『平和で朗らかな明るい人柄になる様』
心って何処にあるのでしょうね
何処にもなかったのかもしれない
人と人が響き合って何かが起こった…
両親が出逢って物事が始まり
そのきっかけで何処からか湧いてきた
心が私の名前に現れた
.
『平和で朗らかな明るい人柄になる様』
心って何処にあるのでしょうね
何処にもなかったのかもしれない
人と人が響き合って何かが起こった…
両親が出逢って物事が始まり
そのきっかけで何処からか湧いてきた
心が私の名前に現れた
.
大半は意識して良い人ぶっていますから いつも親切な行為はしているつもりです。
無作為ですよね。
ううう〜、無意識に親切な行為をしていたことがあるかしら?
まったく記憶にありません。
中学生の時、同級生のセーラー服の大きな襟が外に立つようにはたけていたので、自分の襟に手を置いて撫でるジェスチャーで知らせたことがあります。
そんなこともうろ覚えとなっていた数年後、進路が異なる私と再会した時に私の行為を例に上げて「さりげなく善意ができる人になりたい」と、教えてくれた同級生がいました。
時が経過しても変わらずその思いは胸に刻んでいるとのことでした。
つるむのが嫌で敢えて一人で行動していた私ですが、こちらが心を開けば何かしら感化しあい良い友人になれたのかもしれません。
チャンスを逃しました〜。
優秀なHちゃん元気でしょうか?
人生とは自分を知ることではありません。人生とは自分を作っていくことです。
と何かしらの教えを説き聞かされたことがありますが、
彼女はどんな人となりになっているのでしょうか?
今日は、ふとそんなことがよぎりました。
.
自分の考えが正しいと堅く信じ込んでいる姿勢。
なんでも自分の思い通りにする!なる!と言う執念。
どこ吹く風とばかりに振舞うさま、その表情。
それに反して、
私は、いつも揺らいでいます。
小学生の頃、自分の名を端折ってしまう癖がありました。
「和」の「口部」をクルンと丸一画で書いていたのです。
つまり、左側部分は 「禾」を書き、右側部分は〇を書いていたと言うことです。
「口は、三画です。」
と、先生は頻繁に注意をしてくださっていたのですが、
改める様子のない私に、
「口は、三画です。あらあら、また〇ちゃんになっています。これからまるちゃんと呼びましょうか。」
クラスにざわめきが起こりました。
「まるちゃ〜ん」
「まるちゃ〜〜〜ん」
と。
なぜか反応してしまう・・・
.
あ〜嬉しいな。
楽しいな。
幸せだな。
健康で。健康で。
豊かで。豊かで。
ありがたいな。
善き人生を送るには「運」に恵まれることが必要だと先人に教わり、この言葉を何度も発してきた。
人生は長い。
これまでさまざまなことがあって、明るく元気に根気よく頑張ろうにも儘ならないと感じたこともあった。
我が子の成育にあたり いろいろなことがあった。が、全て乗り切った。
直近では孫たちの顔面神経麻痺、心室中隔欠損症など憂慮することが多々あった。
精神面だけでなく入院時のサポートにおいて体力の限界を感じた。
だけど、なんとか、やっとこさ我が家は何らかの力で生かされている。
つくづくそのように感じる。
「運」を手に入れる方法は言葉の力だ。
お題を提示されて、是非この言葉の力を言い伝えよう。
嬉しいな。
楽しいな。
幸せだな。
健康で。健康で。
豊かで。豊かで。
ありがたいな。
今より一層良くなる。
私は根っからの楽天家だからね〜。
これからもこの言葉の力で気長く頑張ってみるよ。。。
.
コメントを投稿するにはログインしてください。