り、毎朝お豆腐を買いに走りました。

そのお店で、1円の飴をふたつ買いました。私と弟…….

この踏切の右向こうにT理容店があります。店内はとても良い匂いでした。

ふさふさとした白い毛の犬がしっぽを振って出迎えてくれました。

父の散髪がすむまで、この空間で待つことが好きでした。

この踏切の左向こうにM郵便局があります。

その手前には、線路沿いに赤い煉瓦の坂道がありました。

その坂の途中には玉垣の木々で仕切られた社宅が立ち並び、奥にはテニスコートがありました。

その坂を上りつめると、尚一層、樹木につつまれた高級な社宅街がありました。(二枚目の写真)

各庭は敷地が広く、様々な庭木が繁っていました。

その社宅の街路に、桜の木が満開に咲き誇っていた頃、

母に手を引かれ仮縫いの為、社宅街の一画を訪ねたことがあります。

女中さんが、私の足を木桶につけて丁寧に洗ってくれました。

人の気配はするのに、とてもひんやりとした静かなところでした。

母を待つ玄関先での時間は、とても長く感じられました。

星越山田社宅(昭和20年の頃)
—-とても懐かしく想い新居浜のふるさと写真集の一枚をだまって載せます。いいのかな?許してください。—-
はいそな社宅

この写真は、星越の選鉱場から撮っているようです。

この小高い山の下にはトンネルがあり、抗夫が乗ったかご電車と鉱石を搬出する電車が通っていました。

その電車はそこから右へ数百m進むと一枚目の写真の踏み切りを通り、新居浜中の各駅を回り 走っていました。

どこに行っても目に付くその線路の最果ては「端出場に通じる」と聞かされ、

「別子銅山の入坑口はどんなに活気があふれ、たくましい人達の集まりなのだろう」

と 子供心に思っていました。

昭和47年の銅山閉山まで、少しづつ不安がよぎりました。

「ある坑道が閉鎖される」と 子供の耳にも入るようになった頃、

また一本、また一本と線路が不通になり、駅も無くなり………..

私の家族は、この写真の景色から少し遠い町に引越しました。

今でも市内各地に線路跡の名残があります。塞がれた線路下には、黄土色の水が流れているそうです。

活気あるものが…..断固として揺ぎ無いものが…..目の前で変わっていきました。

子供心に切ない思いを覚えています。

現在の新居浜太鼓祭りを見ていただいたでしょうか、新居浜は力強く生きていますよ!

「財力」・「腕力」県下どちらの市にも負けませんよ~!

私は、新居浜が大好きです。ドキドキ

端出場坑道から鉱石を搬出する電車
——-昭和32年の頃、閉山を予想しなかった活気あふれる坑道前にて——-
端出場坑道の鉱石を搬出する電車
 ラブラブ

一緒に映画を観ましょう

父は、15年前に脳梗塞を患い、10年前の2度目の発作から寝たっきりです。

かつて看護師をしていた義母は、看護で疲れのピークに達しています。

このBlogに表現できないほどの苦悩と悲しみを母は背負っています。

私は時おり家事が片付くと自転車で5分の父母のもとを訪ね1時間ほど話しをして帰ります。

母は暗い話しを散々した後、「最近見た映画を聞かせて」と必ず話しを振ります。

父は肺炎を起こすたび入院となります。その時少しだけ自分の時間が出来るようです。

いつも あたふたとその時を過ごしてしまい、後になって、あの時がチャンスだったのに….と思うそうです。

今度一緒に映画を観に行きましょう。

母は元来ロマンティックのようなので、『イルマーレ』このちょっと切ない恋物語は気に入ってくれたでしょう。

…..と思いながら、今夜は家路に着きました。

今日気が付きました。母に聞かせてあげようと思いながら観た映画はどれもブログに記載してあるんですよね。

私は本当はアクションものが大好きです。

『Mr.&Mrs.スミス』や『M:i:Ⅲ』のように単純に自分が楽しむ為に観た映画は、何故か?ブログの記事にしていないんです。

ラブラブ

泣く

 

私は、泣いている。 

親にあれこれ求めるには 私は大きくなり過ぎた。

自分で頑張らなければ。 

親に抱かれるにはちょぴり大きくなった子供たちでさえ、あの手この手で自分の食欲を満足させているのだから・・・ 

私だけ・・・? 40を過ぎても親の愛を求めている。  

愛が欲しくて泣いている。

 

仕事の帰り 弟の家庭に立ち寄った。

お盆の時の忘れ物を届ける為だった。カワイイ甥っ子姪っ子に会いに行った。 

義妹は、パートに出掛けた後だった。 

食台の上には もう既に夕飯が並んであった。

そこにあるのは、どれも実家の母の手料理ばかり。 

コンロにかけてある鍋、それは母が二十数年使いこなしてある鍋。 

流しの中にあるタッパーも実家のもの・・・見てすぐわかる。

それらは私の家庭に来る事は無い。

実家に御呼ばれに行かない限りは口に入る事は無い。 

「ゆ○か 夏休みの宿題したん?又 ゆっくり来るけんね!」 

「ねえちゃん もう帰るんか?」

と弟の声を後に聞きながら

「たまには早く帰らなねぇ。」

と、車に乗り込んだ。

  

「お夕飯は 何にしようかな~」

と、買い物時に 四角い顔から 丸い顔に変わるけれど

私は今、どんな顔かな?三角の顔かしら!? 

ころころ転げることもできずに 壁に寄りかかることもできずに 立つのがやっと。 

そんな しけた顔して買い物をしていると なんとなんと上司に会った。 

「おい これ持って帰れ。」と スイカを持たせてくれた。 

我慢していた涙があふれそうだった。 

そうなのよ 私の家庭環境では補えないものを こうして自然と与えてくれるのよ。 

不思議ね。ありがたいわね。

  

今、私は泣いている。 

多くの方の親切も今の私には通用しない。やはり母でないとダメなのよ。

大声で泣けたらどんなにいいだろう 

長女が起きて来た。 

「母さん 目 赤いよ」

と、水を飲みながら言う。 

「今日は何でかしらん?目が痛いかい・・・」

胸がとっても苦しいのに今日は大粒の涙は出てこなかった。

。。。。。。。。。。( _ _ ) ¤∥

 

ほんわか気分

おはようございます。

HPのお散歩中にとっても上品なブログに出会いましたよ。

言葉少なに 瀬戸内海を臨む写真・・・・・いいですねぇ。

まなるの世界とは対照的です。

その眺めを見て何やら懐かしいものが込み上げて コメントしてきましたよ!

幼少の頃、夏休みになると父の故郷 阿島へ泊りに出かけました。

四方、山に囲まれています。人里離れた峠はすぐそこでした。

南の山の中腹には、予讃線の電車が走ります。

北は、干からびた川とその奥は山、山、山・・・・

私は父と帰省するたび その北側の山を登ったり下ったり その谷間を走り回りました。

いつになったら平地に着くのだろう と不安になりながら

従兄弟に連れられ山中の獣道をどんどん奥へ進みました。

そうすると 幾度目かの下りで前方を見て「わ~っ」と歓声をあげましたよ!

海! 見渡す限りの海!

今まで見てきた山・谷の景色とは違います。

静かな波。遠くに臨む島と漁船。

その景色を臨む為に その後も幾度かその野山を ただただ走りました。

 

その思い出の地に 今は父母が移り住みました。

食事のお呼ばれに行くことが年に数回あるけれど

その峠の山々を昔のように駆けずり回ることはありません。

その当時、幾つも幾つも山を越え 獣道をひたすら走って 数時間掛けてその瀬戸内海を臨みましたが、

車で走れば数十分で荷内に着き その海を見ることができると知ったのは

私が自動車の運転免許を取ってからのことでした。

今 あわただしい毎日に振り回されています。

振り回されるのは癪に障るから えぇい! と ばかりに家族を振り回していますけれどね。

月夜のPCお散歩も良いものですね。

そのブログを尋ねて何故か ほんわか気分になりました。また 尋ねてみましょう。

私のブログへ 私が素敵に感じた景色を載せたいわ。あー、デジカメが欲しい!

 

今 夫と冷戦状態!

喧嘩はいつも子供たちには内緒・・・

良からぬ気配はウスウス感じているとは・お・も・う・け・ど♪

解除するには まだまだ許し難い。あ~、だけど デジカメがほし~い!

もう そろそろ、晩酌してあげようかな。

「お疲れさま~」と