赤いおべべが好き?

次男がピンクのパジャマを着ています。

冷蔵庫の前、コタツの中、洗面所など、ピンクが家中をグルグルしていると、何故か華やいで楽しくなります。

実はね!

昨夜までミッキーマウスの青いパジャマを着ていましたが、手も足もクルブシがたっぷり見えて寒々しい様子でした。

「僕のパジャマ買ってん。」と言いながら次男は風呂に入りました。

その間に、収納ケースから次男の丈に見合ったパジャマを超特急で探し出しました。

あった!その色は、ショッキングピンクです。胸の辺りには赤い蝶ネクタイをしたクマの顔です。

「あっそれ。ウエストのゴム緩いよ!」と 次女が教えてくれました。

「あらホントだわ!これじゃぁストンと落ちるね。」

急いでゴムを入れました。

「ねえちゃんと妹が着古した物だけど着てくれるかな~?」と 脱衣所にそ~っと置きました。

悪いことをしている訳でもないのだけど、ドキドキしながら………

うふふ。次男がピンクのパジャマを着てくれました。可愛い~!!

兄弟みんな、見てみぬふりをしてくれました。

「たぁーくんに我慢するよう説得しようと思ったのに拍子抜けじゃ。」と 長女がこっそり私に耳打ちしました。

それにしても坊主頭の次男は、ピンクのパジャマが良く似合います。

内緒.ないしょのお話しだけど、七五三の記念写真を撮った時のことです。

二歳と半年のあなた(次男)は、自分が着ている紺の紋付袴を嫌がり だだをこねて皆を困らせましたね。

相棒と同じ赤い花柄の着物を指差して「ちゃ~ちゃん、同じ~!」「おべべ着るぅ~!」とね。

バラシタ、バラシタ。

ひょっとして、赤いおべべが大好きなのかな? うん?

ごめんねぇ。もうしばらく我慢してね。

鼻の下の産毛が黒くなりはじめた頃には、あなたに新品パジャマをプレゼントしてあげるね~!

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深まりゆく秋

19日、娘の県駅伝の応援へ行ってきました。
大手スーパーの駐車場に車を止め、二区の800m手前でラジオを聴きながら娘の姿を待ちました。 スタート時間ぎりぎりに交通規制が始まりました。
ザワザワした沿道の右手から声援がキャーッキャーッと聞こえ出しました。その声援が はっきりとした声になった頃、娘の姿が見えてきました。
目の前を必死の形相で娘が駆け抜けました。 これぞまさしく 情熱! 待っていましたこの迫力! 腕も足も自由にならない集団の中でした。
「ガンバレー!行けー!」と 声援を送りながら 娘の後姿をしばらく見ていました。後姿が小さくなって、ようやく街路樹が赤く染まっていることに気が付きました。
すぐ車に乗り、最終コースへ。競技場入口の心臓破りの坂を目指しましたが 後方の大型バスをお供にしてずーっと目の前の渋滞に巻き込まれました。
うーん…..間に合いませんでした。 最終ランナーの勇姿を拝むこと叶いませんでした。

🌹

深まりいく秋を惜しんで陸上競技場周辺を歩きました。
雨上がりということもあり、紅葉はとても美しい・・・ 桜と違って紅葉はしんみりと眺めるほうがいいようです。
道中のコンビニで缶ビールと弁当を買いたい気分でしたが、我慢しました。 正解です。 少々、すきっ腹で眺める紅葉は格別の風情です。
出来れば重なる山々の紅葉を見続けて動物園まで行きたかったわ。
最終ランナーを競技場内で応援したのでしょう 通り過ぎる皆さんの表情は、元気ハツラツとしていました。
偶然ということはあるものです。 娘がミニバスに専念していた頃に知り合った Mママとぱったり会いました。
彼女も娘さんの応援に来ていました。 私が東予地区、彼女は南予なので、そう簡単に会うことは叶いません。
娘達の成長をお互い祝い、色々と話しました。 午後二時から閉会式があるので、残念ながら早々に別れました。
その日は、寒さが肌に沁みこみ、赤く染まりつつある樹木を見ながら、騒がしい競技場をあとにしました。
私にも こんなに静かに紅葉を楽しめる時がきたのねぇ・・・・・と しんみり感じながら・・・。

ドキドキ

深まりゆく秋
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ラグビー

オレの世界に顔出しするな
と 長男は言い続けてきた。 しかし、
今朝 味噌汁を作りながら 長渕剛の “ 情熱 ” を口ずさんでいたら
かあさん オレの情熱!見に来るか?
と聞いてくる。
「あっそれでは」
と 言うことで 次女を連れ 試合会場まで行って来た。
朝の冷え込みは嘘のように 日中は 今日も快適だった。
ルールはさっぱりわからない。
横に横にパスを流している。
息子が走った。 右に左に交わしながら走っている。 クルクル舞いながら交わしている。
相手が腰にしがみついた。 息子倒される。
何度も何度も団子になり そこからこぼれるボールを拾い出しては ゴールポストに近づいていく。
この団子見れたもんじゃない。 ひどいモミクチャ!泥まみれ!
息子の声が一番良く響く。
それ!揃って Go!Go!Go!
投げ飛ばされ 踏み潰され 弾き飛ばされ 爆弾 爆熱 爆裂 母から観るとそんな言葉がぴたりと当てはまる。
息子 頭を激しく相手に蹴られている。
喧嘩になってもおかしくない ハラハラの連続だった。
ハーフになった。 バケツと柄杓が用意された。 柄杓の水を手に流す。 身体にかける。 一気に飲む。
これがラグビー???
びっくりする事ばかりだ。
後半30分もめちゃくちゃだった。
相手のシャツをワシヅカミにして振り回す。腰にしがみ付いて相手を地面に叩き付ける。
まるで喧嘩だ!
試合が終わった。 点差はほとんど無いような気がする。
何点なのか全くわからないままだった。
相手チームと声を掛け合い 双方 笑顔で握手を交わす。
信じられない ほとんど喧嘩だったんだけど?・・・・・
かわいいマネージャーがおるぞ~!髪を整えろぉ~!
と 息子が大声を出している。 応援席が一瞬笑いの渦となる。
頭を打っているようだが 冗談が言えるのなら大丈夫かな?と ほっとする。
対戦相手応援席の前で整列し挨拶をする。 試合中の激怒は嘘のようだ。
かあさんどうだった?
「トライを見た キックを見た パスを見た スクラムを見た タックルを見た」
と 私は知っている限りの言葉を並べた。
おぉ~~ まっ これからじゃの!
「私はどうも好きにはなれない」
とは 言えなかった。
今日は 脳震盪を起こさなかったが 今まで3度 記憶を無くした。
大丈夫だ!
と言う息子を無理やり脳外に連れて行ったことがある。
見事に一週間の記憶が飛んでいる。
ただいま~」「今何時?」と私の顔を見るたび言う。 ヒヨコが目の前をチカチカ飛んでいると言う。
どれ程心配したことか!
腰椎分離症という持病もありながら……. 始終身体の痛みに耐えながら……. 生傷が絶えない…….
厄介なものを好きになったものだ。
もうこれは 何者かにトリツカレテイル。
実力があるのか?誰が認めてくれたのか?
息子は3年生の時 四国代表選手として 北海道で開催された全国大会に出場した。
昨年は 学校を挙げて祝福してくれたが 私は 息子の身体を案じて 喜べなかった。
理解しがたいが これが息子の情熱だというのなら認めないわけにはいかないだろう。
ルールがわかると少しは面白くなるかな?

ドキドキ

理解しづらい団子
2:15 サイレンがなっています 窓から見ると女乙山周辺に赤い炎が立っています
夫を起こさなくっちゃ!分団詰め所に集合だ~☆
月夜の騒動
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市駅伝

バラ

朝の冷え込みは嘘のように昼間は暖かかった。

今日は市駅伝大会があった。

中学生の双子(次男次女)にベンチコートを持たせたが 全く必要なかった。 彼らには河川の競技場は暑かったようだ。

朝の家事を済ませて 長男と応援に駆けつけた。

準備運動の後 モモ上げスキップとサイドステップを軽くしていた。

走り出して数分を…..途中経過を…..ゴールを…..そこにいながら3度も見渡せるところを見つけて応援した。

他の走者に惑わされること無く 自分たちのレースに徹しておくれ!

それぞれのグループで 次女は一区を 次男はアンカーを務めた。

次女が2区の走者に襷を渡すまで、次男がゴールにたどり着くまで 手に汗握り声援を送った。

情熱!ほら情熱!母に見せておくれ 真っ赤に燃える情熱はどこだ!

走る姿は感慨深いものがある。

彼らは1940g、1800gという小さい身体で予定より二ヶ月早く産まれて来た。

前置胎盤という状況の中 破水が来て 胎盤が先に出てしまい 彼らはお腹の中に取り残されそうになった。 医師は瞬時に魔法の手を使った。 普通分娩であった。

みるみる泣き声が か細くなり 全身が紫色になっていく 彼らは香川小児病院に搬送された。

当初は 1ヶ月近く 人工呼吸器そして保育器に入り 身体はチュウブだらけだった。

「器官はあるがそれが機能しなくなる時がある。 予断を許さない状態だ。」

と 医師の説明を受けた。

訪問した際 目の前で呼吸をしなくなり 肺の辺りに注射針を差し込み治療を受けていた。 思わず目を伏せたくなる光景だった。

天にすがる思いだった。

「 彼らに長い命を与えてください。」

私はカブだった乗り物を彼らがお腹の中にいる5ヶ月間はスクーターに変えて 早朝 新聞のお届けをしていた。

無理が祟ったようだ。 彼らはお腹の中で悲鳴をあげていたに違いない。

出産3ヶ月後 私は新聞のお届けを再度開始した。

二人に母乳を飲ませた後 真っ暗な中 外に飛び出した。 昼間子供たちと過ごす為には・・・こうして収入を得るしかなかった。

彼らがハイハイが出来る様になってからの事、

早朝6時頃 配達が終わって帰宅すると 二人揃って ちょこんと玄関マットの上にお地蔵さんのように座っていること再々だった。

布団の上で出来る限りの手を尽くした夫は、諦めて眠りにつき、彼らは玄関に座り込み、すっかり泣きつかれた後のようだった。

私の姿を見て 抱っこしてくれ~と言わんばかりに 手を差し出す。

「恋焦がれて待ちわびていたんだな~。」

と 二人を抱きしめ布団に連れて行き二度寝する。

試合の応援をしながらそれらのことを思い出す。 たまらなく涙が出てきた。

「よくぞここまで大きくなってくれた。」

どんな取柄があるのか?

小さい身体を見ていると全く見過ごしてしまいそうだが 彼らの取柄は いつまでも長~く走れることらしい。

「 ありがとうございます。」

と、今日は秋空に 感謝を込めてささやいた。

:……..:……..:……..:……..: LOVE……..:…….:…….:…….:…….:

 

昨夜は 地元文化祭の前夜祭だった。 吹奏楽団の“ ボギー大佐 ” はじめ “ ふるさと ” 等 数曲の演奏を聴いた。

体育館の中、どんな音になるのかな?と心配していた。 押さえ気味であったが 見事 深いやさしい音色を聴かせてくれた。

まだその余韻。。。そのやさしい音色が胸に沁み込み  今日の河川敷での応援は、ますます感慨深いものとなったようだ。

 プレゼント

かくれんぼ

ラブラブ

かくれんぼ・・・・・・
次男(双子の一人)は小学6年生の時、4時間ほど姿を隠したことがあります。
長い、長い4時間でした。
 
丁度今頃の朝晩が冷え込む季節、小学時代のソフトボールの大会も 後、数試合となった頃でした。
選手はもちろん、監督、コーチ、保護者、皆一丸となって 一つでも多く勝ち、良い経験を得ようと必死でした。
次男も勝つことを目標に、週に4度の練習を休むことなく頑張っていました。
早朝の走りこみと素振りも毎日欠かさず、自分から取り組んでいました。
ところが、夕刻の練習へ行ったばかりのはずなのに、その息子が玄関に立っているのです。
「ソフト、もう行かん!」
と 言いながら、突っ立っているのです。
「グランドに戻りなさい。あなたが今せないかんことは、ソフトの練習!監督にはハイ!コーチにもハイ!それしかないんよ。」
と 私は玄関で仁王立ちさながら、彼を思いとどまらせ学校のグランドへ帰したつもりでいました。 
晩ご飯の下ごしらえも出来たことだし、練習を見に行こうとグランドへ行ってみると、息子がいません。
コーチである夫に行方を尋ねると
「あまちゃんじゃけん、あんたの傍におるんじゃないんか。」
と 言うではありませんか。
え?
探しました。学校の中庭、連なる塀越し、木の陰、校舎の隅、再度自宅へ…….何処にもいません。
その日の当番に当たっていた保護者の方にナイターを消すのを待ってもらい、皆総出で探しました。
八幡神社、法泉寺、学校周辺に至るまで探しましたがみつかりません。
それぞれの家庭がありますので、8時過ぎには皆さんに帰って頂きました。
 
究極になると、不思議なことに私は腹が据わるんですね。
隠れたければ、しばらくどうぞ!」ってな具合に・・・・・
「学校で(今日)、何をしたの?」と 私はほとんど尋ねたことがありません。
何か夢中になってるな。ってことぐらいは、「ただいま~。」の瞬間で判ります。
洗濯物を洗濯機に放り込んでいる時に、尚一歩、その日の子供に近づけますしね。
話したければ、子供の方から「ねぇ、かあさん・・」とゆってくるでしょう。
私の目の前にいない時、何をしているか?子供の全てを知ることは大切でしょうか?
全てを知ったつもりでいても、偏った情報が多いようです。
自分や子供の ものさしで、多くの人と事柄を責めてしまわないとも限りません。
全てを知っていると安心でしょうけれど、その分、ハラハラすることが付いて来るでしょ。
私は、ハラハラよりも、トキメキを選びます。
全てを知らなくても、目の前に現れた姿を見るだけで、あふれんばかりの喜びを得ることができますからね。
大切なことは、今私の目の前に、私を必要とする人がいるということです。
大切な時は、私を必要とする人と向き合う時です。
 
私の父母から、知らせがありました。
我が家から5km東の人里離れた祖父母のもとへ、午後9時過ぎに次男が姿を現したのです。
汚れた顔をくしゃくしゃにして祖父母に抱きつき、明太子と白いご飯をおいしそうにほうばったそうです。
私は、次女(双子の一人)と一緒に車でお迎えに行きました。
右手には、山の中腹を予讃線の電車が走っています。
左手は、谷底のような干からびた川とその奥は山、山、山・・・・
息子は人里離れた峠まで、真っ暗な道中、向かって来る自動車のランプに目を細めながら
てくてく しくしく 歩いたり、走ったりしたのでしょう。
「帰る所は優しい祖父母のもと」と心に決めた、息子の様子が目に浮かびます。
心細かったでしょうね。ソフトの練習中、余程の事があったんでしょうね。
「相棒(次男の事ね)は凄い!私は一人でよぉ~こんわ。寒かったろうね。怖かったろうね。」
と 次女は車の中で感心していました。
 
実家の玄関先で、次男の笑顔を見てホロホロっと ときめきました。
お風呂から上がったばかりの様で、ばあちゃんのぶかぶかのトレイナーを可愛く着こなしていました。
ナイターが消えるまで、法泉寺周辺をうろうろ歩いたり 座り込んだりしていた事を 帰路の車中、双子の会話で知りました。
 
当日はもちろん、それからの数日は、会う人皆に
「先日は、ご迷惑をお掛けいたしました。・・・・・」
 ラブラブ 
 
伸 : 
次男は、小学2年生まで、朝 学校へ行くことをしぶりました。
「いってらっしゃ~い!」と送り出しても、それから数十分後、又 玄関に立っているのです。
もう何度、手を引いて学校へ連れて行ったことでしょう。
職員室前の廊下の窓越しに、そして、学校の玄関先、時には、校門まで・・・・・・
担任のM先生、音楽のT先生、お出迎えして下さいましたね。
ありがとうございました。