移り変わり

早朝、ひんやりした風が窓から入り、足元にあった掛け布団を手繰り寄せながら目覚めました。

まず始めに濡れ縁に出て洗濯物を干しました。

真夏のような一日になるなんて想像もつかないほど心地よい風!

垣生山に靄がかかっています。

家からの眺めをデジカメに収めました。

景観がちょっと変わりました

このBlogのトレードマーク?(笑)と思うほど何度も出てきた垣生山ですが、

寂しいことに、絵になりません。

ちょっと景観が変わりました。

そう、レ○パレス21が建ったのです。

レ○パレス21が建つんだって

稲刈りの後、農道が騒がしくなり、大きい重機が行き交う日々が数ヶ月続き、

あっという間にレ○パレス21が建ちました。

撮り溜めた過去の画像から梅雨時ならではの一枚を探しました。

「逆さ富士」には敵いませんが、以前は、「さかさ垣生山」が見えたのです・・・。

田んぼに写る垣生山は素敵でしょう。

季節も、景観も、移り変っておりますねぇ。

入梅

以前の景観

そうそう、20数年ぶりの吉報です。♪

母の話によると阿島の谷沿いの川に蛍が飛びはじめました。

ゴルフ場の件や台風の被害などもあり、つややかな地も今後どのように変わるのかと案じておりました。

大変嬉しいことです。

静かでつややかなこの地ですが

霧の中にたたずむ山の美しさにハッとさせられます。

緑がきれいです。

雨の中、そよぐ風、なびく苗。。。

なかなか他に見ることのない 静かでつややかな地です。

ここに育ってよかったと思います。

この地に立ち、父や母、祖父や祖母、そして、この風土にも感謝する気持ちがわき上がってきました。

阿島

阿島

この地は、2004年夏、台風襲来により大きな被害を受けました。

斜面災害や土石流災害でした。

採石場の土が流れ込み、実家はもちろんのこと、この辺一体はドロの地となりました。

二度の被災で呆然と立ち竦む父を 母は果敢にも触発し、誘導し、

「私達の家は、自分達の力で!!!」

と、実家の床下のドロ除き作業を二人で頑張りとおしました。それも一週間で!!

食べ物や飲み水が不十分な中、70歳を越す身体には堪える作業だったことでしょう。

その後、二人の作業は続き、泥を振るいに掛けて玉砂利の庭を蘇らせるまで3ヶ月を要しました。

実家の庭

庭

庭

父と母は、いつに変わらぬ陽気さ呑気さを保っていました。不幸に襲われたことをいつまでも嘆いて時間を無駄にしませんでした。

どんな環境にあろうと 生きる術を見出すその姿から、ひたむきに生きようとする母の強さを感じました。

自分をこの世に産んでくれ、大きな愛で包んでくれる私の母は、強くて美しいとあらためて思いました。

親から子へ受け継がれてゆくもの・・・。それは、家屋や宝飾ばかりではありませんね。

母の未来を切り拓く力とでも言うのでしょうか?その活力を家族に伝えていけたらと思います。

自分より才能がある母に 全てにおいて敵いませんが、

私の中にも、ひたむきな部分があるはず と、信じて・・・。バラ

生き方、死に方

 

定年退職後の趣味をたしなんでいる奥さまが、毎回窓口に来られお話をして帰られる。

内容は子育てが一件落着するまでの事柄、

夫婦退職後の付き合い方、

遠方に居る母親の病気のこと、

介護は姉妹の協力や理解が大切であること、

医療施設と介護施設の違い、病院の状態のこと

と、

これまでに時を経て自分の生き方死に方の話になっていった。

 

医者任せにしていたら、胃瘻(いろう)による在宅での介護になるところを

今回の帰省で、姉妹が食事の世話をして、なんとかそれを阻止できた。

とのことだった。

母親の快復を願って子供達が協力しあう様子を感じた。

親の弱っていく姿を認めたくない奥さまの気持ちを察するが

今後、頻繁に肺炎を起こすと、奥さまのお母様も胃瘻になるだろうと思う。

 

介護施設では、落ち着いて介護が出来る状態を望むだろうし、

病院は病気を治療するために入院させて延命治療を行う。

家族が納得する治療であれば問題は無いが、断り続けたらどうなるのだろう。

快方に向かえば良いけれど・・・。

 

義父の闘病生活を思い出す。

私は、義父が胃瘻の状態になっても会いに行くのは楽しみだった。

義父の笑顔に触れ、話が通じる度に安堵したものだった。

介護をしてくれる義母のお陰だった。

義母の心情は、その限りではない様に思えたが・・・。

 

私は時がくれば「無理やり生かしてくれなくていいよ。」と、子供達に言うだろう。

直前まで楽しい話を聴き、そして、気の利く話が出来て、静かに夢の国へ行けるものなら良いのにな。

バラ

おとうと

「家族という厄介な…でも、切っても切れない絆の物語」と、予告にふれるたび関心が募っていた。
山田洋二監督の映画 『 おとうと 』 を観て来た。
前評判通りの良い映画だった。

「お母さん、お世話になりました。」と 始めの結婚式の控え室の場面から涙が出てきた。

吟子(吉永小百合さま)は、夫を早くに亡くし、女手ひとつで娘の小春(蒼井優さん)を育てていた。

エリート医師との結婚が決まった小春の結婚式に吟子の弟・鉄郎(笑福亭鶴瓶さん)が突然現れ、泥酔して披露宴を台無しにしてしまう。

鶴瓶さんがマイクを独占して「王将」を歌ったあげく大暴れするこの場面では、場内で笑い声がわいた。

ところがこんな笑いの一場面でさえ私には切なくて悲しくて…右手には絶えずハンカチを握っての鑑賞だった。

親子、兄妹、叔父と姪など、どちらの家庭にでもある話だ。ごくごく在り来たりな会話や振る舞いを見ているだけなのに何だか涙が出てくる。

バツイチになった小春が幼なじみで大工の亨(加瀬亮さん)と再婚する話に至る頃には1枚のハンカチがしっかり湿ってボロボロになってしまった。

「バツイチになったことは君の人格にはなんも関係ないじゃないか。俺はそんなこと一度だって気にしたことないぞ。」と、亨の言葉。

亨は男らしく、裏表の無いまっすぐな気持ちをもっている人だ。

私の娘も小春の幸せを願っている様子、というより念じているかのようにハンカチをしっかり握っていた。

喧嘩したり許したりを繰り返す家族にいつかは必ず訪れる最期の別れ。

人は家族を看取るために生きなければならないんだね。その時「お疲れさま」って言えるかな。

突拍子もない言動や はちゃめちゃな現実の中で、家族だからこそ腹が立つし、家族だからこそ無条件で受け入れる深い絆があるんだなってことを感じた。

……………

私にもたった一人の弟がいる。優秀で、可愛くて、幼少の頃から一身に親の愛を引き寄せる弟だった。

4歳年上の姉である私は、愛おしいほど可愛い彼に心無いことを言った事がある。

「あなたの存在がねたましい。この世に居なかったら良いのに!」と、

その言葉が仇となって弟の人生を狂わしはしなかっただろうか?悔やんでも悔やみきれない。

あれほど優秀で模範的だった弟の歯車が少しずれて幸せから縁遠く見えるたび何度も心の中で詫びてきた。

姉ちゃんを許してください。。。

……………

年明けからあれやこれやと慌しくてなかなか映画館に行けなかった。

3月19日までの上映と気づき朝9時20分滑り込みセーフで、一日一本のこの一番を娘と共に観ることができた。

一見に値する映画であったことを付記しておこう。

~ ☆ 

山の精霊・・・

2010年 元旦

石鎚の麓から空を見ると雲一つ無い快晴で、満月が輝いていた。

真夜中にT氏家族と合流し林道をくねくね走った。

除夜の鐘をついた子ども達は車の中でお休みだった。

助手席に座る私は、

「今年は、例の場所でご来光を拝むことができるかしら。」

と期待しつつ、山に浮かぶ満月に見惚れていた。

月に照らされた木々は静かだった。

「山の精霊が手招きをしているみたい。」

と言ったら、夫はハンと鼻で笑うだろうな・・・ 🤔

ロープウェイ乗り場の駐車場は例年より空きが目だった。

所々凍っている乗り場までの坂を 寒さに耐えながらゆっくり歩いた。

明けはじめた頃、石鎚登山ロープウェイを下車して成就駅に降り立つと 辺りは一面真っ白だった。

雪のちらつく中、出会う人みなに

「おめでとうございま~す。😉😆😃」

と、新年のご挨拶をしながら 山道をザックザックと登った。

成就社の手前に、この土地で一番早く初日の出を拝む絶景の場所がある。

7時、、、その場所に立ち数分待ったが雲が切れることは無かった。

残念。。。初日の出を観ること叶わなかった。

石鎚神社の中宮 成就社で初詣をした。

その隣にある山小屋で夫婦2組と子供たち6人が賑やかな新年会をして山を下りた。

石鎚の麓では、朝日が眩しかった。

LOVE

ピース

皆で

成就社までの雪道

成就社までの道

LOVE

LOVE