余興を楽しむ如く

仕事を楽しんでいますか ?



ライフスタイルに合わせて、仕事を選んできました。
いずれも、明るく 元気に 根気よく 楽しさやワクワク感を持って、静かな情熱を注いできました。



中でも、就労についてどう考えていくか?仕事とはなんぞや?と考えるうえで印象深い経験があります。



職が決まらず腑抜け状態が数週間続いていたとき、
「戦国武将に憧れる事もあって城主に仕えるように誰かのために仕えたいわ!」
と、私は友人Sにボヤいたことがあります。
友人Sは、
「それは違うよ!」
と一喝し、
明治の小説家森鴎外は、「仕事」を「為事」と捉えていたと教えてくれました。



つまり、
誰かのために仕える事ではなくて、ただ行動すること、為すべき事を為す事として森鴎外は執筆と宮仕えの二足のわらじを成し得たのだと言うのです。



家業の帳簿づけとフルタイムの職を兼業している私への心配りと 彼女の就労意識に総務としてのプロフェッショナルを感じました。



ところが、
友人の忠告にもかかわらず、私がその直後に得た仕事は、城主の監視のもと片時たりともゆったり出来ない環境下でした。
城主の発想や拘り、挙げ句に城主の困惑まで降り掛かり、自分が壊れる寸前となりました。
2年経過してここは自分の居場所では無い…そして、自分は間違った方向に進んでいると気づきました。
やっと得た仕事ですが退職の道しか有りませんでした。



仕えることで潤滑な仕事が叶うのではなく、
友人Sの言う「為事」為すべき事を為す事でチーム内の迅速な流れと穏やかな時間が約束されるのだとヒシヒシと気付かされたのでした。
尚且つ、
余興を楽しむ如く仕事と向き合うことが大事だったと反省したのです。



楽しい思いを起こし続けることができないと思ったら転職をしましょう。
と、自分の仕事観を決定づける経験をしたのでした。



忍耐が美徳のようにお考えの方がおいでになりますが、
自分にとって楽しい.幸せだ.と感じられる職は必ずあると思うのです。
それを見つけるまで粘り強く探し続けることも さもありなんと思います。

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局面と言えば

過去にし難かった人生の局面について教えてください。



中学3年生、ホームルームの授業で班に分かれ6人で机を寄せ集め将来の夢を話し合っている時のことでした。



私は、自分は清くなくダメな人間で誰にも愛されないと思い込んでいる節があり「結婚は考えられない」といったようなことを発言しました。
すると、
「まるさんは、エエ嫁さんになるよ。」
と、二人の男子生徒がビックリしたかのように目を合わせ
「のぉ〜。」
「そうじゃ!そうじゃ!」
と、うなずきあっていました。



自分はダメじゃないと言ってくれているようで、とても嬉しくて忘れられない瞬間です。
まさに自らの力では し難かった開眼とも言うべき人生の局面です。



誰もが私と関係を保つことを拒んでいて汚いものを見る目でした。
自分はダメな人間で、自分なんかいなくなった方がいいとさえ思っていました。
見切りをつけられている方がまだましでその方が楽に生きられるかも知れないとも思っていましたから将来を添い遂げる相手など考えもつかなかったのです。



そんな自分を「エエ嫁さんになる」と言い切ってくれた人がいると思うと、排除せず受け入れてくれる人が居ると知ると、少しだけ自分でも存在してもいいんだと思えるようになりました。



ただ気掛かりで、彼らまでその発言を機に周囲から揶揄されてどんな目で見られることかと案じておりましたが、
それが不思議なことに…そこから経験する世界は真逆でした。



おかげさまで、少しずつ本当に少しずつ、私は変わってゆきました。



二十歳を過ぎてからですが、
その男子生徒の一人が私を大事に思ってくれる人であると気づき、私も大切に思う人となりました。



長い時を経て見離されないと感じることで生きてて良いのだと思えるものなのですね。

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溝が深まる言葉

ある言葉の一般的な使用を永久に禁止できるとしたら、それはどの言葉ですか ? なぜですか ?



使用を永久に禁止する言葉として「汚っ!(キタナ)」は、どうでしょうか。
感情論になるのですが、時を移つさずこの言葉が浮かびました。



私が小学高学年の頃、
「うそ〜」と相槌のつもりで言ったことが一度あります。
周囲が親しみを込めた会話で気安く使用しているのを耳に挟みいつか使おうと身構えていたところ、今だとばかりに母との会話で使用したのでした。



こっぴどく注意を受けました。
「うなずいたつもりかも知れないが、人が話をしている内容を頭ごなしに嘘だと決めつけるのはもってのほか!適した言葉ではない!」
と言う内容でした。
私は悲しみのあまり輪を掛けて母と気楽に話ができなくなりました。



その母は、私に対して事あるごとに「汚っ!」と言います。
適した言葉を絶えず使用している母が汚いと言うのですから、私は汚い言動をしたのでしょう。
表面の汚いでは済まされず、心まで汚いと見ているのでしょう。
「汚っ」を聞くたびに母との関係性は更に溝が深まるばかり‥‥。
私は汚くないと信じているからこそ自分を責めずにいられて、母に言わせておくことで娘の役割を果たしていると思い込むことで母と生活ができたのですが‥‥。



ところが、
「清く 正しく 美しく」
と、まっしぐらに突き進む自分が未だに居ます。
その所に拘るということは、流せていないのです。
これからも「汚っ」を流すことはできないのです。
心の闇です。母には言えないのに今回のお題でポロリとこぼれてしまいました。
なので、使用を永久に禁止しましょう。
私的な理由で申し訳ありません。

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人と一緒に生きるとは、人から怒りをぶつけられても、それを忍びながら生きることだと思います。
‥‥‥‥(中略)‥‥‥‥
怒りをぶつけられても、自分を責めなければ、苦しみは続かない。気持ち良く一緒に過ごすことができるようになるのです。

『幸せのこころとかたち上田祥広』Blog 2/21のお話です。

『怒りをぶつけられても気持ち良く流す』

と、教えてくださった方がおいでになります。
まさしくおっしゃる通りです。
当時、年端も行かぬ私がこの境地に至って生活をしていたとしたら、どんなに楽だったことでしょう。



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お困り感に気づく

今後6か月間で直面する最も大きな課題は何ですか ?

このお題に「判りません。」と答えてしまうと、夢が覚めてしまいます。

職が決まると良いな〜♬

これまでの経験を活かした仕事かしら?はたまた良きもしない職務内容かしら?

1日4時間勤務の事務職を探しています。

職を得たことを前提にすれば、6ヶ月間で直面する課題は、

新たな環境で社員間のコミュニケーションを大切にし、皆さまのお困り感に気付き傾聴し求められることを的確に実践することが課題です。

お役に立ちたい一心で空回りをしないように、

感情のバランスを整えることはもちろんのこと、相対的な調和を考え頑張りたいと思います。

私の得意は銀行仕立ての札勘です。PCはブラインドタッチで入力ができます。ExcelとWordを実務で経験しております。

その経験を活かせる職が果たして今の私に最適な仕事なのでしょうか?聴力、三半規管、記憶力、持久力、歳を重ねて落ちているものばかりです。

半年で決めたいな!一縷の望みを託しています。

決まらなければアラカンの就活さらに延長です。キツイわ〜。

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強いて言うなら

10代の自分に対するアドバイスは何ですか ?



10代の私は、
自分が壊れそうで頭は炸裂してしまったほうが楽だと思っていました。
そして、偏った表情をしていました。
話さないし話し掛けないし、一遍通りの日常をなんとか生きていました。
見捨てられないように、一つ一つのリアクションも感情もこれで良いのかいつも周囲を見て不安になり、その怯えを隠すように作り笑いをしている子どもでした。
人を信じる思いはありましたが、私と居ることで迷惑を掛けているのでは…と自ら接触を拒んでいました。
避けることが出来ないし環境を変えることはできません。現象は全て勘違いだと思うことで平常心を保っていました。
それらの想いは頑なでしたから過去の自分にアドバイスをしたところで届かないと思いますけれど‥‥‥。



10代の私へ褒めてあげたいことは沢山あります。

・ポキンと折れずに気丈に頑張ったね。本当によく生き抜いているよ。
・ニョキニョキ突き出る鬼の角を素晴らしく隠し通しているね。その調子!
・周囲をよく見ているよ。立ち位置ハイセンス!
・自分が何をしたいのか?何に感動するのか?それは先ず置いといて正解だったよ。無は自分を守るし、殺人鬼にならなくて済む。
・随分立ち往生しているけれど苦しい思いを重ね続けると遠回りだよ。それを知ってか知らでか目の前の幸せを見つける努力をしていたね。
・周囲は意外と常識的だって気づいていたね。甘え上手では無いけれど人が好きだったね。
・自分を下げる必要は無いって何度も自分と向き合っていたね。もっともっと自分を大切に!



10代の私へアドバイス!これも沢山あります。

・人生はやり直すことができます。如何様にも成長します。
・恐れているものは自分が作り出しているんだよ。如何にそれに気づくかが人と向き合うコツなんだよ♡
・無知は自分を守りません。時に人をも傷つけます。
・昨日より今日知ってることが増えたら、もっと余裕ができて見えることが変わって行動が変わっていい方に向かうと思います。



強いて言うなら

・勉強を積み上げる努力をしなさい!その努力は、自分を形成します。揺るぎない知識は有意義です。


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