主婦が幸せに暮らせる街

職場の通達を見てビックリです。
《主婦が幸せに暮らせる街ランキングトップ50》
なんと❗
トップ10内に愛媛県の二つの市がランクイン!
5位 松山市
9位 新居浜市
確かに~~~♪ ワタクシめっちゃ幸せ❤

あっ?待って、エビデンスは?
上位の市は「交通アクセスがよい」「ショッピングの充実」「自然が身近」「歴史がある」「学校などが多い文教地区」といった共通点があります。

  • 松山市はどれもビンゴ!自然や歴史は、街の魅力満載です。文教地区といった方面で街の品位は上々です。空港があり電車・バスが充実しアクセスは良好です。飲食店・レジャー・ショッピングも多数、確かに便利な街ですよね。
  • 新居浜市の根拠は…上位の市との共通点を探してみましたが、やはり不思議です❔
    ○身近な自然は人に安らぎを与えます。
    ○住友別子銅山の歴史は市の繁栄ばかりではなく国産産業として日本を守り立て国益となる足掛かりとなりました。別子銅山の近代化を自分たちの手で成し遂げ技術者が育ったことが市民の誇りとなっています。
    ○新居浜太鼓台の歴史は、街の品位は別として…子孫まで語り継がれる粋なロマンと豪華さがあります。
    ○大型商業施設があり、家族で連れだっていくことがレジャー化していて、家族のコミュニケーションの場にもなっています。

ワタクシの立場から言いますとイオンモールで買い物のついでに散歩と食事と映画を楽しみ、衣・食・住がこの中で完結するって言うのは大きな魅力です。(口角が上がりっぱなしのポジティブな主婦が多い❗経済的な豊かさよりも気持ちの豊かな主婦が多い❗と、言うことかしら❔)

※ TV.でも話題になっていました。

主婦が幸せに暮らせる街:トップ10

■調査概要
株式会社学研パブリッシングは、全国の20~40代の主婦4793人を対象に実施した調査。日常生活における幸せ度を聞き、「暮らし」「家族」「お金」「食事・健康」「モノ・趣味」の5つの指標で点数化(Happy Quality=HQ指数)。

▼調査方法:インターネット調査
▼調査対象:20歳〜49歳の主婦
▼ 対象都市と人数:104都市4793名

主婦が幸せに暮らせる街:トップ50

静かでつややかなこの地ですが

霧の中にたたずむ山の美しさにハッとさせられます。

緑がきれいです。

雨の中、そよぐ風、なびく苗。。。

なかなか他に見ることのない 静かでつややかな地です。

ここに育ってよかったと思います。

この地に立ち、父や母、祖父や祖母、そして、この風土にも感謝する気持ちがわき上がってきました。

阿島

阿島

この地は、2004年夏、台風襲来により大きな被害を受けました。

斜面災害や土石流災害でした。

採石場の土が流れ込み、実家はもちろんのこと、この辺一体はドロの地となりました。

二度の被災で呆然と立ち竦む父を 母は果敢にも触発し、誘導し、

「私達の家は、自分達の力で!!!」

と、実家の床下のドロ除き作業を二人で頑張りとおしました。それも一週間で!!

食べ物や飲み水が不十分な中、70歳を越す身体には堪える作業だったことでしょう。

その後、二人の作業は続き、泥を振るいに掛けて玉砂利の庭を蘇らせるまで3ヶ月を要しました。

実家の庭

庭

庭

父と母は、いつに変わらぬ陽気さ呑気さを保っていました。不幸に襲われたことをいつまでも嘆いて時間を無駄にしませんでした。

どんな環境にあろうと 生きる術を見出すその姿から、ひたむきに生きようとする母の強さを感じました。

自分をこの世に産んでくれ、大きな愛で包んでくれる私の母は、強くて美しいとあらためて思いました。

親から子へ受け継がれてゆくもの・・・。それは、家屋や宝飾ばかりではありませんね。

母の未来を切り拓く力とでも言うのでしょうか?その活力を家族に伝えていけたらと思います。

自分より才能がある母に 全てにおいて敵いませんが、

私の中にも、ひたむきな部分があるはず と、信じて・・・。バラ

遠い昔になるけれど~~~♪

□  □

『 ALWAYS 続・三丁目の夕日 』、丁寧に再現された当時の町並みを非常に懐かしい感覚で見入りました。

かつて新居浜にもALWAYS同様の町並みと人々の活気がありました。

🌹

幼少の頃の行動範囲は新田町を拠点とし、西は磯浦町、東は西原町、南は星越町・・・

私は、当時新居浜市内で一番繁華で活気ある処を走り回っていたわけです。

オトナシイ女の子だったはず? あれ? 随分お転婆だったのかしら???

緑の生け垣に囲まれた星越社宅周辺の雰囲気、そこから北にレンガ坂を下るとわかば温泉と言う名の銭湯、泉幼稚園遊戯室の窓越しから見るバレエレッスン風景、高須賀散髪屋のシャンプーの香り、その隣の雑貨屋さん、トンネルから出てくるカゴ車やトロッコとその踏切。

お隣の玉市自転車屋のすみとくんや パン屋のけんちゃんと 八百屋のみかちゃん、ワタナベボタン屋のおばちゃんや 自転車で配達している郵便局員さん、何とかドルのパチンコ屋の店員さんと 薬局のおばちゃん、みんなを思い出し、とても会いたくなってきました。

まだまだ浮かぶ思い出は、イメージ的な記憶なので、時代は多少前後していると思いますが・・・

大坪東映のデイリィークイーンは、この土地初のバーガー屋さん。フィッシュバーガーが私のお気に入り!

新宝館横のほとんど具無しのカレー屋さん!

あ~そうして ラーメン屋の熊公・・・チケット10枚集めて食べたよネェ。

口屋跡に図書館があったのをご存知?あの松の木は・・・熊も居たような。

至る所に貯水池があって、木材が浮かぶ所が多くあったね! 歩くたびに目に付く足元のボルトネジや鉄くず!

病院前商店街の自転車の通勤ラッシュは、圧倒されたよね。

旧市役所の最上階(3階?)から北を臨むと、火力発電の4本煙突!カッコよく並んでいたね。

・・・しかし、そんな私の町は、今は大きなビルがポッコンポッコン建ち、商店街は寂しくなり、アーケードは取り壊され、住んでいる人たちも様変わりしてきました。

通った若宮小学校は当時全学年3クラス以上あったのに、今は、住友関連の社宅の減少等に伴って児童数はどんどん減少・・・(のちに追記:2018年3月、66年の歴史に幕を閉じました。2021年6月コロナ禍:ワクリエ新居浜・生涯活躍まち拠点となりました。)

あー、時代は流れているのです。

この映画を観て、私の記憶や心にある新居浜の情景がくるくる巡って、当時の世界へ帰ってしまいました。

💕