イイ調子✨

文のお題 (日替わり)
今日は何がありましたか ?




毎月恒例のヘナ染めに友人宅へ行きました。




彼女は私の髪をキュッキュとしごきながら
「感謝、感謝!イイ風吹いてるじゃん。その調子、その調子✨」
と、言います。




目から鱗です。




実はこの言葉は彼女の口癖なので毎月聞いています。




今日はいつも以上に私の胸に響きました。




今の気持ちが未来を作ります。




イイ調子🎶✨😄✨

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唱える

尊敬し、アドバイスを求める人を挙げてください。


アドバイスを求める恩師はこの世でお会いすることが叶いませんが、唱えることにより自然と智慧を頂いております。



私の幼児期は、自分の気持ちを上手く言えなかったり表現できなかったり、母とのコミュニケーションは希薄でした。
母から心無い言葉が飛んでくるのは日常茶飯時で⋯両親ともに疲弊していた様子でした。
母の思いは私には伝わらず、私は親を困らせる子どもだったようで⋯言うことを聞く気配がない私に母が怒りをつのらせていることを私は敏感に感じていました。


50年前そんな環境下、父と母の私への視線…態度や考えが…大きく変わりました。
10歳の私は、生きやすくなりました。
それがどうした理由なのか知る由はなく、ただ、書棚に黒表紙の書物がズラッと並んだことは見て取れました。
後に、谷口雅春先生の著書『生命の實相』が関係していると知りました。
私は自分の底しれぬ穴を埋めるように、10代半ばその書物を読み耽りました。
いかなる名称の神仏も同様に尊んで礼拝する谷口雅春先生のお考えにふれました。


谷口雅春先生が創設した「生長の家」と称している組織は存じませんが、先生の書物は私の家庭を明るく変えました。
人間は神の子であり、神と自然と人間とは大調和している世界です。
つまり本当に存在するものは神と神のつくられた完全円満な世界だけであるという「唯神実相」の意味を毎回深く考えさせられています。


自分が思っていること、いつだってそうなります。そうとしかなりません。
実は、今までもずっとそうでした。
ならば、どのような行動を起こすことが良いのか…
唱えるとき、
物事の本質を考えて、全ての物や事に感謝する時、観えてくるものがあります。
念ずることは現れます。



四国と言えば遍路巡りが盛んです。
実家近隣にも御大師堂があり毎月集まり日常的にお経を唱える環境にあります。
常に弘法大師空海とともにあるという考えで読経をしております。
そのお経の一つには、悟りの境地に至るための教典として「般若心経」があり、仏壇やお墓の前で唱え、先祖供養として遺族の心を癒す効果もあると言われています。
唱えることで悟りの境地に至り徳を積めると考えられておりますので、その習慣は有り難いお導きです。
嫁いだ先も真言宗ですので、私の生活に浸透している宗教です。


様々な正しいとされる宗教は多くありその真理は一つと捉えている谷口雅春先生の考えに甘んじて、私は真言宗の読経をしながら、そのお教の真理を谷口雅春先生のお考えと重ねて融合し学ばせて頂いております。


思春期から壮年期まで、
神仏を拝む姿は見覚えていても、神様がおいでになるのか いらっしゃらないのか それを考えようとせず無神論者に等しい部類の私でしたが、
時を経て近頃は、
実生活は、信仰心ではなく複眼的な思考法でどのような行動に移していくかということを考えています。
別の方向・角度からも見つめてみること、つまり、より正しい自分なりの考えをもち本質を見ようとすることが大事だと考えています。


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私は幼少期の苦痛を最近ようやく言語化し表現できるようになりました。
『心を通わせる大切さ』はその一つです。

生きているかしら

文のお題 (日替わり)
10年後の自分はどうなっているでしょうか ?


悔いのない人生です。
10年後も生きているかしら?


平成の終わりに保育士資格を取り保育士となりましたが、その道で頑張る将来は見事に砕けてしまって、
その後、事務職を得る機会があったもののその波に乗ることができませんでした。


今は難聴の為コミュニケーションに怖気づいて、家族も社会に出ることを危ぶんでいます。
自分の意識しないところから話し掛けられると、話し掛けられていることに気付きません。
なので、前から話し掛けてくれるように頼まなければなりません。
そのようにお願いしている家族でさえも忘れてしまうらしく⋯毎度毎度お願いをし直しています。


ミシンカタカタ♬それが新たな生きがいや挑戦となりました。
そして、目の前の自分にできることと言えば布小物の制作です。
10年後も心を込めて向き合っていると思います。


隣近所や家族との生活で気をもむことが次々とおこりますが、思い通りに物事が進まなくても、心を込めて目の前のことをひとつ一つ取り組むことで未来があるのだと思います。
幸せは心からどんな思いを起こしたかで決まるのなら明るく楽しく優しく柔らかく人と向き合う人生は幸せそのものです。


いろんな事があった人生だけど、母さんは悔いはないの。
悔いは何一つ無いの。
愛する子どもたちと、自慢のお嫁さんたちと、宝物の孫たちに囲まれてなんにも悔いは無いのよ。

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まる日和

文のお題 (日替わり)
日々幸せな気持ちになれる5つのことは何ですか ?

幸せな気持ちになれる5つ

  • 「元気か?」と、子どもたちが元気に立ち寄る
  • 家にある食材で3食賄う
  • 可愛い生地を眺めて次の作品を考える
  • ミシンカタカタ踏んで思うものを表現する
  • 夫の機嫌が良い

そんな時、

そりゃ〜〜〜、幸せな気持ちになります♥❤❤(ӦvӦ。)

寝ても覚めても何を作ろうかしら〜と考えています。

それが楽しい時間です。

そして、それを形に現す時間があるって、幸せですよね。

ココに居ると、いつも幸せです。

「母さんの集中力はハンパないのぉ」と、夫は言います。

それは、その時間を提供してくれる貴方のおかげですよ。

どれだけ考えたか

文のお題 (日替わり)
人の個性は何を基準に形成されると思いますか ?



基準…

資質ぷらす環境に想像力を掛け合わせる
かと思いましたが、(資質+環境)×想像力

実は、どれだけ考えたか

コレ一択だと思います。

罪を背負って一生を生き続けることは苦しくて重い!

私は幼少の頃、受け入れがたい経験をしました。

悪いのは自分だと自分を責めていましたし、言い放つ言葉を持ち合わせていなかったこともあり、私は誰にも話せませんでした。

感情や思考が止まりました。

そうかと思えば、混乱し泣き叫んだり、成長する過程で「包丁を突きつけたい!」と思ったことさえありました。

感情のまま実行したとしたら罪になります。

私は考えました。罪を背負うことは私にはできないと気づきました。

気づくことは楽でした。

許せない相手を恨み続けたり、制裁をすることより黙って苦しい記憶を抱えていく方が、まだ楽だと思いました。

時間を巻き戻せたらとも思いましたが、きっと何かしらの事象となり幾度も現れ解決できない苦しみが巻き起こるに違いありません。

腹立たしく感じるたびに感情の通りに罪を犯したとしても、自分が心底腑に落ちるかと言うと怪しいものです。

自分が納得のいく生き方をするには、許すしかないのです。

心を楽にする方法を選んでも、随分遠回りをしました。

なかなか許せないもので…

自分の五感で感じたことは、見間違いだった、勘違いだった、自分が感じた事実は1割ほどだった、自分の知らない先に絶大な理由があった
と、物事を見紛ったことを認めた方が楽に生きていけるとまで思いました。

自分がどう感じ、何を大切にしたいのかと考えた挙句、

自分は、清く真っ直ぐ生きたい。

子供心にそのように思ったのです。

その先、苦しい記憶を隠すだけでは楽になれないことを追い追い気づくのですが、

その考えに至った瞬間から、今の自分が形成されていきました。

私は個性的と言われます。ただ、清く真っ直ぐでいたいだけなのです。



人を疎ましく思ったり、人を責めたり、人を好きになれなかったり、油断をすると大なり小なり自分の感情に振り回されていることがあります。

人との関係がうまくいかなければ、心は疲弊してしまいます。
そして、人の所為にしていると心にどんどんストレスが溜まっていくばかりです。
人への怒りは自分を責める行為と背中合わせであり、自信を無くしたり自分を醜いと感じたり、自分を許せなかったり、そんなやるせない感情に至る理由は人の所為では無く、自らが作り出している事実に気づいた者勝ちではないでしょうか。

実は人に振り回されているようで、乱れる理由は自分にあるのです。
人間関係を自分の心の在り方でおさめることができます。

まずは、言いたいことを伝えましょう。
それが一番の手近で簡単な解決方法です。きっと楽になりますよ。

そして、
「自分の心の持ち方を整える」ことでラクに生きられるようになります。
自分がどう感じ、何を大切にしたいのかに目を向けることで、人への怒りに振り回されず、ラクに生きられるようになるのです。

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