無駄な時間にはしませんよ

怠けた日はしっかり休めたと感じますか ? それとも無駄に感じますか ?



夫や子どもたちの将来を脅かさないよう今の環境を整えることが私の努めですから、掃除 洗濯 食事作り等 することたくさんありますよ。
怠ける時間なんてありませんよ。😄



ごく最近思うんですよね〜。
自分の心が喜ぶ行動をとることが、
我が家の繁栄となるのだとしたら…
怠ける時間も必要かな?と。



かと言って、とんでも無い後悔が押し寄せてくるような怠け方はしたくありません。
そして、
時間の流れを極度にやっかむような無駄な時間は過ごしたくありませんよね。



その怠ける時間をしっかり休めたって思う時?
実感ありませんね〜。

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家族で宝探し

もし100万ドルを誰かに譲るとしたら、それは誰ですか ?



直ちに譲るのではなくて、家族で宝探しをするように遺言を書くわ。
「何かオモロイこと無いんかい!」と皆んなが口を揃えて言い出したら遊んでね〜。って調子でね♬



皆んなで宝探しをして遊んだあとに、見つけた金額を参加人数で割ることを原則として、家宝にするもよし、ボランティアするもよし、志しを高く持つのもよし。使い道はそれぞれにおまかせするわ。
見つからなかったお宝は、後々見つけた誰かさんのものよ。



100万ドルを何箇所かに分けようと思うのだけど、トンチの効いた隠し場所を考えなくっちゃ。なかなか見つけ出せない処は…何処かしら?
地図を書くのも楽しみだわ。



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宝くじ10万円を当てたことがあるのよ。
日頃お世話になっている方々に感謝の気持ちとしてお心付けをすると、
気づくと…何とその3倍の支出額だったわ。
我が家はそうゆう家系なのよ。せいぜい借金を拵えないように忠告は必須ね。
夫も子どもたちも身の丈に応じた生活が一番よ。慎ましく生きていくことが最善よ。

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まるさん、大人になれる?

大人になったと初めて実感したのはいつですか (もしあれば) ?



親から距離を置くことで大人になったと思ったことがあるけれど、それは勘違いでした。
社会人になって責任とか潔さが身に付くということは大人の証とも思ったけれど、それは大人への階段を上っている一つの段階のようです。
私は、まだ階段の途中で大人になりきれていない自分を感じることがあります。



私の場合、親との関係性にポッカリ穴が空いていて親と距離を置いて生活してきました。
その穴は取るに足らないものなのかもしれませんが、塞がらないことには整わない自分がいます。
仕事も恋愛もうまく行かなくて嫉みや嫉妬の感情を持つと言いますが、その感情をほぼ理解できます。
切ないことに その感情をうまく処理できないのが現実です。
積もり積もった様々な妬み恨みをうまく処理できる方法はないものかと、自分に愛想を尽かしながらも葛藤してきました。




ある時、許す許されるといった方向性と違う所で、ふと😳遠廻りしてきたわ😮😄😆😁って感じたことがあります。
人との絆は、時間をかけて咀嚼しなければ深まらない時もあるんですね〜。



親の偏った表現を見ても微笑ましいと感じる自分を見つけた時、大人になったと実感できるのではないでしょうか?
微笑ましいと思う感情をを多々経験してみないと本当のところまだわかりませんけれど。



私にはたった一人の弟がいます。
優秀で可愛くて幼少の頃から一身に親の愛を引き寄せる人でした。
何かに付けて「良いよ〜♬」と弟が溺愛される家庭の中で、私は全て母の思い通りにしないといつも批判がついてきました。
親の突拍子もない言動や はちゃめちゃな現実に腹が立つし、悲しくなるし、狂いたくなります。だけど、
自信満々に生きている母親の気持ちを削ぐことはできず、自分を受け入れて貰うために精一杯努力しました。
そんな思春期、私は親の愛に気付くことはありませんでした。



見捨てられないように頑張った私ですが…私は母の所有物ではないし、母の元では 私は私で無くなると感じて、
一人で生きていけない私は与えられている環境の中で 親から距離を置くことを考えました。
独り住まいではなく結婚を選んだのでした。
夫は私を好きなように泳がせてくれますし、少なからず母より私の意思を尊重してくれました。
私は長い長〜い月日、親から距離を置いてきました。
頼りたい思いを振り切って生活したけれど、それでも大人にはなりきれていなかったんですよ〜。



Blogをはじめて17年、
傍目に自信満々に生きている母親の姿を見るのが嬉しい反面、
幼少期や思春期、そして、成人期、当時の言葉にならない苦痛と両親に求める激しい感情を 時折書いてきました。
私が母となり気づいたことがあります。
親子、兄妹、叔母と姪など、どちらの家庭にでもあるごくごく在り来たりな会話や振る舞いを見ているだけなのに何だか涙が出てきます。
そのような環境に浸り、嬉しいな。楽しいな。と、心が豊かになる自分を知りました。
家族だからこそ無条件で受け入れる深い絆があることを感じることが出来たのです。



それを経て、ようやくようやく
母から生まれ今の私があることに心から感謝できるようになりました。
一般に壮年期と言われる齢になってからのことです。



親の愛に振り回され傷付いているうちは、大人では無いと言うことです。
親の愛を気付かないうちは、感謝からほど遠い処を彷徨っている子どもだと言っても言い過ぎではありません。

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綱わたり

失敗しないことが保証されているとしたら、何に挑戦しますか ?



「とざい、とうざい。かるわざしのそうべえ、一世一代のかるわざでござあい。」
『じごくのそうべえ』のワンシーンです。
我が家の子ども達に大人気の絵本です。



失敗しないことが保証されているのなら、綱わたりをしてみたいです。
私の運動神経は怪しくなってしまって、体の柔軟性も乏しいので、そうべえさんのように身軽な動作で数々の曲芸を巧みに演じることは出来ないでしょうけれど、
落語風に関西弁で語りながら「そうれ。」と、渡り通してみたいです。



「こちらの松の枝から、むこうに見えまする酒蔵の屋根まで、見事 渡りおおせますれば、ごかっさいを〜〜〜。」



綱わたりの最中に綱から落ちてしまった軽業師のそうべえさん。
その失敗があったからこそ、その後の奇想天外で壮大なストーリーが有るんですけどね。

あとは読んでのお楽しみです。



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