まるさん、大人になれる?

大人になったと初めて実感したのはいつですか (もしあれば) ?



親から距離を置くことで大人になったと思ったことがあるけれど、それは勘違いでした。
社会人になって責任とか潔さが身に付くということは大人の証とも思ったけれど、それは大人への階段を上っている一つの段階のようです。
私は、まだ階段の途中で大人になりきれていない自分を感じることがあります。



私の場合、親との関係性にポッカリ穴が空いていて親と距離を置いて生活してきました。
その穴は取るに足らないものなのかもしれませんが、塞がらないことには整わない自分がいます。
仕事も恋愛もうまく行かなくて嫉みや嫉妬の感情を持つと言いますが、その感情をほぼ理解できます。
切ないことに その感情をうまく処理できないのが現実です。
積もり積もった様々な妬み恨みをうまく処理できる方法はないものかと、自分に愛想を尽かしながらも葛藤してきました。




ある時、許す許されるといった方向性と違う所で、ふと😳遠廻りしてきたわ😮😄😆😁って感じたことがあります。
人との絆は、時間をかけて咀嚼しなければ深まらない時もあるんですね〜。



親の偏った表現を見ても微笑ましいと感じる自分を見つけた時、大人になったと実感できるのではないでしょうか?
微笑ましいと思う感情をを多々経験してみないと本当のところまだわかりませんけれど。



私にはたった一人の弟がいます。
優秀で可愛くて幼少の頃から一身に親の愛を引き寄せる人でした。
何かに付けて「良いよ〜♬」と弟が溺愛される家庭の中で、私は全て母の思い通りにしないといつも批判がついてきました。
親の突拍子もない言動や はちゃめちゃな現実に腹が立つし、悲しくなるし、狂いたくなります。だけど、
自信満々に生きている母親の気持ちを削ぐことはできず、自分を受け入れて貰うために精一杯努力しました。
そんな思春期、私は親の愛に気付くことはありませんでした。



見捨てられないように頑張った私ですが…私は母の所有物ではないし、母の元では 私は私で無くなると感じて、
一人で生きていけない私は与えられている環境の中で 親から距離を置くことを考えました。
独り住まいではなく結婚を選んだのでした。
夫は私を好きなように泳がせてくれますし、少なからず母より私の意思を尊重してくれました。
私は長い長〜い月日、親から距離を置いてきました。
頼りたい思いを振り切って生活したけれど、それでも大人にはなりきれていなかったんですよ〜。



Blogをはじめて17年、
傍目に自信満々に生きている母親の姿を見るのが嬉しい反面、
幼少期や思春期、そして、成人期、当時の言葉にならない苦痛と両親に求める激しい感情を 時折書いてきました。
私が母となり気づいたことがあります。
親子、兄妹、叔母と姪など、どちらの家庭にでもあるごくごく在り来たりな会話や振る舞いを見ているだけなのに何だか涙が出てきます。
そのような環境に浸り、嬉しいな。楽しいな。と、心が豊かになる自分を知りました。
家族だからこそ無条件で受け入れる深い絆があることを感じることが出来たのです。



それを経て、ようやくようやく
母から生まれ今の私があることに心から感謝できるようになりました。
一般に壮年期と言われる齢になってからのことです。



親の愛に振り回され傷付いているうちは、大人では無いと言うことです。
親の愛を気付かないうちは、感謝からほど遠い処を彷徨っている子どもだと言っても言い過ぎではありません。

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綱わたり

失敗しないことが保証されているとしたら、何に挑戦しますか ?



「とざい、とうざい。かるわざしのそうべえ、一世一代のかるわざでござあい。」
『じごくのそうべえ』のワンシーンです。
我が家の子ども達に大人気の絵本です。



失敗しないことが保証されているのなら、綱わたりをしてみたいです。
私の運動神経は怪しくなってしまって、体の柔軟性も乏しいので、そうべえさんのように身軽な動作で数々の曲芸を巧みに演じることは出来ないでしょうけれど、
落語風に関西弁で語りながら「そうれ。」と、渡り通してみたいです。



「こちらの松の枝から、むこうに見えまする酒蔵の屋根まで、見事 渡りおおせますれば、ごかっさいを〜〜〜。」



綱わたりの最中に綱から落ちてしまった軽業師のそうべえさん。
その失敗があったからこそ、その後の奇想天外で壮大なストーリーが有るんですけどね。

あとは読んでのお楽しみです。



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画像が…😭

お気に入りの趣味や娯楽は何ですか ?

お気に入りの趣味と言えば、

Blogの投稿がそのうちの一つだったりするのですが、

たまに深刻な問題が発生します。

今回はこのBlogの画像がデカイ!

いつの間にか大きくなっています。

PC画面を見ていてかなりショックです。

意欲が削がれます。

センスの良い画像を撮る自信は有りませんが、技術が無い分、私なりにサイズを調整して載せていたのですけれど…。

画像…こんなに大きいサイズは好みではありません。

私のこだわりは…せめてPC画面で見た時、その画面の8分の1程度の画像範囲におさめたいのですけどね〜。

どうすれば良いのでしょう。

一つ一つ編集するのでしょうか?

手が空いたら、1記事ごと画像の修正(小さく)をしていこうと思います。

気が遠くなりそうですけど。

Blogの立ち上げやWindows LiveスペースからWord Pressへ移管、その間のシステムの変更など、色々と難関を突破してきました。そのパワーはいったい何処から沸き起こっていたのでしょうね。ミーハーだと思っていた自分は、ついに時代に置いてけぼりです😰

【後に追記】

※1.どうやらJetpackアプリで投稿した記事が、ドデカ画像になっているようです。

※2.一つ一つ修正を頑張りましたが、終わった後でシステムが改善されたようですよ。

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夫婦の距離

考え方を改めたテーマや課題は何ですか ?



還暦の私が、考えを改めたのは一昔前のこと。
それ以前の深刻な話しをしましょうね。



子育て期、夫の躾と称する暴力は激しかったのよ。
その暴力の原因は理想とする息子に育てることが出来ない私にあると思っていたわ。
私は深みにはまって、このうえもなく尊い命を奪い自らも断つと言う想いがよぎった事があるほど。
思いとどまるものの傷つく息子を案じ、いたたまれない想いを当初Blogに記したこともあるのよ。
「母さんについて来て!!」と、旗を翻しガイドさながら子ども達に決死の覚悟を発言したことがある。
またある時は、
「子ども達が巣立ったら私も巣立つよ。」と、記事内でこの家を出ることを宣言したこともあるよ。


子ども達ときたら、
「母さん、いよいよ更年期に入ったね。」
などと、私の言動は信用されず、頼りにもされず一時の感情に趣く人だと思っているじゃない💦。更年期の症状なんかじゃないわ!!私は正しいはずなのに…


父親に認めてもらわんばかりに子ども達の努力は涙ぐましいものだった。
「母さんは、父さんのフィールドで好きなことをしよったらえんよ。場外では生きて行けんよ。」
と、私は子ども達の反論であっさり撃沈し思いとどまった。

『妻の想いは重い』孤独を感じる日もあった。

『ピアッシング』おしゃれをしようと思って開けたのではないのよ。
自分の巣立ちを諦めた表明ね。


子ども達がそれぞれに巣立つとき どうしても渡らなければならない節目が有るようで、
私は弱虫だから 毎度泣かずには渡れない。


4人の子どもの巣立ちを感じたとき、後悔の涙ではなかったし、耐え抜いた証でもなかった。
その涙は、様々な想いが交差しているけれど、成し遂げた想いで満ち足りていたわ。
夫を責めている私の心の内は綺麗ではなくて…。
ふと、清く明るく美しく巣立つ子ども達に見合った自分で居たいと思ったのよ。
Blogに綴ることで想いを表現し気持ちを整え、自分を見つめることで心をおさめる術を模索しようと試みた。
Blog内で、もちろん豊かを装うつもりはないし、恵みを自慢するつもりもない。ただ変わりたいと思ったのよ。
夫婦の在り方は自分の想い一つで良くも悪くも変わるはず。


今は一昔、夫への感謝に変えてゆきたいと思ったのでした。


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