現状


母は先週弟と伴に、特別養護老人ホームに入っている父に会いに行きましたが、
その時の父の様子がこれまでと違うことに母は不安を覚えているようです。
「まるちゃんも会ってみて。じいちゃんは手をトントンと震わせて…脳外の受診をしたほうがえんじゃないんかいね。」
と言うので、今日の面会を施設に申し出ていました。



前回までは、車椅子に乗った父がヘルパーさんの介助で会議室へ入ってくるシチュエーションでした。
軽快な登場とは程遠いものの、「じいちゃん!じいちゃん…」と、呼び掛ける私達と目が合うと父の不愉快そうな表情は緩んでいることは見て取れました。


ですが、
母の言う通りでした。
私達は部屋に直接案内され父の寝ている姿を眺めるばかり。
トントンと心臓と同じ早さで規則的に動く父の手を母は握りしめますが、その動きは止まることはありません。


施設内で父の症状を診てくれている内科医がいらっしゃいます。
この症状をどのように診ているのか教えてほしい旨を伝えて母と施設を出ました。


「まずは、かかりつけ医の意見を聞くことが大事でしょう。素人では分からないから。」
と、車中母をなだめて帰りました。

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父の意欲


曾孫5歳ガールが帰省するのを首を長くして待っていた実母です。
「つーちゃんとじーちゃんの施設へ行こう。じーちゃん、喜ぶわ。」
と、母の兼ねての願いで皆んなで急遽父に会いに行きました。



母・私・娘・孫娘の4世代が会議室で待っているとヘルパーさんの介助で車椅子に乗った父が渋い顔で入ってきました。
5年前の入所した当初は軽快に手を挙げ満面の笑みで意思表示をしていた父ですが、今回はなんとも訝しげな登場です。
たじろいだ5歳ガールは私の後ろに隠れてしまいました。



父は言葉がうまく出なくて今日は何も話しませんでした。そして、人の話も理解していないようでした。
数年前、好きなお人形を揺らして遊んでいましたが、そのような動きや意欲も見受けません。
しかし、小さな子どもは大好きで可愛い者を可愛いと思う力が有ることを知りました。
父は震える手でマスクを外そうとするのですがピンポイントを突くことができずズラす事すらできません。
娘の手を借りマスクを外して…そのあと有ることをして皆をビックリさせました。


父はかつて孫の腕をユックリと擦り安心させた頃に孫の指先をガブリと口に入れたり、噛み付く素振りをしたり孫の反応を楽しんでいました。
私の子どもたちは皆んなその洗礼を浴びています。
父はまさしくそれを実行したのでした。
おずおず近づいていた5歳ガールはそのイタズラに更に怯えてしまいましたが、父はニコニコ緩やかに笑っていました。
つーちゃん(5歳ガール)のおかげで父の本来の茶目っ気と笑顔を見ることができました。



身体機能の低下でトイレや入浴、着替えなどの介助が必要な状態になり6年が経ちました。
唯一食事は声掛けをすることで食べきっていると聞いていましたが、果たして一人で食べきっているのでしょうか?
疑問に感じ帰り際ヘルパーさんに尋ねると食事も介助が必用とのことでした。



「介護は私にはとうで無理じゃった。症状が落ち着いとるのは施設のおかげじゃね。」
と母は父の笑った顔に気を良くしていました。



症状が落ち着いているとは到底言えません。
自発的に会話することが減り、意欲の低下が著しくなっています。
人との意思疎通が困難で家族のことも認知できなくなっています。
今後、食事の際の嚥下機能が心配です。
介護する側も大変な時期といえるでしょう。
ヘルパーさんに感謝申し上げます。

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とつとつと。


母の要望に応えて施設にいる父に会いに行きました。



今回は、父の表情から私が誰か分かっていないことをハッキリ感じました。



どうしてココに連れられて来たのだろう?部屋でのんびりしていたかったのにといった表情です。



母は父の様子に構いもせずに「おじいちゃん、こんにちは。」と父の頬をさすって肩を寄せましたが、父に払い避けられました。



それを見かねた私は、
「こんにちは、私は貴方の娘です。
隣に居るのが、私の母です。つまり、貴方のお嫁さんですよ。。。」
と、父に挨拶をするのですが、、、



父は自分の子供とか家族とかその関係性についての概念がなくなっているようでした。



「むすめ・・・はは・・・よめ・・・」と、私の問いかけにときおりオウム返しで応えますが不安そうです。



「また会いに来るからね。」と言うと
「また会いに来る・・・?」
と。
言葉を覚えようとしているかのように語尾は上がりますが、意味もわからず音だけを繰り返します。



母の声は終始弾み笑っていましたが、面会の場はまるで母の一人芝居でした。
私は虚しいままごと遊びを見てしまいました。
父のように、とつとつと向き合ったほうが楽でしょうに…。



とつとつと。



「じぃちゃん、やわらかい笑顔が無かったね〜。
誰とあっているのか…自分が何をしているのか…もう考えることは無いのかもしれないね。」
と、車中、母に話しかけました。



「そうで?じぃちゃんはわかっとる。」
と、母。
それは母の願望ですね。
への字に口をつぐむ母の様子を見ているとおそらく楽しく無かったのだと思います。。。

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青空と新緑と孫


次女の運転で孫に会いに行く道中、コーヒーショップ(branch coffee tsubaki)に立ち寄りました。


試飲で爽やかな後味だった“スプリングノート”の珈琲豆を購入しました。


エチオピアをテイクアウトしました。
苦みが少なくスッキリとしたお味で、
青空と新緑がお似合いのコーヒーでした♬



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その後、長女宅で孫たちと2時間程遊び「じいじんチへ行く〜!お泊りするぅ!」
と言う4歳孫ガールを連れて帰ることになりました。まるで拐うかのように(笑)


80Kmの復路は松山自動車道を走行し真っ直ぐ帰る予定でしたが、私の実家まで足を運び、母の願い通り父の施設へ急遽面会を申込み、父に会いに行きました。


はじめは不安そうな父(88歳)でしたが、曾孫4歳の手をさすってニコニコしていました。
その様子に母が一番嬉しそうでした。


眠そうな孫の気を引いて近くの公園で遊びました。
小一時間程、遊具で遊び.草の茂みを走って、ようやくじぃじの待つ家へ帰りました。


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母の真の姿を見て



安養寺で護摩を焚いて頂いたので、父の元へ御札を届けに(施設へ)行きました。
母の願いは『夫婦ともに健康長寿』です。成就しますように。

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今日の父は無表情で、両手が小刻みに震えています。
母はその様子が気になるようです。



「じいちゃん、『パ・タ・カ・ラ』ゆうて!」
と、口を大きく開けパ・タ・カ・ラと、父に要求しています。
父は無表情です。



以前、夫婦で通った医療福祉生協で習った口の体操です。
昨年春、施設の面談では父は感心を寄せて母の言う通り口をパクパクしました。



母は少し動揺し次に手を上げて
「じいちゃん!グー・パー・グー・パー!」
と、手を握ったり開いたりして見せましたが、
父は少し困った顔をして固まってしまいました。
父の手を取ってグー・パー
父の背中を擦ってグー・パー
それでも父は無表情でした。



「この手でお箸が持てるんだろか?介助無しで自分で食事をとることができると聞いとったのに…。」と、
よせば良いのに、母は安養寺で頂いたカステラを父に渡しました。
父は袋の開封ができず、カステラを一口サイズに千切ることもできず、母の介助でようやく食べることができました。
食べ終わったと思ったその時、むせてしまって母と私はヒャッとしました。
誤嚥したら肺炎になりかねない事態でした。
「ばあちゃん、怖かったね。ヘルパーさんに内緒でオヤツを持ってくるのはやめようね。」
と私。



帰り際、母が差し伸べた手を父は握り しばらくスリスリ擦りました。
先の要求に応えない父の様子にショックを受けていた母でしたが、
何度も擦られた母はやっと気を良くし満面の笑顔です。

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父と母は、こんなにも情深い人なのです。
母は父に真の姿を求めます。
父は母に真の姿を現します。



この関係性、小さな私が欲しかった姿です。
あらっ
そういえば、母は小さな私にタクサン上を 更に上を要求していましたね~。
応えられないと「汚っ!こんなこともてきんのんかね!」と。
応えることができなくてごめんなさい。
実は、
私が欲しかったのは、優しい言葉です。



母は父の発達を受け入れることができないようで
「じいちゃん、言葉を話さなかったね。時節柄のせいかねぇ?あったかくなったら小包装を開けれるようになるね〜。まるちゃん、次はおじいちゃんにどんな食べ物を持っていこうか…。」
と、車中私に言います。

あらっ、食べ物を持って来るのはよそうって話したばかり…

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