善き流れ



婿殿の運転で長女とつーちゃん(3歳孫ガール)が帰省しました。
孫は私の首に手を回して思いっきり抱きついてきます。
つーちゃんの顔面神経麻痺が、ほんの少し回復しています。
「病院で(入院中)ありがとう」
と、孫から手書きメッセージを貰いました。


婿殿のトンボ返りは気の毒〜と思っていると、
夫のひと声で長女家族を労って“みやび”で串揚げを食べることになりました。
長女と旦那様の円満な姿を見て、全て善き流れ❤と感じて安心しました。


婿殿は、3時間の滞在で松山へ帰ってゆきました。

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想像力



仕入先の慰労会参加の為に、夫の運転で壬生川の端まできました。
その車中50分、夫と話が噛み合わない〜〜〜。



共感力の薄い夫とどんな話をしようかなっと思いつつ私は助手席に座っていました。


一番気になっている孫の様態については、
「時がくればきっと良くなる。お父さんの孫だから自然治癒力抜群よ。」
と、言葉の力を信じている手前、あえて触れませんでした。



次に気になることは…
唯一ホッとしたことなので、ついポロリと出てしまったのですが、6月末日の『子猫』騒動です。



やはり、夫の言葉は特段記すほどではありません。
寡黙ながら私や散歩中の女性の否定を隠しきれず、夫婦だと言いますのに、気持ちの表し方が全く違う2人です。



『最大のピンチ』で申しましたが、共感を得たいのに距離感が有り過ぎることは、との旨 承知しております。
「お父さんは、そう思っているのね。」
と、私はニコッと笑うのでした。



二十数年前でしたら、この空気感を経験すると、
これからの時間どうやって暮らしていくか?
と、私は考え込んでいたものです。



今回、そんな愚痴や悩みを書くためにBlogを書いているのではありません。



Blogに表現してはいけない問題や悩みは多々あるけれど
あなたと一緒に生きるために心でつながった家族をめざそうと切り替えて二十数年。



どうして私は変われたのか?



それは、想像力です。
共感の薄い相手と暮らすためには想像力が必要です。



夫は何故そのような態度になるのでしょうか?



理解しがたい態度でさえも、
夫の子ども時代を想像することで見方が変わってきました。



夫の実母は数ヶ月闘病の末、3人の子どもを残して他界しております。
それは、夫が小学1年生の夏のことでした。



想像をしてみました。
母親の苦しさ焦り虚しさは想像を絶したことでしょう。
幼少期の彼は、甘えは許されないし辛いこともあったのだろうな、ずっと頑張って来たんだろうなって思います。
そして、無邪気な心をストレートに出せなかったのかもしれません。



実は、子ども時代を想像することで謎が解けたりするものなんですよ。



皆様も是非想像力で幸せな今をお過ごし下さい。

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道中、幸せの道しるべを見ました。

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ぷっくり




ぷっくり丸い葉っぱをつける“金のなる木”に 花が咲きました。

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小さな花がまとまって咲いて、とても可愛らしい姿です。





朝、
「コレはなんぞ?コレはハラか?」
と、パンパンとお腹を擦られぷっくりの形を認めながら目が覚めました。



「そうです。お腹です。ぷっくりしとるけど、コレは金のなる木では有りません。父さん、そういえば〜可愛い花が咲いとったね〜♬」



今思えば、失礼な話しですが…
ぷっくりと言えば、金のなる木の可愛い姿が目に浮かぶのでした。



大きな鉢の方は昨年秋に咲きましたが、この小さな鉢の方は、不思議と この時期になりました。

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花言葉は「富」「幸運を招く」と聞きます。



縁起がよいと言うことで30数年前新築祝いに父から贈られ、次々と植え替えをした数鉢のうちのひとつです。

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夫の楽しみ



夫は賭け事を全くしません。
タバコも吸いません。



酒は好きです。



晩酌こそが夫の生活の一部であり、趣味と言っても過言ではありません。



晩酌の後、誘い誘われ友と酒宴の場を設けるのが大好きです。
高額な出費の頻度は、歳を重ねるに連れ減ってきましたが、
晩御飯を食べてチャリンコ2分の焼肉やまと(居酒屋)へ毎夜いそいそ出掛けております。
気遣いをする必要がない友人とよもや話をしながら呑み交わす時が一番の息抜きなのでしょう。



夫は家族を背負い 仕事を優先し 責任を果たしながら、飲むと言う時間を程よく楽しんでいます。



まれにスベスベの体になって深夜帰ってきます。
昨年夏、水虫の薬を頻繁に塗る光景が見受けられ、その数ヶ月後には足の裏や土踏まずにあった角質の皮むげが綺麗に無くなったことに気づきました、、、その辺りから夢の楽園へ通い始めたようです。。。



妻としての役割は大切だからこそ、、、
夫の夜の営みの自分本位に物申してしまったのでした。



自尊心を傷つけないように丁寧に想いを伝えて1年経ちましたが⋯私の出した課題はいつ答えてくれるのでしょう。
今朝の夫はトロ~リ目元も優しく身も軽そうです。昨夜も他で抜いてきた様子です。
私は突っ込むこともなく大きな溜息をつくのでした。



今夜は
「オイ!行くぞ。」
と、珍しく誘ってくれました。



こうして餌付けされて…
私はこの上なく丸くなって別物へとなってゆくのです。



店を出ました。
厳しい寒さの中でも冷気のすがすがしさを感じました。

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       『葵寿し』にて

極上の旅もまた哀し



ただいま〜♫
旅から帰ってきました。



ナビを頼りに668kmの道のりを自家用車で走行し、夫は安全運転を成し遂げました。お疲れさまです。



実は、子ども達が私達二人の還暦祝いとして二泊三日の大分県の別府・熊本県の阿蘇旅を用意してくれたのでした。



当たり前の毎日に飽きもせず生活に磨きを掛ける母のために。
頭から足元まで汗や泥にまみれ強さを見せてくれる父のために。
と。

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出会って此の方、二人っきりの旅行は未だかつてありませんでした。
二人の行く先に友人が集うことが頻繁でしたし、新婚旅行はツアーでしたから。



旅先では、二人っきりの空間を楽しみつつ太陽の光を浴びながら たくさん歩きました。



料理も美味しくお風呂も極上で、何と言っても阿蘇の広い平原に安らぎを感じました。



家族が増えて、皆がいつも居る所に安らぎがあると思っていました。
なので、場所を変えてまで安らぎを得ようと思ったことはありませんでしたが、旅は良いですねー♫



子ども達に感謝いたします。素敵な贈り物をどうもありがとう。


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※追記 (2025/11/25)
 

私達夫婦は信頼と尊重を取り戻しこの旅を再構築に繋げようと共に考えていました。
特に私は、夜の営みは大切な妻の役目だったと反省して…。
この旅が最善の未来となるための足がかりになれば良かったのですが、私はタガを外すことが出来ませんでした。
一夜、もはや寸前というときに「アンタふっとい足じゃのぉー」の夫の言葉に気が乗らなくなり、
二日目、「誰よりも極上の肌をしとる」の夫の言葉に、誰かと比べられていることを察し、私は踵を返して一人で湯に入りに行きました。
その深夜、美味しいものが手に入らず苛立ちを隠せない夫がスマホの電源を入れたとたん、とどまらないLINEの着信音。
間なしにスマホから発するヒステリックで感情をコントロール出来ない女性の鳴き声を聞いてしまいました。
「このシツコイのを何とかしてくれ」とスマホを差し出す夫。
その鳴き声のトーンは以前にも聞いたことがあります。
スマホを手にした私は、彼女に「聞いたでしょう。必死で訴えているあなたの言葉を聞こうとしない人ですよ。寄り添っても応えてくれない人と生きていけますか?大切な人生を捧げるつもりですか?それでも良ければ熨斗をつけて差し上げます。」と。。。
皮肉を込めて言ったはずが、熨斗でくるまれた夫の姿を想像していました。
夫の暴力はけっして褒められる父親像ではないけれど、彼は彼なりに必死だったはず。かつて暴力的で恐怖だったその姿が、今ではまわしを締めてドスコイさながら子どもと交わった思い出のように変化しています。唯一の存在へと。
夫に助けてもらったこと、食べさせてもらったこと、何より仕事を頑張る姿を見て子どもが育ったことに恩を感じます。
私は甘い!
「仏の顔も三度まで。私との生活が大事なら、ご自分の手で綺麗に清算して下さい。それまで私に触れないで。」と。


こうも思うのです。
同じ空間に居ながらも其々の世界で頑張ってきたんだなーと。
私は見極め時かしら?それとも心のおさめどころを模索しながら生活をし続けることができるかしら?と。
心の距離を充分に感じました。


旅を経て…呆れて何処か他人事のような…見えていなかった自分を知ることができました。
この時に見切りをつけておけば新たな裏切りに苦しまずに済みましたのに夫の猫なで声に騙されました。。。


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