近頃の夫の不機嫌さと 夫の不安は最大でした。
半年前から予期せぬ方向に走っている現状に夫は苛立ち、八方塞がりで困惑しているようでした。
私が作り上げた理想の聖人君子とは程遠く、仕事・プライベート両面でほころびが生じていることを感じていました。
10月の三連休二日目、夫はやおら腰をおろして3つの悩みを打ち明けてくれました。
「ようやく話す気になったのね」と思いながら、
私は解決の糸口が見つかることを願って、望むがままお茶を淹れ頷きながら話を聞いていました。
一番に仕事の面で夫の尊厳は傷ついていました。
仕事の段取りや技術面では誰にも負けない自信がありました。経験が豊富で必要な部材を的確に示すのでロスは少なくお得意先からは重宝されていたはずです。
ですが方向性の違いで取引停止の危機を抱えていました。
感謝の気持ちが有れば苛立ちを寝かせ謝罪ができるはずです。
「遅くはないわ。謝りましょう」と、勧めますが、
「ワシは悪くない!」
モラルハラスメント研修を受ける機会が無かった昭和オヤジのアガキは、勝手な言い分ばかり…。
視点を変えて、「お父さんの腕を求める人は必ず居るから来春の契約終了は大した痛手では無い。」と話し掛けますが、
それは本人が一番理解していて「当たり前じゃ!」と。
悩みはそこではなく、兎に角職人としてのプライドが傷付き怒っていました。
何故?信頼が崩れはじめたのでしょうか?いったい何処で方向を誤ったと言うのでしょうか?
夫は腕一つで確実に積み上げてきました。その努力を知っている私には、お得意先が出した答えの理由が追いつきません。
二番目に見捨てられる不安を抱えていました。
「後輩が内縁の妻にあしげく貢いでいるが、ありゃ〜、連れ子が成人したら見捨てられるのは とのこと承知じゃ。気の毒でならん。オマエはどう思うぞ?」と夫。
「愛の深さは傍目にはわかりませんよ」と私。
三番目、仲間が賛同しない煩わしさを嘆き意地になりプライドが深く傷付いているようでした。
「お世話になっている11歳年下のネーヤンの誕生月は9月じゃ。しかし、同じ世話になっている同士じゃのにAは今年から誕生会をセン言よる。他のモンも参加せん言い出した。遅くなったがワシは誕生会をするぞ。ネーヤンの孫の誕生も重ねて祝うのでネーム入りのよだれかけを作ってくれ。祭の前日に是非ともそれを贈りたい。」と言います。
私はその女性が皆んなのマスコットガール的な存在であって、夫の気持ちが楽になるのなら唯一私にできることと思い快諾したのでした。
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PS:(のちに追記)
私の目線は断片的で偏向的かもしれないので夫の死へのプロセスを裁定することははばかりますが、あえて追記します。
葬儀3日後、お供え花や弔電、そして、これまでの感謝を込めてお得意先へご挨拶をした折に担当者へ契約満了の理由を尋ねました。渋りながら話してくださった内容も書き添えます。
「なめとんか?」と、新人営業マンへの暴言が激しかったこと、次に、二泊三日の現場の宿泊施設に女性と同伴していたこと、更に、夫が次なる事業を始めたらしく若手職人に斡旋する内容は理念や方向性と異なりモラルの違いが往々にしてあったことが理由でした。
安全に指揮を高めたい現場にまで女性?
次なる事業?私は寝耳に水です。
夫から制作を受けた翌日、仕上がったばかりのベビースタイを夫に渡した時、相変わらずありがとうとも言わず「よし!」と頷いて何かしら覚悟を決めスッキリとした顔立ちでした。私はこの夫の様子に未だに違和感を感じています。
覚悟…自分の進む道を選んだかのような表情です。
この半年、良い香りとスベスベの肌で帰宅してまるで気絶するかのように寝床へ滑り込むことが多くなっていました。
最近の頻度は目に見えて異常で、亡くなる当日も4日前と同じ残り香を放ちながらトロ~リ心地良さそうに午前2:30の帰宅でした。
ベビースタイを渡すと言って女性と会った夕刻から深夜に掛けての空白の時間は、ファッションマッサージではなくまさかの不貞行為?と、よぎったのでした。
夫の死後LINE履歴を見て、
愛人に…夫の申し出を喜んで受けてベビースタイを制作したことに気付きました。
普通、妻へ そのような要件をストレートに願いますか?夫の思考は異常です。
思い返せば、
洗濯カゴに入っている作業着を持つと夫の頑張りが想像できますが、全く汚れていないのに早々とお風呂に入っている日、シャワーノズルを掛ける位置が家族が掛けることがないフックに掛かっていることが数回ありました。その時、マットもタップリと湿っています。
私が不審に思った日、親類縁者では全く見掛けない真っ赤な車が長く駐車していたことをお隣さんが知らせてくれました。
女性を招き入れていることが確信できる現状なのに、
「何をいよんぞ!ワシはしっかりアンタに夢中じゃ!」と言う言葉に希望を感じていましたし、
迂闊にも 出張対応の施術?と自分に言い聞かせてまだ夫を信じようと思っていたのでした。
「オマエの所為じゃ!」と理不尽に怒ったかと思えば爽快な態度を取り、怒りや不安を忘れるように快楽に走っている様子…。
かと言って、八方塞がりの不安ばかりでも無く、祭り前の太鼓台組み立ての際には百人近くの青壮年が見守る中、夫は太鼓を威勢よく打ち鳴らして悦に入っておりました。
感謝の欠落から責任転嫁をし、怒りに苛まれ自分の言葉が自分の心を乱し、その乱れが更に心を不安にさせ、快楽を求め睡眠不足で判断が鈍ったのだと思えてなりません。
そして、事故という大きな果を生んだのでしょう。
それとも…ご自分で選んだ道?お天道様を誤魔化す死に方を考えたのでしょうか?
夫の死は…、
不慮の事故ではなく ご自分で選んだ道なのではないかとよぎります。
Blogに表現していない取るに足らない夫の優しさや淋しい表情とか、
「母さん、母さん。」と、当日の清々しい夫の顔を思い浮かべてはソコにたどり着いてしまいます。
狂いそうなザワザワ感、書いても払拭できずにいます。
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