画像が…😭

お気に入りの趣味や娯楽は何ですか ?

お気に入りの趣味と言えば、

Blogの投稿がそのうちの一つだったりするのですが、

たまに深刻な問題が発生します。

今回はこのBlogの画像がデカイ!

いつの間にか大きくなっています。

PC画面を見ていてかなりショックです。

意欲が削がれます。

センスの良い画像を撮る自信は有りませんが、技術が無い分、私なりにサイズを調整して載せていたのですけれど…。

画像…こんなに大きいサイズは好みではありません。

私のこだわりは…せめてPC画面で見た時、その画面の8分の1程度の画像範囲におさめたいのですけどね〜。

どうすれば良いのでしょう。

一つ一つ編集するのでしょうか?

手が空いたら、1記事ごと画像の修正(小さく)をしていこうと思います。

気が遠くなりそうですけど。

Blogの立ち上げやWindows LiveスペースからWord Pressへ移管、その間のシステムの変更など、色々と難関を突破してきました。そのパワーはいったい何処から沸き起こっていたのでしょうね。ミーハーだと思っていた自分は、ついに時代に置いてけぼりです😰

【後に追記】

※1.どうやらJetpackアプリで投稿した記事が、ドデカ画像になっているようです。

※2.一つ一つ修正を頑張りましたが、終わった後でシステムが改善されたようですよ。

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夫婦の距離

考え方を改めたテーマや課題は何ですか ?



還暦の私が、考えを改めたのは一昔前のこと。
それ以前の深刻な話しをしましょうね。



子育て期、夫の躾と称する暴力は激しかったのよ。
その暴力の原因は理想とする息子に育てることが出来ない私にあると思っていたわ。
私は深みにはまって、このうえもなく尊い命を奪い自らも断つと言う想いがよぎった事があるほど。
思いとどまるものの傷つく息子を案じ、いたたまれない想いを当初Blogに記したこともあるのよ。
「母さんについて来て!!」と、旗を翻しガイドさながら子ども達に決死の覚悟を発言したことがある。
またある時は、
「子ども達が巣立ったら私も巣立つよ。」と、記事内でこの家を出ることを宣言したこともあるよ。


子ども達ときたら、
「母さん、いよいよ更年期に入ったね。」
などと、私の言動は信用されず、頼りにもされず一時の感情に趣く人だと思っているじゃない💦。更年期の症状なんかじゃないわ!!私は正しいはずなのに…


父親に認めてもらわんばかりに子ども達の努力は涙ぐましいものだった。
「母さんは、父さんのフィールドで好きなことをしよったらえんよ。場外では生きて行けんよ。」
と、私は子ども達の反論であっさり撃沈し思いとどまった。

『妻の想いは重い』孤独を感じる日もあった。

『ピアッシング』おしゃれをしようと思って開けたのではないのよ。
自分の巣立ちを諦めた表明ね。


子ども達がそれぞれに巣立つとき どうしても渡らなければならない節目が有るようで、
私は弱虫だから 毎度泣かずには渡れない。


4人の子どもの巣立ちを感じたとき、後悔の涙ではなかったし、耐え抜いた証でもなかった。
その涙は、様々な想いが交差しているけれど、成し遂げた想いで満ち足りていたわ。
夫を責めている私の心の内は綺麗ではなくて…。
ふと、清く明るく美しく巣立つ子ども達に見合った自分で居たいと思ったのよ。
Blogに綴ることで想いを表現し気持ちを整え、自分を見つめることで心をおさめる術を模索しようと試みた。
Blog内で、もちろん豊かを装うつもりはないし、恵みを自慢するつもりもない。ただ変わりたいと思ったのよ。
夫婦の在り方は自分の想い一つで良くも悪くも変わるはず。


今は一昔、夫への感謝に変えてゆきたいと思ったのでした。


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ゆるゆるのボケボケ

コンピューターのない生活は、どのようになるでしょうか ?



①生産性が悪い。
②二酸化炭素の排出は減る。
③科学の発展は極端に遅くなる。
④医療水準が低下する。
⑤しようと思えばすることが沢山あり過ぎて暇はないのだけど生きることの意味を考える時間が増える。物事に感謝の念が湧く。
⑥遊び方を含めて生活の質や働き方が大きく変わる。
⑦毎日の食生活が質素になる。
⑧情報を得ることができず、子どもや老人、そして障害者を扶養することの難しさを感じることが多くなる。
⑨過去を忍ばずストレスや不憫さから脱却した者勝ち。
⑩相互扶助の精神に勤しんだり甘えたりゆるゆるボケボケの生き方がまかり通る。

etc…



今は、パーソナルコンピュータとスマートフォンを持っているのが当たり前になっていますよね。
人も機器もインターネットとの親和性が高いので、どこに居ても短時間で情報を得ることができます。



私が小学生…もう50年ほど前ですが、その頃は携帯電話もPCも普及されていなくて、環境も時の流れも人のコミュ力もゆるゆる…そして、ボケボケも許されるそんな時代でした。



どちらの時代も経験している私なので、投稿に応えるのはお手のものですが、
この半世紀で目覚ましく変わったなーって感慨にふけっていたら、あっという間に半日が経ちました。

うなずきオカン

生活において、どのような細部にもっと注意を払うことができますか ?



私は、子ども達の姿を見て同じように楽しかったり、嬉しかったり、悔しかったり、寂しかったりします。
いつも、何か手伝いたいし役に立ちたいと思っています。



そんなお節介でこざかしい私は、細心の注意をはらって、意識をしなけらばならないことが有ります。
要らぬことは言わぬこと!
家族にたゆまなく心を掛けていく思いに蓋はできませんが距離感が大切です。



特に育児奮闘中のママさんにはつなぎ言葉(最後の言葉を繰り返しながら話をつなぐ 技)に徹することと肝に銘じています。
自称、子育て寄り添い人と言うのなら尚更です。



私の子ども達は、実に正直に話をしてくれます。
聞きながら…
私にできることは無いかしら?
と、あれこれ思いを巡らすけれど、
私は黙って〇〇ポロビール🍺ならぬ うなずきオカン(燗酒)🍶に徹します。



実のところ子どもの精神の働きは私以上に優れています。
私の偏った経験や私の小さな世界で解決を考えないほうが良い流れとなるように思います。
不安や正論を大義名分とせず、子ども達の頑張りをただただ見守って行きたいと思います。



それぞれの問題は、必要だから起こること!
それぞれの環境や社会が教えてくれることでしょう。



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ママは繊細

明日の最優先事項は何ですか ?



明日の最優先事項は、ゆとりを持って孫を幼稚園へ送り出すことです。



里帰り出産の為に長女と3歳孫ガールが帰省しています。
今日は、広域保育で申し込んだ幼稚園の初日でした。



ママは園で別れた時もお迎え時もつーちゃん(孫)が緊張している様子に敏感になっています。



園から帰ってきたので「どうだった?」「今日は何したの?」と尋ねると「わかんない」って孫は言いました。
すかさず、具体的な質問をするようにママから注意を受けたので、「砂遊びした?」と尋ねると「うん」と答えが返ってきました。
そうよね〜。「どうだった?」「何したの?」という抽象的な質問には「わかんない」って言いますよね〜。
孫は“できなかった”と否定的に捉えているわけではないし、“わかんない”は悪いことではないわね。
ママの言う通り…
初日だもの!自分のしたい遊びを見つけたり、自分の思いを表現することがまだ出来ないよね。
人や場所に慣れていないので、自発的な言動が出来ないことは当然なことだと思います。



ママは娘(つーちゃん)のことにおいては兎に角繊細です。
ママからその後も助言が入りました。
「ばぁーばも気になるだろうけど、つーちゃんはママから聞かれる一度だけで十分だと思うから、明日からはあまり質問攻めにしないで🤫。」
と。
長女は細心の注意を払って子どもを大切に育てています。
私は、長女が得心するように「はい!」と、反省しております。



明日は、次女(孫からすれば叔母)が出勤前に孫を幼稚園へ送ります。
私は、朝7時30分までに準備を済ませて送り出すことに専念します。
夫の弁当作りもありますから、5:30に起床です。


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