薄紫の花

小さな庭に薄紫の花が咲きました。

ムラサキクンシラン

ムラサキクンシラン

庭に植えっぱなしでもよく育ちます。

いくつかの花が放射状につき、全体が球形に見えます。

塀からひょっこり顔を出した様子は、私の帰りを待っててくれたの?

と思ったりして・・・、笑みが浮かびます。

大切な花です。

懐かしい人を思い出す花でもあります。

お帰りなさい。と出迎えてくれます。

子育てに追われていた頃、

「孫がお世話になりよります。よいよ、申し訳ない。」

と、老婆がこの花の株を持ってきてくれました。

その孫とは、ひろみ氏のこと・・・

風貌は、ガタイが良く強面(コワオモテ)。内面は照れ屋でとても一途。

「おるか!」

と大きい声で、不意に現れ続け、招かざる客から必然的に招き客となった憎めないおっちゃんです。

ソフトボールチームのピッチャーであり、夫の呑み友達でした。

毎晩、我が家に出向いてくれるので、子供たちとも仲良しでした。

彼は、4人の子供たちの小便のお漏らしを各時期 目撃しています。

花の名前はわかりませんが、鳥端を散歩すると同じ花をよく見受けます。

ひろみ氏のおばあちゃんが、ここにも、あそこにも・・・

孫への思いが、こちらにも、あちらにも・・・

と、思ってしまいます。

ひろみ氏の訃報は、私の誕生日でした。彼が亡くなって何年になるかな?10年過ぎたかしら?

数ヶ月の闘病中に入院先から何度か電話を受けました。

亡くなる二日前のこと。

むせび泣く電話を貰って、、、気づいたのです。

彼は毎夜遊びに来てくれることで、夫をリビングに座らせて私の家庭を守ってくれていたのです。

彼の言葉を超えた言い尽くせない優しさと「生きたい」思いを感じ、私は肩を震わせて泣きました。

私は初めて、人の苦しみや悲しみを自分のことよりも深く感じました。

アガパンサス

ムラサキクンシラン

(おかげ様で、この花の名前がようやくわかりました。アガパンサス。和名:ムラサキクンシランです。)

松山へ

日帰りで、娘のところへ扇風機とイ草のゴザを届けました。

中耳炎になっているというので心配になり駆けつけたのですが、友人と映画を観てランチをして、夕刻の帰宅だそうで・・・娘に会えませんでした。

夕飯には、ガーリックライスやかぼちゃのキッシュを娘に♪という母のサプライズを喜ぶ様子ではありませんでした。

帰りは、旅気分で、日本最古の名湯 道後温泉へ行って来ました。

400円(入浴料金)+400円(休憩とお茶代)=800円

これにもう250円プラスすると坊ちゃんの部屋へ通されて抹茶のおもてなしがあるそうです。

外国人が大勢入浴していました。

湯舟の壁に注意書きがありました。「観光客を優先にして下さい」という一文です。

50km内から来た私は、観光客とはいえないですよね。ちょっと、遠慮がちに入浴しました。

松山城へ向かう坊ちゃん列車を見ました。300円の乗車料だそうです。

煙突はありますが、煙を出さずディーゼルで動いています。

許されている時間は残り僅かなので松山城へは行けませんでしたが、次回は是非、松山城へ。。。

松山城は街の中心に位置しています。

標高132mの山というより丘という表現が正しいでしょうか、そこに建てられていて東西南北が一望できます。

天守閣から四方八方が見渡せる街はさぞ絶景でしょう。

娘の友人は、空き時間を見つけては週に何度も松山城をジョキングしているそうです。

庭のように走りこなすなんて、なんと、風靡。なんと贅沢!!

昨年の11月、NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」を見ました。開国明治時代の松山が多く語られていました。

今年もその続きを見逃す訳にはゆきませんね。秋が楽しみです。

人口51万人のこの街は坊ちゃんとマドンナスタイルを随所にみうけ、街を上げての招致活動が窺えます。

気持ちの良い街です。

なるほど・・・娘が新居浜へ帰って来ないはずですね。

虹

娘への想い

「娘に、彼氏はおらん。」

と言い切る夫は、娘の彼氏の存在を見事に消しています。

私が彼氏さんの話を始めると

「しつこいぞ。わしゃ知らん。そんなもん見た事が無い。聞いたことが無い。知らんものをさも知ってるかのように認めるな。」

と言います。

娘のお惚気話は、半年前からはじまっています。

その談話を聞かされている兄弟姉妹が、家族団欒の折に内緒に出来るわけも無く・・・。

数々のエピソードが私に知れているように、夫の耳にも届いているはずです。

ところが、こども達が話す娘の彼氏の存在は、都合よくポッカリ抜け落ちているようです。話に横槍を入れることもなく毅然と振る舞い知らぬ振りです。

こんなに器用だったかしら?

🙄

「(娘を松山から)新居浜に連れて帰る。帰るぞ!」

と言い切る夫の言葉で、空模様のように張りの無いぼやーっとした日々に 光が射しました。

願っても無いことが起こりました。

「新居浜に生まれ育ったからには、新居浜に貢献するのはあたりまえじゃ。」

と言う父親の説得を ようやく、娘は受け入れたのでした。

この春、松山の地で娘の社会生活が始まったばかりですが、

来春に備えて、松山で勤めながら新居浜での再就職活動をすることになりました。

明るく 元気に 根気よく、与えられた環境の中で慎ましく頑張って欲しいと願っております。

が、

正直、、、母として娘にまだまだ教えたいことがありますし、まだまだ手元で育って欲しいとも思います。

娘の道は?娘のために良いことは?

😔

明日、松山へ行って、娘と話をするつもりです。もう一度ゆっくり。

親の想いが重くありませんか?

ポテトサラダと肉じゃが、そして、くるみ入りケーキを作りました。

娘の喜ぶ顔が目に浮かびます。

コーヒー

親の想いが重い

私が二十歳の頃を思い出します。

私は与えられている環境の中で 楽しく生活をする方法を考えるしかありませんでした。

「良い子ねぇ。」

と言われながら、親元から離れたくて家を出たくてもそれが叶わなくて、その気持ちを抑えるのが大変でした。

全て母の思い通りにしないといつも批判がついてきました。

母の元にいると、私は私で無くなると思っていました。

そのお陰でしょうか?(笑

結婚後、どんなに辛い事があっても食事のお誘い以外に実家へ帰った事がありません。

私は実家へ戻る事だけはしたくありませんでした。

完璧で倹約な母親の姿は、その当時の私には重い存在でした。

子どもたち 親の想いが重くないですか?

移り変わり

早朝、ひんやりした風が窓から入り、足元にあった掛け布団を手繰り寄せながら目覚めました。

まず始めに濡れ縁に出て洗濯物を干しました。

真夏のような一日になるなんて想像もつかないほど心地よい風!

垣生山に靄がかかっています。

家からの眺めをデジカメに収めました。

景観がちょっと変わりました

このBlogのトレードマーク?(笑)と思うほど何度も出てきた垣生山ですが、

寂しいことに、絵になりません。

ちょっと景観が変わりました。

そう、レ○パレス21が建ったのです。

レ○パレス21が建つんだって

稲刈りの後、農道が騒がしくなり、大きい重機が行き交う日々が数ヶ月続き、

あっという間にレ○パレス21が建ちました。

撮り溜めた過去の画像から梅雨時ならではの一枚を探しました。

「逆さ富士」には敵いませんが、以前は、「さかさ垣生山」が見えたのです・・・。

田んぼに写る垣生山は素敵でしょう。

季節も、景観も、移り変っておりますねぇ。

入梅

以前の景観

そうそう、20数年ぶりの吉報です。♪

母の話によると阿島の谷沿いの川に蛍が飛びはじめました。

ゴルフ場の件や台風の被害などもあり、つややかな地も今後どのように変わるのかと案じておりました。

大変嬉しいことです。