実家の庭の隅には観音さまが立っています。お顔は小さいけれど背丈は2mほどの大きい観音さまです。

大意は知りませんが、私が嫁いだ年の椿祭りの帰り道、両親が衝動的に買ってしまったようです。
「倒れた~。助けてぇ~。」と、当初は台風が来るたび私たち夫婦は呼び出され往生しました。
数年越しで足元に工夫を凝らし安置されてから此の方、私はその観音さまにウインクこそすれ、未だ一度も手を合わせたことがありません。
神仏を拝む形は見覚えていても、神様がいらっしゃるのかいらっしゃらないのか考えたことが無く、全くの無神論者に等しい段階です。
ところが両親といえば、玄関を出入りする度に観音さまに合掌し、子供達(弟と私)の息災をお願いしてきたそうです。近年は孫のことを多くお願いしたりしているようです。
早朝から日が沈むまで何回も手を合わせるのだからお願いだらけ・・・お願い尽くしでしょうねぇー。
私たちがあまりにも不甲斐無いから、居ても立っても居るられないで神にもすがる思いなのでしょうか。
「神仏は敬いこそすれ、願うものにあらず」とも 言葉にしているのを聞くのだけど。
詳細は知らないけれど、一年に一度、観音さまの身体の埃を掃く日があります。
今年の夏、実家へ訪ねた時、ちょうどその日のようで、両親が共に顔を見合わせながら念入りに観音さまのお顔を磨いていました。
「神仏は敬いこそすれ、願うものにあらず」と言いながら・・・。
『願うものにあらずと言いながら、実に熱心にお願いしよるね。』と言う私に、
「神仏って、まるちゃんのことじゃがね。」と母・・・。
『子供は敬いこそすれ、願うものにあらず???』ってこと・・・。
無償の愛?。。。あらー!頼りたい思いを振り切って生きてきたのでしょうか。。。
あー確かに・・・私と弟、両親の愛に無頓着だったなぁー。
.
.

コメントを投稿するにはログインしてください。