そのまんまで円満

 将来、子供達がこのBlogを目にして温かい気持ちになってくれたら幸いです。まるさんの心日和を書きかけたのが2006.8.15だから約8年になります。Blogを書く面白さからだったのと、バイトに出ている長男の帰りを待つ間、そのポッカリ空いた時間を埋める為でもありました。少しでも役立つ話?(苦笑)と沢山の足跡を残す為にPCに向かい、当初はさんざん夜遊びをしたものです。

 今朝、庭を見ると ユリが倒され、葉っぱは押しつぶされたように乱れています。猫の仕業だと気づくまで ちょっと時間が掛かりました。カモフラージュは簡単だけど、これじゃ手入れをしても元の元気さは戻らないでしょう…。その傷、それが心の傷ならば なかなか治すことが出来ません。一人の時間が止まって、治癒に一生の時間が掛かってしまう場合もあることでしょう。
 私は遠回りをしてきました。幸せなことばかりじゃなく、傷ついたことも沢山あります。親の愛を求め、夫に大切にしてもらいたいと求め、とってもとっても苦しんだことがあります。時間が掛かりました。私は、父と母に感謝出来たとき全てが喜びへと変わりました。
 わが子には、苦しまず、そして、遠回りをすることなく満たされた人生を歩んでもらいたいと思います。心の治癒に一生の時間が掛かってしまわないように。許すことができるとしたら…早ければ早いほど有意義で楽しい人生です。人間関係も、そのまんまで円満なものになると思います。
 私たち一人ひとりにその治癒力があります。真ん丸い月のように満たされた気持ちとなりますように。与えられている環境に感謝して、これからの天望を語って希望を持って全ての物や事に感謝してください。
 悩みがあっても長い時間を要さずに心が温かくなり、幸せなことが燦燦と降り注ぎますように。許せなくても、“許し、許され、感謝しています”と、口に出すだけで、それほど長い時間を要さずに心が温かくなることでしょう。ありがたい人生となりますように。そのコツを 何とか会得してくださいね。 

 私は、あなたのそのまんまを応援しています。あなた達が私のもとに生まれてくれて、私は本当に幸せです。出逢えたこの奇跡に感謝します。

 角の小さな庭を見ると、ナンテンの実が赤く生っています。もうすぐ鳥たちが喜んで突っつきに来るでしょう。
 さぁ、明日は大晦日。掃除に忙しいぞ。

LOVE

次男の独立

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私の誕生日に、独立記念日と称して住民票を移していた次男が、昨日、地味に引っ越して行きました。

「忘れ物、無いかなー?」と言う次男に、祭り着一式は押入の収納Boxにあることは内緒にしています。

「お世話になりました。」と、深々と頭を下げる次男。

鼻の奥が痛くなって…涙を堪えるのが必死の私。

「忘れ物あるよ。このワタシ!」と、冗談半分に言ったけど、ホント置いてきぼりくらったカンジです。

おそらく昨夜の湯船は、海水になっていたと思います。

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ダボシャツ

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息子へ

お父さんが表向きしたことは、皆がみんな同意しがたいことだと思います。
だけど
その心のうちを、どう理解するかで、貴方の人生の大きな分岐点になろうかと思います。
良きターニングポイントとなるよう、前向きに頑張ってね。時間が掛かっても良いからお父さんの善き理解者になってください。
鬼の面を被らざるを得なかった内面をみてあげてください。
お父さんは天下一だと、真底思っていない私に一番の問題が有ったことを心から反省しています。ただただ貴方に謝まるばかりです。

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バラ

娘の良縁

『二人の結婚をお許しください。』

と、麗しの影武者さんが現れました。

もはや彼の存在は幻だったの?と思う昨今でした。

「ワシの娘に彼氏はおらん。」と、言っていった夫ですが、これで認めざるを得ないでしょう。

夫は、飲み干した湯飲みをトン!と テーブルに置いて、私に無言でお茶の催促をします。

トン!の音とともに影武者さんの膝頭にある拳が、ギュッと引き締まります。

「遅い!」

「結婚は、ママゴトじゃ無いんぞ。」

と、夫の語尾が部屋に響きました。

うさぎが娘の良縁を知らせてくれました。

私は、ホッと胸を撫で下ろしました。

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月
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安全運転で!

末娘が車を持ちました。

とうとう自由になりましたね。

今頃… 「私、自由!私、自由!」って飛び跳ねてるんでしょうね。

着の知らせまで、不安を掻き消すように、あの娘は大丈夫!きっと大丈夫よ!!

と、「大丈夫」そう思う根拠をあれこれ考えていました。

「無事に着いたよ。掃除機掛ける手が震えよった。何か忘れ物しとった?」

と、新居浜から東広島の寮まで初乗りを成し遂げた娘からメールが来ました。

あー、安堵。。。

『うん、忘れ物は無いよ.と…思うよ。幼い頃“いたずらきかんしゃちゅうちゅう”読み聞かせてあげたし。』…?

と、自信たっぷりにとんちんかんな返信をする私です。

世界の平和は、貴女の的確な判断と責任で成り立ちます。

なんどきも確認が大切よ!安全運転、頑張ってね☆”

過信するなとは言いません。

私も、うぬぼれで此処まで生きてきたようなものだから。

ドキドキ

あせる
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穏やか

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「八千代へ行くか!」と、夫が息子(次男)を誘った。
「乾杯!」「カンパ~イ!」「かんぱい」と、夫と息子と私の声が座敷に響いた。
お品書きの無い寿司屋で、アコウの煮付け、ひめ貝のヌタ、そして、ニシツボの塩焼きを食べた。
私は揺らぐ炎を見ながら夫と次男の会話に耳を傾けていた。
心地よい時間だった。向き合う二人のかたわらでこんなにも穏やか・・・目頭が熱くなった。
「お父さん、息子を立派に育ててくれてありがとう。お父さんのおかげです。私、ひとりでは無理でした。」

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ニシの塩焼き

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先日、ようやく息子(次男)の部屋にエアコンが付いた。彼は、初任給でテレビを買い、初のボーナスから愛車フーガの支払いが始まり、次に高価な衣類やゲーム機を購入し、そして、3年目の夏のボーナスで ついにエアコンを購入した。この先、400ccのバイクを手に入れるらしい。物にこだわりながら なかなか楽しく快適に暮らしているようだ。

未熟児で生まれた彼は、今年3月に二十歳になった。彼は本来、穏やかで照れ屋で大人しい。
乳幼児期、しきりに「だっこ。抱っこ~!」の日々だった。私がお手洗いの用を足している間をもドアの前でピーピー泣いて待っていた。
小学校低学年の頃、学校へ行くことをしぶるので手を引いて登校し校門で出迎えてくれる先生にご挨拶をすること再々だった。
「おまえ、それでも男か?アマチャンじゃのう。」
と、父親の渇が飛んできて大惨事になったことが幾度もあった。息子を守りきれない自分をいつも責めた。
息子を甘やかす自分の行動を棚に上げ
「いつになったら大きくなるん。いつまでも可愛い~じゃ、生きていけんのんよ。ええかげん、しっかりしてくれな。」
と、焦ったこともある。
父親の理想とする息子に育てることが出来ず、深みにはまり よからぬ想いがよぎった事もある。このうえもなく尊い命を奪うところだった。
傷つく息子を案じ、いたたまれない想いをBlogに記すことが多くなった。
旗を翻しガイドさながら「母さんについて来て!!」と、発狂発言をしたことがある。「子どもたちが巣立ったら私も巣立つよ。」と、記事内でこの家を出ることを宣言したこともある。
その思いは、
「母さんは、父さんのフィールドで好きなことをしよったらえんよ。場外では生きて行けんよ。」と、子どもたちの反論であっさり撃沈し思いとどまった。

彼の小さい身体を見ていると全く見過ごしてしまいそうだけど、彼の取柄は 持久力があることだ。確かに学生時代、いつまでも長~く走れる姿を見せてくれた。
彼には、父親の不器用な愛情表現を察する優しさがある。彼には、浅はかな私を許してくれる寛大さがある。
生きて生きて生き抜いてよ。

作家 井上ひさしさんの言葉を引用することをお許しください。

いきいき生きる いきいき生きる ひとりで立ってまっすぐ生きる
困ったときは目をあげて 星をめあてにまっすぐ生きる 息あるうちはいきいき生きる
・・・
しっかりつかむ しっかりつかむ まことの智恵をしっかりつかむ
困ったときは手を出して 友達の手をしっかりつかむ 手と手をつないでしっかり生きる

その通り生きる姿が、母さんには見えるよ。
父親に認められる日は、そう遠くない。

甘露。甘露。

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