父の意欲


曾孫5歳ガールが帰省するのを首を長くして待っていた実母です。
「つーちゃんとじーちゃんの施設へ行こう。じーちゃん、喜ぶわ。」
と、母の兼ねての願いで皆んなで急遽父に会いに行きました。



母・私・娘・孫娘の4世代が会議室で待っているとヘルパーさんの介助で車椅子に乗った父が渋い顔で入ってきました。
5年前の入所した当初は軽快に手を挙げ満面の笑みで意思表示をしていた父ですが、今回はなんとも訝しげな登場です。
たじろいだ5歳ガールは私の後ろに隠れてしまいました。



父は言葉がうまく出なくて今日は何も話しませんでした。そして、人の話も理解していないようでした。
数年前、好きなお人形を揺らして遊んでいましたが、そのような動きや意欲も見受けません。
しかし、小さな子どもは大好きで可愛い者を可愛いと思う力が有ることを知りました。
父は震える手でマスクを外そうとするのですがピンポイントを突くことができずズラす事すらできません。
娘の手を借りマスクを外して…そのあと有ることをして皆をビックリさせました。


父はかつて孫の腕をユックリと擦り安心させた頃に孫の指先をガブリと口に入れたり、噛み付く素振りをしたり孫の反応を楽しんでいました。
私の子どもたちは皆んなその洗礼を浴びています。
父はまさしくそれを実行したのでした。
おずおず近づいていた5歳ガールはそのイタズラに更に怯えてしまいましたが、父はニコニコ緩やかに笑っていました。
つーちゃん(5歳ガール)のおかげで父の本来の茶目っ気と笑顔を見ることができました。



身体機能の低下でトイレや入浴、着替えなどの介助が必要な状態になり6年が経ちました。
唯一食事は声掛けをすることで食べきっていると聞いていましたが、果たして一人で食べきっているのでしょうか?
疑問に感じ帰り際ヘルパーさんに尋ねると食事も介助が必用とのことでした。



「介護は私にはとうで無理じゃった。症状が落ち着いとるのは施設のおかげじゃね。」
と母は父の笑った顔に気を良くしていました。



症状が落ち着いているとは到底言えません。
自発的に会話することが減り、意欲の低下が著しくなっています。
人との意思疎通が困難で家族のことも認知できなくなっています。
今後、食事の際の嚥下機能が心配です。
介護する側も大変な時期といえるでしょう。
ヘルパーさんに感謝申し上げます。

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同伴して思う


2日掛けて母に付き添い母の兄姉の元へお仏壇参りお墓参りに行ってきました。
従兄たちにも数年ぶりに会いましたが、体調の変化で随分身辺が変わっていました。
母が末っ子なので私が一番若いのですが、私の数年後を見ているようで身につまされる思いでした。
今を感謝して大切に日々を過ごしましょう…☆”って、感じました。


お墓参りをしながら、
私と同じものを見ても私ほど心が揺れないようで、母がケロッとしていることが唯一の救いでした。


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私はある経験から…
正直に申し上げますと父親が14歳の私の胸を触ったことで、
興奮を目の当たりにして、惨めだし底に落ちたと思ったし、必死にもがいて生きてきて、最善の心持ちを保つように相当努力してきました。
己の感情くらい己でコントロールする事が幸運の秘訣と知っていますよ。
だけど、苦難でした。
今はその感情の起伏やその時間を無駄にしたくは無いと思っています。


年始にやっとの思いで母に告白しましたが、
「メンドイ子じゃね。まるちゃんは考え過ぎよ。ワタシダラは、直ぐ忘れる。」
と、言います。
母は、私より遥かにノーテンキで、毎夜、沢山睡眠が取れている様子です。


「いつまでも同じ感情を持っていたわけではないのよ。様々に変化して成長してきたよ。」
と、弁明している私です。


私は長年、親と距離をとってきましたが、母は私の葛藤に感心を示しません。
自分の評価と他者とのすれ違いって往々にしてあるけれど、なんだか拍子抜けです。


母が残してくれている“おいたち”を見ていると、冷静に考えると…親の愛を感じます。
明らかに両親の子どもへの愛の表現は間違っていました。
決して優等生の親ではありませんが、精一杯に生きて その行いだったのでしょう。


長いモヤモヤはナンテことは無かったかのように解けていきました。

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母の真の姿を見て



安養寺で護摩を焚いて頂いたので、父の元へ御札を届けに(施設へ)行きました。
母の願いは『夫婦ともに健康長寿』です。成就しますように。

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今日の父は無表情で、両手が小刻みに震えています。
母はその様子が気になるようです。



「じいちゃん、『パ・タ・カ・ラ』ゆうて!」
と、口を大きく開けパ・タ・カ・ラと、父に要求しています。
父は無表情です。



以前、夫婦で通った医療福祉生協で習った口の体操です。
昨年春、施設の面談では父は感心を寄せて母の言う通り口をパクパクしました。



母は少し動揺し次に手を上げて
「じいちゃん!グー・パー・グー・パー!」
と、手を握ったり開いたりして見せましたが、
父は少し困った顔をして固まってしまいました。
父の手を取ってグー・パー
父の背中を擦ってグー・パー
それでも父は無表情でした。



「この手でお箸が持てるんだろか?介助無しで自分で食事をとることができると聞いとったのに…。」と、
よせば良いのに、母は安養寺で頂いたカステラを父に渡しました。
父は袋の開封ができず、カステラを一口サイズに千切ることもできず、母の介助でようやく食べることができました。
食べ終わったと思ったその時、むせてしまって母と私はヒャッとしました。
誤嚥したら肺炎になりかねない事態でした。
「ばあちゃん、怖かったね。ヘルパーさんに内緒でオヤツを持ってくるのはやめようね。」
と私。



帰り際、母が差し伸べた手を父は握り しばらくスリスリ擦りました。
先の要求に応えない父の様子にショックを受けていた母でしたが、
何度も擦られた母はやっと気を良くし満面の笑顔です。

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父と母は、こんなにも情深い人なのです。
母は父に真の姿を求めます。
父は母に真の姿を現します。



この関係性、小さな私が欲しかった姿です。
あらっ
そういえば、母は小さな私にタクサン上を 更に上を要求していましたね~。
応えられないと「汚っ!こんなこともてきんのんかね!」と。
応えることができなくてごめんなさい。
実は、
私が欲しかったのは、優しい言葉です。



母は父の発達を受け入れることができないようで
「じいちゃん、言葉を話さなかったね。時節柄のせいかねぇ?あったかくなったら小包装を開けれるようになるね〜。まるちゃん、次はおじいちゃんにどんな食べ物を持っていこうか…。」
と、車中私に言います。

あらっ、食べ物を持って来るのはよそうって話したばかり…

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ざわつく私



雲ひとつ無い夜空に星が綺麗に輝いています。
放射冷却現象で明日は寒い朝になりそうです。



今日は、母と施設に入っている父に会いに行きました。
会議室に通されて数分待っているとヘルパーさんに連れられて車椅子の父がやってきました。
久しぶりに父と母と私の3人が顔を合わせました。
父は仕方なくココに来ているといった風なのに…。
母は父の傍に寄ってゆき
「おじいちゃん、久しぶりです〜。」
と、笑いながら肩や顔を擦って満足気です。
「あっ!もう!」
と、父が首を振りながら訝しげにつぶやきました。
嫌がっている気持ちが漏れているにもかかわらず、母は何くわぬ顔で、
「そうですか~。そうですか~。恥ずかしがらんでも〜。」
と、とぼけています。



帰りの車中で、
「私達を理解していなかったね。とうとうわからなくなったね。」
と、私は感じた通り母に言ったのですが、
「何を言よんかね!ようわかっとったがね。」
と。
母はとうとう大局的に見て判断することができなくなっています。
母の勝手な感覚に…ちょっと胸がざわつく私です。

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