
母方の従兄弟と時間を合わせて、弟と母と伴に4人で先祖を祀ってきました。
3か所お墓参りをしてそれぞれの仏壇に手を合わせてきました。
その内の1軒は母が随分甘えて頼っていた甥(私の従兄弟)の初盆で親族は法要や会食を済ませたタイミングを望まれたので、儀式の名残りを感じる仏前を参りました。
故人が如何に優しい人だったか⋯そんな思い出話が次々と溢れてきて時間が経つのがあっという間でした。
3軒目は母の実家です。
母の生まれた家は20数年前から私の従兄弟の代になっていますが、私より数歳年上のお嫁さんが爽やかで人当たりの良い方なので毎年感じよく出迎えてくれます。
88歳の母が満足する情報が盛り沢山で「あらま〜」と偲ぶ話が続きましたが、母の生きる活力になったでしょうか。
実は、始めの1軒目は訪問日を伝えていたにもかかわらず文に表すことを拒みたくなるような状態でした。
枯れた花芝と雑草が目立つ墓前と敷き詰めた布団で仏前に辿り着くまで時間が掛かるところでした。
「大丈夫ですか?ご家族の皆様ご健康ですか?この暑さだから日々の生活がままなりませんね。」
と、尋ね訪ね頭を下げ下げ気疲れする先祖参りとなりました。
先祖を祀ることは単なる儀式ではなく もっと深い意味を持つ行為であることを認識した1日でした。
子孫としての責任やご先祖様への感謝の気持ち、そして、我が振り直せ!と自らの成長を促すことを感じたお参りとなりました。
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