母の真の姿を見て



安養寺で護摩を焚いて頂いたので、父の元へ御札を届けに(施設へ)行きました。
母の願いは『夫婦ともに健康長寿』です。成就しますように。

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今日の父は無表情で、両手が小刻みに震えています。
母はその様子が気になるようです。



「じいちゃん、『パ・タ・カ・ラ』ゆうて!」
と、口を大きく開けパ・タ・カ・ラと、父に要求しています。
父は無表情です。



以前、夫婦で通った医療福祉生協で習った口の体操です。
昨年春、施設の面談では父は感心を寄せて母の言う通り口をパクパクしました。



母は少し動揺し次に手を上げて
「じいちゃん!グー・パー・グー・パー!」
と、手を握ったり開いたりして見せましたが、
父は少し困った顔をして固まってしまいました。
父の手を取ってグー・パー
父の背中を擦ってグー・パー
それでも父は無表情でした。



「この手でお箸が持てるんだろか?介助無しで自分で食事をとることができると聞いとったのに…。」と、
よせば良いのに、母は安養寺で頂いたカステラを父に渡しました。
父は袋の開封ができず、カステラを一口サイズに千切ることもできず、母の介助でようやく食べることができました。
食べ終わったと思ったその時、むせてしまって母と私はヒャッとしました。
誤嚥したら肺炎になりかねない事態でした。
「ばあちゃん、怖かったね。ヘルパーさんに内緒でオヤツを持ってくるのはやめようね。」
と私。



帰り際、母が差し伸べた手を父は握り しばらくスリスリ擦りました。
先の要求に応えない父の様子にショックを受けていた母でしたが、
何度も擦られた母はやっと気を良くし満面の笑顔です。

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父と母は、こんなにも情深い人なのです。
母は父に真の姿を求めます。
父は母に真の姿を現します。



この関係性、小さな私が欲しかった姿です。
あらっ
そういえば、母は小さな私にタクサン上を 更に上を要求していましたね~。
応えられないと「汚っ!こんなこともてきんのんかね!」と。
応えることができなくてごめんなさい。
実は、
私が欲しかったのは、優しい言葉です。



母は父の発達を受け入れることができないようで
「じいちゃん、言葉を話さなかったね。時節柄のせいかねぇ?あったかくなったら小包装を開けれるようになるね〜。まるちゃん、次はおじいちゃんにどんな食べ物を持っていこうか…。」
と、車中私に言います。

あらっ、食べ物を持って来るのはよそうって話したばかり…

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ざわつく私



雲ひとつ無い夜空に星が綺麗に輝いています。
放射冷却現象で明日は寒い朝になりそうです。



今日は、母と施設に入っている父に会いに行きました。
会議室に通されて数分待っているとヘルパーさんに連れられて車椅子の父がやってきました。
久しぶりに父と母と私の3人が顔を合わせました。
父は仕方なくココに来ているといった風なのに…。
母は父の傍に寄ってゆき
「おじいちゃん、久しぶりです〜。」
と、笑いながら肩や顔を擦って満足気です。
「あっ!もう!」
と、父が首を振りながら訝しげにつぶやきました。
嫌がっている気持ちが漏れているにもかかわらず、母は何くわぬ顔で、
「そうですか~。そうですか~。恥ずかしがらんでも〜。」
と、とぼけています。



帰りの車中で、
「私達を理解していなかったね。とうとうわからなくなったね。」
と、私は感じた通り母に言ったのですが、
「何を言よんかね!ようわかっとったがね。」
と。
母はとうとう大局的に見て判断することができなくなっています。
母の勝手な感覚に…ちょっと胸がざわつく私です。

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父の真実



私は迷子にならないように?自己の統合のために?
父との面談や母の日常生活を日記に書いています。
今日は特に大切な一日でした。
Blogにも残しておこうと日記をそのまま綴ります。




母はつーちゃん(3歳孫ガール)と父の面談を殊の外楽しみにしていました。
ようやく、母の願い通り父が入所している施設へ行きました。
松山から帰省中の長女母娘と次女と私と母の女性5人が、父と向き合って6畳ほどの洋間で談笑しました。



「さて!私は誰でしょう?」
「今日は何を食べたの?」
「散髪したん?男前になって〜!」
「オヤツ持ってきたよ。」
など、女性5人が交互に話し掛けますが、
父はそれらを無視してつーちゃん(曾孫)を目で追っています。
母が言うようにやはり幼児が好きな様子で終始笑顔です。



私達の話し掛けは全て無かった事になってしまいますが、
父は私とつーちゃんを見比べて指を差して「そっくりじゃ!」と、言いました。
父との会話は成立しないのに、自分が感じたことを発信できる力があることに感激しました。



父は、次女に抱かれたつーちゃんの指の先から腕をゆっくり擦り、何度も擦られたつーちゃんは眠ってしまいました。
「そう言えば、じぃちゃんは、私達の頭、腕、足をこんな感じに良く擦ってくれたね〜♬」
と、次女が思い出したように言い長女も頷いています。



え〜?意外です。
私の記憶には、母の顔色を伺いながらその反対の行動をする父しか浮かびません。



私は結婚して数年、浅はかにも父や母と距離を置いていた時期がありました。
第一子の乳幼児期、両親を頼ればもっと楽に平常心で生活できたかもしれないと、常々反省しておりましたが、私の娘たちには楽しい思い出が有るようで嬉しくなりました。



私の知らない父の一面や表現が他にもあるのかもしれません。
今日はその一部を見つけて微笑ましい父の姿として素直に感じる自分にもビックリしました。
私は、ボチボチ大人になっているのね〜。


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クロマティを助っ人に

最も尊敬しているプロスポーツ選手の名前とその理由を教えてください。



フィギュアスケート・野球・テニスなどのスポーツ観戦は好きですが、人柄をよく知らない私は、尊敬に値する選手に出会うことなくこの歳に至ってしまいました。
スポーツは未知の世界に等しくこのお題から逸脱した話になりますが、お許しください。



40年近く前、ある作戦に基づいてスポーツを意識したことがあります。
クロマティの技術を持ってすれば流れは変わると確信したのでした。



私の記憶にある1980年代巨人軍のクリーンアップは中畑・原・クロマティの3選手でした。
その当時の父の興奮と好調子は半生を顧みても類を見ません。
それに便乗するかのように私は両親に交際宣言をし結婚を認めてもらったのでした。
クロマティを強力な助っ人にして!



長男が生まれて数日後の事、中日戦で温厚なクロマティが激怒し両軍が入り乱れる大乱闘が越きました。
その頃あたりまで、「オゥ!ワー!ヤッター!」と父の熱狂的な応援ぶりが続いていたことは母から知らされています。



その後、クロマティ選手がスタメン落ちし、「オゥ!ワー!ヤッター!」の声援が寝室に響くことは希少となりました。
心変わりの真意はわかりませんが、いつの間にか父はヤクルト球団を応援するようになりました。



東京ヤクルトスワローズが今年優勝すれば、チーム史上初の三連覇になるはずですが、認知症の父の心の天秤は微動だにせず静かなようです。



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私の欲と清らかな父



母が父に会いたいと言うので、事前に予約を入れていた今日、施設へ行きました。



面会は30分。
母が一方的に話をして父がうなずきます。



母は父との生活を取り戻したかったのでしょうか。甲斐甲斐しくお世話をしていた日々を懐かしむように、父のマスクの向きを正したり、父の襟元や背中に手を当てて話しかけます。



認知症の父は身震いをしたり「はい.」と相槌を打ったり機嫌は良い様子です。
ただ、ココに連れて来られたからココに居るといったふうです。
その姿は、空っぽで清らかでした。



皆で『ふるさと』を歌って面会は終わりました。
父が歌詞をほぼ覚えていたことを 母は殊の外喜んでいました。



今回の面会、それは…



父は欲から離れてしまいました。
母は欲から離れることが大事だと気づいているようです。



そして、私は、



気持ち良く時間をとってあげることができた自分にご褒美が欲しいと思いました。

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