潔く認めます。今回、澤津に負けました。
21年10月17日
薬局前、澤津との鉢合わせで本郷の鎧が外れた。19年とは真逆の鎧の差だった。
130㎏の重い鎧が強いわけではない。留めていたボルトが千切れたのだ。そこに本郷の誤算があった。
太鼓が鳴らなくなったほうが負けという喧嘩祭り。鎧はその太鼓を守る為の盾の役目。
激しいぶつかり合いが尚も続いた。
鎧が外れた今、本郷は大人3人の手でひょいっと太鼓を持ち上げ、澤津の担き棒を交わし激戦を繰り広げた。
敵陣に踏み込み地味な坂を押して押して頑張った本郷太鼓台に部があるようにも見えたが、
もうこの時点で勝敗決まりでしょう!
「鎧がのいたけん待ってくれ」と言う本郷。
「鎧がのいたんだったらこっちもはずそか?」と言う澤津。
待たす本郷と待ってくれた澤津。
「重たい~~。う、う、そこのけ。そこのけ。」
と、大人4人がよろけながら鎧を運び、私の目の前を通った。
もう一度鎧を取り付け、双方数回勢いよくぶつかってみたものの それはまるで握手をしているかのように感じた。
私にはそう見えた。
勝敗決まりだって!!
負けを認め去っていく本郷。
追い掛けることなく新高橋の中腹で本郷を見下ろす澤津は、悔しいけれど武将の如くカッコよく見えた。
太鼓を割るまで戦ったとしたら人と人との喧嘩になるだろう。此の上無い遺恨となっただろう。
人間の小競り合いを直ぐに止めに入る両自治会も立派だった。
民家や担き夫に怪我がないように采配していた本郷と沢津の指揮者も立派だった。
良い戦いを見せてもらった。
喧嘩は悪い!絶対、両者とも悪い!
それを承知で血が騒いでどうしようもないのなら・・・太鼓台の喧嘩は当然こうありたいものだ。
18日夜、実弟が訪ねてきた。阿島の担き夫であり、アンチ本郷の人間だ。
阿島と松神子の戦いを語ってくれた。
無惨な戦い・・・。弟の無念が手に取るように分かる。
50cmの鉄のキャップ vs 10cmの鉄球端冠、その鉢合わせの真っ最中、松神子が手のこぎりで阿島の担き棒切断!
真実を知り、幾度も相槌を打ったが、その戦いをこれ以上書き記すこともない。
殊更、破壊目的ではない澤津の姿勢にあっぱれ! と、再度感心した。
後腐れの無い本郷と澤津の戦いぶりを書き記そうと、
本日、高松駅を出て出張からの帰り道、電車に揺られ決意した。
再来年からは、平和運行の祭りが出来そう。
あー、天晴れ!


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