5つの幸せ

日々幸せな気持ちになれる5つのことは何ですか ?


日々の幸せを挙げると際限がありません。



具体的に述べると沢山あり過ぎです。
5つになんてしぼれません。



そこで、幸せな気持ちになれる時を
ざっくり集約しました。

  • 珍しい出来事や鑑賞の折々
  • ありきたりの瞬間に生きてるって思った時
  • 優しさとか人肌の温もりを感じた時
  • いつもなら見落としそうなことから気付きがあった時
  • ほのかな充足や諦めなかった時




あえて…今日のことを例えると、

  1. 朝からスッキリと晴天であること
  2. 仕事帰りにMACフライポテトを零円にてゲットしたこと
  3. 農道で元気いっぱいに遊んでいる孫とバッタリ出会って「新しい友だちができた。」と知らせてくれたこと
  4. 学級委員になったことを私に気づいて欲しくて、それとなく待っててくれたこと
    いつもなら私服に着替える孫が、この時間に何故制服を着たままなのか?を考えていました。よくよく観察すると名札に学級委員バッチを挟めています。
    「あら~バッチ!学級委員になったの?」と話を持ち掛けると
    「ばぁーば、そうなんよ。学級委員よ。」と嬉しそうに教えてくれました。
  5. 見落としそうな孫の喜びに気付く事ができ自賛自称!
  6. フィットネスクラブで出会った方が、私がしばらく休んでいた事を気に掛けていてくれて、「回復祝に滝の宮公園を散歩しませんか?」と誘ってくれたこと
  7. 娘が「クイッ〇ル〇イパー〜〜♬これっメチャ簡単ね〜」と鼻歌まじりに珍しく床掃除をしてくれたこと
  8. 桜🌸の美しいシーンを観賞したこと
  9. 花を愛でる心のゆとりに気づいたこと
  10. 「猪肉をゲット!山の幸、海の幸。」
    と言いながら夫が晩ごはんを作ってくれました。


ね!キリが無いでしょう。


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仕事ではありませんが‥

無償でできる仕事は何ですか ?



わたしの中では、仕事と家事は異なるものです。
同じ括りとする社会的な観点に立つと、報酬を求めていないと言えば、家族のために手料理を作ることでしょうか。
それは純粋な喜びと充足感です。
家庭を持ち30数年作り続けています。



次に報酬を求めないと言えば、仕事ではありませんが手作り品でしょうか?
裁縫を趣味としていますが、自分が美しいと納得したり、相手の望み通りの作品が仕上がったりすると欲する方に差し上げています。



余談ですが、同僚のお茶をお出しする姿に見惚れます。
真摯に対応しているその姿は、作法や形式に拘っての美しさではなく お人柄であり報酬を求めていない美しさだと思います。



私の仕事の向き合い方は、彼女の足元にも及びません。

 


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自分らしいペース

毎朝の日課は何ですか ? 1日の最初の1時間をどのように過ごしていますか ?



朝の一時間は、私にとって今日が成り立つ大切な時間です。


早朝、景色を眺めることから始まります。
と言いたいところですが、
実はカゴ一杯の洗濯物を抱えて濡れ縁に出て洗濯機を回し始めます。
そこに気持ちのゆとりは無いに等しいですね〜。


その後の行動は、更に慌ただしくドタバタしています。
詳しく述べたところで褒められたもんじゃありません。
このお題を受け、深呼吸とか ゆとりとか おざなりにしていたかも〜?と自己反省しております。


人にはそれぞれ生まれ持ったペースがあることは多くの人に出逢い聢と感じています。
私は本来のペースよりアップテンポになっていました。
自分の心と体に正直に向きあって主体性を持った生活のペースを掴み直さなければと思いました。


その一つに、
カーテンを開けて朝の光を浴びる瞬間を大切にすることを日課とします。このことで 心に余裕が生まれるかもしれませんね。
健康で、幸せに満ちて、穏やかな時間にしたいものです。



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「を」と「お」

ほとんどの人が理解していないことは何ですか ?

『お』は「o」、『を』は「wo」でしょう〜〜〜。😳

ワタクシ‥‥従前において

『を』は「wo」ではなく「o」と読むのが標準語!とは知リませんでした〜。

衝撃的です。

『愛媛の気づかずに使う方言』の1つだそうです。

この驚きは、なかなか隠せません。

なにせ小学校の授業で『を』と『お』とは発音が異なると教えられましたよ。

『お』も『を』も「オ」と発音するとは、愛媛県民ほとんどの人が理解していないと思います。

「を」と「お」

https://www.ehime-np.co.jp/article/news202204060015

野生児ゆえ何も?

5歳の頃、大人になったら何になりたいと思っていましたか ?

56年前、私は5歳、

ほぼ野生児ゆえ、大人になることや将来の夢などを考えていたとは到底思えません。

日本語の数え方には漢語系と和語系が有ります。

その和語系「ひとつ、ふたつ、みっつ・・・」という数え方が出来なくて、当時の私は疎外感を感じていました。

流行りだったのか…鬼ごっこの数え方が和語系だったのです。

2歳上の近所の女の子に自分の歳を聞かれ手のひらを思いっきり広げて「さ〜い!」と、私は答えました。

「それがいつつ!その続きを言って!」と、見兼ねて教えてくれたりもしましたが、当時の私には難しくて言えませんでした。

その女の子は親切心で教えようとしたのかもしれませんが、私は笑われているようで悔しかったのです。

両親に教わろうとしたのですが、何かと忙しそうにしている姿を見て諦めて学ぼうとはせず、ずっと鬼ごっこに参加することを拒んでいたことを覚えています。

したいことや好きなことはハッキリしていたと思うのです。

だけど、いつも諦めの境地で切ない想いを抱えていて、母親に叱られるたびに言葉で表現することはなく泣き叫んでいました。

ドンドン同年齢児とも差が開き、学がなく一般的な常識さえも身に付いていなかったのではないでしょうか?



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現在、孫たちが大切に育まれ、ひとつひとつ意味を感じながら生活をしている親子関係を見ていますと私の幼少期との差は一目瞭然です。

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