昭和49年、創立100周年記念事業で埋めたタイムカプセルの中から
綺麗な状態で次々と書類や作品が出てきたことにホッとしました。
やわらかくて冷たい、そして、思ったよりサラッとした肌触りの自分の作文を手に取りました。
テーマが『50年後の〇〇〇〇小学校』ということもあり、自分の将来のことや展望等には触れておらず、
小学6年生が50年後の小学校の姿を想像しているザックリとした作文でした。
小学生なりの可愛い夢はこれっぽっちも書いていなくて…ちょっと残念でした。
50年前のイベントに参加したはずなのに友人の作文が出てきません。その友人は「ミステリーだ!」と、嘆いています。
がっかりしている友人に「優秀な生徒だったので当時何処かに提出し何処かで活字になって既にこの世に現れているのかもしれない」と声を掛けました。
友人を慰め励ます気持ちが優先し、自分の作文への思いは微塵もよぎりませんでした。
けれど、一日が経過して自分が書いたものを改めて読んでみると、
作文の中に“壊す”とか“改革”の言葉…
小学6年生の私が寝かせた思いは何だったのでしょうか?
どんな改革をしようと思っていたのでしょうか?
私って危険人物?
あーーー、50年経過し その顔を出さなくて良かったと安堵する私です。
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