メロンと瓜

今までで一番おいしかったものは何ですか ?



美味しいものは数知れず食べています。
その中でも意表を突いた食べ物と言えば…メロンです。



小学低学年の時(50年前)、友人の誕生会に招かれて食べたメロンがとっても美味しかった~♫
今となっては品種は分かりませんが、網目の入ったメロンでした。



高校生になり久しぶりに再会し、転校で疎遠になっていたその友人から懐かしみつつ見せられたモノクロ写真には、恥ずかしい私が写っていました。
甘さと瑞々しさに酔いしれて、果汁がほっぺに飛び散りながらむさぼるように食べている姿でした。
かつて極上のメロンに出逢った瞬間です。



今は品種が多くなり、色々な瓜やメロンを楽しむことができますね。
でも、やっぱりあの時のメロンが一番おいしかった〜〜〜♫



更に幼少期の思い出♡をひとつ。
あ~ぁ、騙されていたんですねぇ~。
「メロンだよ〜」と食べていたメロンは、白くてサッパリして瑞々しい食感でした。
おそらくそれはマクワウリ、単なる瓜だったのですね〜。
その瓜なら、当時 結構身近な食べ物になっていましたよ。(笑)
父の郷里へ遊びに行くと畑から瓜を取ってきて食べていました。
自宅へ戻っても、しばらく瓜が食卓に並びます。
その瓜は「メロン」と聞かされていて信じて疑いませんでした。



実は今、豪華な料理のおともに欲しくなるのは、マクワウリです。

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想像の世界は美しい

人生においてスピリチュアルはどのくらい重要ですか ?


  
スピリチュアルって意味が今ひとつ分からないのだけど、取り違えていたら申し訳ありません。
私の想いを書き添えます。



現実は重要です。
ただ、ポジティブな感情にアンテナを張ると想像の世界は美しいものです。



現状に捉われないその向こうに、幸せや豊かさのキッカケがあると思っています。
目に見えるものは大切だけれど、目に見えないその奥に未来を創り出す力が有ると信じています。



スピリチュアルはどのくらい重要か?
私は重要と言うよりも…
心に現れるモノ( ポジティブ感情 )を信じたほうが豊かに楽しく過ごせます。

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自己管理の策は?

どのようにセルフケアを実践していますか ?



心の余裕も金銭的な余裕も無い時って、
自虐的になりそうで…、理想とする自分を演じ続けるほか有りません。



物理的な余裕と心の余裕は大切ですよ~。
その余裕は何から得られるかって?それは、空間かな〜〜〜。
日常生活で一人になれる空間ができることで不思議と心の余裕ができるようになります。
今までは存在しなかった余白ができることで、平常心を保つことができるものなんですよ。



私の場合はささやかですが、食卓が整ってホッとひと息付く時と新聞配達完配の防波堤に立つ行為でした。
その小さな小さな積み重ねで自分で自分の機嫌を取り、自分を愛したり大切にする思いを蘇らせました。



実はね。
そう言うワタクシ「自己管理」下手くそでしたね〜。



私は子育てに追われていた頃、我慢に我慢を重ねた挙げ句、
「ウワ💥ーーーーーー💦」
っと大声を上げて、たまに発狂していました。
抑圧された感情の放ち方が爆発的です。



私に与えられている時間は限られていて
睡眠時間を削り、自分のための時間など全く有りませんでした。
日常は時間に追われ、金銭的にギリギリの生活、そのような時、
要は、自分の心持ち次第なんです。



仕事、コト、こと
家事、ジャン、じゃん



そんな戯言を言いながら、日々フル回転していました。
一見、平然としている私がいつ機嫌をそこねるのか皆目検討が付かず、
娘たちは怖かったと言います。



家族への思いを優しく表現したいし、好きな自分の姿に少しでも近づこうと…
明確にイメージをするのですが、
堂々巡りで悪循環に嵌りそうでした。
その鬱積した思いを吐き出すことが、ウワー○o。.だったのでしょうね。
見ている家族は大迷惑だったことでしょう。
吐き出しても、偶然的に余裕が生まれるなんてことは無いのにね。



物理的余裕の無い時こそ自己を律しながら、生活の余白もしくは空間づくりに努めましょう!と、締め括りたいところですが、
時間に追われている皆様♡
少しの時間を見つけて立ち止まり、
ただひたすら冷静になることです。



こんな私が言えた義理では無いのですが、世の中の酸いも甘いも嚙み分けた?噛み分けつつある今だから言えるのですが…。



ついつい悲観したり物事を悪いほうに考えてしまいがちです。しかし、
自分を不幸にすることに 一秒たりとも自分の頭を使ってはいけません。



まだ起こっていないことで苦しまないことです。
苦しみの原因は現実世界にあるのではなく、心の中にあるのですから。



とね。



未だに…自分を労る時間を取ることは未熟で、唯一の空間と策は、アクビをしながら気分転換をはかることです。

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母の愛を求めて

日々、最も時間を浪費するのはどのような場合ですか ?



母の愛を求めて彷徨っている時。最も浅はかな時間だと思います。



すでに愛を受けているって言うのにね。



許せない相手を反面教師にしたとしても、間違った道を進みかねません。



どんなに上手に恨みつらみの心持ちを隠し通しても、自分に跳ね返って来ます。



大事な人との時間を大事にしていても、親への感謝が無ければ、その大事な時間から幸せは生み出されません。



自分が、遠廻りをしていたことに気づくことが大事です。



かなりの浪費だったと腑に落ちます。
すると、その時から始まります。



浪費にしてはならないと。自分の心を成長させる為にその時間はあったのだと。
求めるばかりでなく心を掛ける大切さに気づくのです。



浅はかな私。
コスモスが揺れています

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