人生を思い通りに生きている人は少ないでしょう。
誰しもが何かしら思い通りにならない現実を抱えながら生きているのだと思います。
詳細は言えないけどっ。
「母さんは、この包丁を自分の胸に刺したいくらい寂しいわ!」
「私は、この道路に飛び出して木っ端微塵に砕け散りたいほど辛いわ!」
と。
そう言ってしまいたいほど孤独の時間があったことを ここに記しておきます。
気心知れた家族でも同じ生活空間に居ると摩擦は生じます。
心を許す関係であれば有るほど甘えが現れ、人の心は激しく揺れ動いて突進してきます。
いつなんどき、その摩擦で平常心を覆されはしないかと不安になるほどです。
穏便がいいし、喧嘩などしたくないし、当たり障りなく生活したいです。
家族の爆発したい気持ちがわかると言えば嘘になりますが、キャパを通り越した何かしらの想いが有ることは察することができます。
家族が声を発して苦しさの全てを話すことは無いと思いますが、
もし、その声を聴いて、自分はそれを受け留める力が有るでしょうか?
家族のモヤモヤが端的に言語化されたとしても消化する力があるとは言い切れません。
様々な摩擦があって、今を大切にすることはとても難しいですね。
かと言って 自分を取り巻く環境を変えることは怖いです。
その怖さは、経済面であったり、
自分の人生を否定することになりはしないかと考えます。
夫婦や親子の縁から逃げても 逃げようにも 逃げることはできないものです。
カモフラージュしたとしても、逃げ通して目の前に姿が見えなくなったとしても、その事実が過去になっても、その過去にとらわれて苦しむことになるでしょう。
人を変えていくのは難しいですし、自分の想いに蓋をして良い人ぶるのも疲れます。
ただ わかることは、
人を否定するとどんどん苦しみの底に沈んでゆくと言うことです。
「貴方はこうだからそうなるのよ。こうしてください。」
とだけは、言わないように気を付けます。
人を変えようとする発言だけは止めようと思います。
摩擦から生じる苦しみから逃れるためには、相対する言動に執着することなく、常に今の自分が自分なんだから、自分の思いが今に現れているのだと受け入れてゆくことが大切かなって思います。
私は人生の折り返しを明らかに過ぎていますが、これからが最も長い長い道のりになるのかもしれません。
自分の想いを何処まで相対的に、そして、的確に言語化できるか試練です。
自分の時間を否定することなく、過去にとらわれることなく、人や自分を否定することのない道は、どうしたら良いのでしょうね。
鬼の面に相対しても素敵な時間づくりを心掛けるように致します。幸せの気持ちをお越し続けます❤
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ただいま、猫に癒やされています。
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