気がつくと虫の声

残暑お見舞い申し上げます。

朝夕は幾分しのぎやすくなりました。
まだ明けやらぬ内から、ひぐらしの鳴声が聞こえます。

 

お盆です。
昨日は、家族でお墓参りに行きました。日中のニィーニィー蝉の鳴声の凄いこと! まぁーこんなに蝉が居るもんだぁーと感心させられます。
ところが家族が寝静まった深夜は田んぼの中からカエルの声と共に、涼やかで小さな虫の声が聞こえてきました。 気がつくと、もう、虫の声なのです。
そして、夜空の星も、夏ではありませんね。
なんだかだといっても、季節は移り変っています。

北京でオリンピックが行なわれています。
敗退の選手の表情を観て苦しくもなりましたが、君が代を聞けば聞くほど、日本が好き!って気持ちが明らかになって希望が湧きます。
アテネの時は「気持ちいい。超~気持ちイィ!」と、意気揚々の北島康介さんが、今回の北京では「なぁんにも、言えねぇ・・・」と、涙ぐんでいました。
勝利の思いが深ければ深く、競技への思いが熱ければ熱く・・・、順風満帆な4年の歳月だったのでしょうか?彼の葛藤と努力と成長を垣間見たような気がしました。君が代を聞きながら、私もほろりとなりました。

今朝、“ まるさんの心日和 ” が、なんだかだといって、丸2年となりました。
私の成長は? 全くまだまだだなぁー。

バラ
(23700 のカウントです。お立ち寄りありがとうございます。)
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蝶
虫の音が聴こえます
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中国国内ともに、色々問題を抱えて複雑な世界がみえますね。これから、もっともっと現状が見えてくるのでしょうか。

☆~

「頑固じじぃは・・・」

様態が急変し、再三、救急車で病院へ駆けつけていた義父ですが、ようやく10日、気管支が細くなっている為の呼吸困難だと、正しく診察を受けることができました。

現在、ICUに入って適切な治療を受けています。

昨夜母は、父の居ないベットに向かって吸引機を片手に何度も立ち上がったそうです。

「習慣?トラウマ?あらまー!」と、私は明るく交わしました。

今の生活範囲内だと、なかなか明るい方へ楽しい方へ・・・は難しい環境です。

外へ出ないと介護から完全に切り離した時間は作れません。

 

今日は、義母を連れ出しました。

母の要望もあって社会保険事務所へ訪ね、その帰り道、ピノキオという喫茶店へ行きました。

これまでの苦労を数々聞きました。

父は、特に母にわがままを言うようです。

「 頑固じじぃは・・・ 」 ゴロゴロ痰が絡んでいるのに、貝のように口をつむって吸引をさせてくれなかったり、

おへそから出ている、栄養を流す管を 右手でバイバイとできる唯一の動作で、抜こうとしたりするそうです。

頑固じじいは・・・ とさらりと言って、誰かに話す、、、それが唯一の笑い話なんて、寂しいですけれど・・・。

母は、「 頑固おやじ(*^。^*)、頑固じじい(*`θ´*) 」 と言わなきゃ、やってられなくなったようです。

わがままを言う患者を腹立たしく思う母の気持ちが痛いほど分かります。

少しでも忘れて欲しかったのですが、仕方ない。

その後、母の取り越し苦労のような今後の身の置き方などを聞き・・・母の不安を取り除くすべも無く

二人のんびり、「 頑固じじい 」 と 「 頑固おやじ 」 などと言い合って、明るくお喋りをして帰りました。

その時間、ちょっぴり若返った母を見ました。 

食事

あらためて

ラブラブ
親が子供に最後に教えることは、自分の身をもっての「人間の死」と。今夜、Blogの友から教えていただきました。

心が引き締まりますね。

子供達は私の姿をみて何を学ぶというの?全く自信無いしぃ~~~。

私はどんな死に方をするのでしょう。

「良い人生だった。」

そうつぶやきたいですね。

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私がBlogを始めた一つの理由は、子供達に思いを残す為でした。

数年後は、子供達の銘々の進路で家系が火の車となるだろうから、日中の仕事+新聞配達をしようと心に決めていたからでした。

ところが先日、それを聞きつけた実母が、哀願するかのように、「それだけはやめて頂戴!」と、泣いて泣いて・・・・・。

母は、私が新聞配達をしていた10数年、ゆっくり夜を過ごしたことが無く、ぐっすり眠れなかったそうです。

雨が降っては冷たくなり、風が吹き込んでは重くなり、雷が鳴ってはドキッとし、雪が積もってはハラハラし、身も心も擦り減ったと言います。

案じてくれてたんですね~。

母にとって私が経験した新聞配達中の交通事故は、死と背中合わせの職だと意識づけしてしまったようです。

私は、なんて親不孝者なのでしょうね。

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6年前、長年の睡眠不足で、私の心は疲れていました。

夫の何気ない言葉にいつも寂しさを感じてしまい、暖かいものを願い過ぎていました。

そんな生きる気力が萎えていた頃、夜が次第に明けてゆく5時、私は新聞配達中交通事故に遭いました。

あと一部で配り終えるという瞬間、自転車とトラックの衝突事故でした。

私は左足首骨折と腰椎捻挫、全身打撲という軽傷で命を取り留めました。

3ヶ月の入院中、家事の負担は13歳の長女にどっぷりと のしかかり、家族は生活リズムが掴めなくて、皆、爆発寸前だったといいます。

私は、家庭の一切合財は、やはり私がいなきゃダメね!とリハビリに専念しました。

スラックスではなく、白いフレアースカートを着て退院することを目標に!

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今春は、長くは無理ですけど、ようやくハイヒールが履ける様になりました。

今、生きていることを感謝して、自分から変わることを学び、素敵な空間をたくさん見つけました。

そうですね~。さらに今後を見直すと……

「可愛いおばあちゃんになりましょう。」

今じゃないのよ! いずれ。いずれね♪

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なんて美しい処でしょう。

北京のオリンピックをが開催されました。
参加国は204カ国だそうです。
国力を感じる国から、国民数最少の国?、私の知らない…まだ見たことの無い国ばかり・・・。
その中には、
「なんて美しい処でしょう。」と、賛嘆してやまない国が多くあるのでしょうね。
 

「初恋のきた道」の監督チャンイーモさんは、素晴らしい開会式を演出しましたね。
私は、開会式を見入っていたはず?でしたが、午後10時ごろに眠ってしまいました。
最後まで見たかったのに・・・。

 
式を見ながら「初恋のきた道」の場面を思い出していました。
季節の移り変わりが目にしみる。観ているこちらが心洗われるような映画でした。
気持ちが暖まるような初恋。それでいて、心の芯から引き締まるエピソード。
それらが気持ちよく心に響いてきたのでした。
「なんて美しい処でしょう。」って・・・。
あーあ、心地よく寝入ってしまったわ。
 
 

介護

8月7日立秋の夜中3時、私の訪問で義母はやっと安心したようで、手のしびれが和らぎ、義父の痰取りが難なくはかどりました。

鼻の穴を何度も引いたり押したり、いったりきたりするその長い管から、勢い良く痰が出てきました。

「 釣れた!釣れた!大漁じゃ!」

と 沢山の痰を見て陽気に喜ぶ母の姿が、何とも悲しく映りました。

父がびっくりしないように一緒にクスクスクックッと大笑いしたけれど・・・。

介護は期限が見えず、症状の変化にびっくりしながらの日々です。

この1ヶ月の父は、様態が急変することが多く、再三、救急車で病院へ駆けつけています。

ですが、理由がわからず、お騒がせマンと異名をとり診察後に即、帰宅しています。

夜