不意打ち



「安養寺でお父さんの健康長寿をご祈祷してもらったけん、御札を届けに行きたいんよ〜。」
と、母の急な願いで…夕刻、私は車を走らせました。



母を迎えに行く途中、スーパーでフラワーを買いました。
父の誕生日は10日ほど後ですが、この会えるチャンスに…と、思ったのでした。

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父の居る施設へ母と行きました。
あっ!と驚く施設の方々の様子で弟から聞いていた通り、またもや不意打ちであることを感じ取りました。



母は、体をちょっとひねりながら軽くジャンプして、
「じぃちゃん(夫)に会いたかったんよ。」
と、可愛い声を出します。



私は、その歳でその仕草は無いわ…と思いながら、恐縮しつつ長いお辞儀をしています。



母は、思い立つとすぐ行動する人です。人の迷惑など顧みないところが往々にしてありますが、年々度を越してきました。



予定外の私達の訪問は想定内だったようで、施設の素早い対応でエントランスホールで父と対面できました。



介護者から御札とフラワーを受け取った父は、母の呼び掛けに「あーーー」と、考え込んでいましたが、その後、私に気づき嬉しそうでした。



ガラス越しから見る色白さんの父はお風呂上がりの様子で、赤くほてった頭は薄くて短い髪の毛がフワフワ揺れていました。



ホールは寒かったでしょう。
お風邪をひきませんように。

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気持ちを話す



先々週、38度を超す熱が数日続いている父の様態を 入所している特別養護老人ホームから知らされていました。



熱が治まって一週間が経ち、ようやく父に会えました。



エントランスに父と母と弟と私、古い家族が揃いました。



ガラスごしに見る父は、不機嫌そうに見えました。



弟は、
「家族揃ったのぉ。わかるか?」
と、父に尋ねます。



母はしきりに
「じいちゃん!じいちゃん!お互い長生きしょーねぇ。」
と、マイクを持って話しかけます。



ですが、父の返答はありません。



私が、
「ばあちゃんが作ったスイカを持ってきたよ。皆さんと一緒に食べてね。」
と言うと、



父はうなずきました。




ヘルパーさんの話では、

  • ゆっくり自分で食事をする
  • 人形を持つと抱いたり揺らしたりして遊ぶ
  • 癇癪を起こしたり暴れることは一切ない
  • 自分の気持ちを言葉で表現することはあまりない
  • 話しかけると静かに一言 応える

とのことでした。



いたって穏やかに生活しているようです。



内服薬で落ち着いたと聞くけれど
あの熱は何だったのでしょう?





車に乗り込んだ母は、
「元気そうで良かったー。」
と言っていますが、その後に
ため息を付きました。



前回の面談では、
オムツばかりに頼って、定期的にトイレに誘導していない!
と、その事を嘆いて排泄の介助を強く望んでいた母でしたが、
今回は、しおらしい様子です。



いつもなら、思ったことを口にする母ですが、
その母は、
何を感じているのか…。
何に怒っているのか…。
何と向き合っているのか…。

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私は介護には詳しくないけれど、
そして、認知症の老いていく過程を知らないけれど、
私はそれでも、施設の介護者のお陰で娘をさせて頂いております。
私は、有り難いと思う気持ちと、
消えつつある父の感情や いつになく無言の母を案ずる気持ちが混在します。
母の心を案ずれば切ないし、今回の面会で父の笑顔が全く見られず胸が痛みます。




生きていると、嫌なことや傷ついたことが色々あります。
そんな時、その気持ちを話せるかどうかで、心の健康は大きく変わってきます。
人って不思議なもので、気持ちを聞いてもらうことで、健やかな心持ちで過ごすことができますから~。
ところが反対に、どんなに心が傷ついてもタイミング悪く話すことができなかったり、我慢することを自分が是認すると、体調が不調になったり、心が病気になることだってあると思います。
そういう意味で、自分の気持ちを我慢することなく話せること、そして、気持ち良く聞いてくれる人がいることが大切だとつくづく思います。
私にBlogがあって良かったー。



まだまだ現役で勤めている弟は、母と同居しています。
母は今日の事を息子と語っていることでしょう。

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母の希望



玄関先での面会が許可されたので、特別養護老人ホームに入所している父に会いに行きました。
母・私・娘・孫娘(つーちゃん1歳10ヶ月)の4世代がエントランスで待っていました。
車椅子に乗った父が、お人形と一緒に 介護士の付き添いで下りてきました。



父は、つーちゃんと初お目見えです。
「つーちゃんに会うと喜ぶわー。」
と、母は父の喜ぶ顔を楽しみにしていましたが…母の希望はかないませんでした。



「まるちゃんと孫と曾孫のつーちゃんよ。」
と、話しかけますが、
父は不安そうな笑みを浮かべ、お人形を揺らして遊びはじめました。
介護士さんが、
「このように、穏やかにお人形と遊んでいる様子を良くお見受けします。」
と。



母は、あれこれ言葉を変えて父に話し掛けます。
「おじいちゃん✨そのお人形は、まるちゃん(娘)が子供の頃大切にしよったんよね。思い出すねー。じいちやんの考えとること、ばあちゃんは、ちゃんとわかるよー。」
母は、互いに伝えようとしていることが理解できないままでは寂しかったのでしょう。
母が声を掛ければ掛けるほど、私の胸にある父の存在と現実は遠ざかっていきます。



私達は、施設での父の様子を見学することはできましたが、
父と意思の疎通は取れませんでした。

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車をそのままにして、すぐ近くの東浜公園で遊びました。
「ばあちゃん!ばぁば!ママ!」
と、つーちゃんの可愛い声が公園内に響きます。



つーちゃんは、母のことをばあちゃんと綺麗に発音します。
私へのばぁばの呼び名とハッキリ使い分けをして話し掛けてくれます。



ブランコ・滑り台・網状のトンネルでドンドン遊ぼうと誘発するつーちゃんに、
母は元気をもらったようです。

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公園内で10時半、
なんと母の歩数計は4000歩を超えており、
ちなみに私の歩数計は1000歩余りでした。

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「まるちゃん、この歩数計は、かなりエエわね。楽しみのひとつで励みになるわ。」
と。
日々、歩数計の数値に一喜一憂し元気をお越して生活しているようです。
母は、毎日12000歩〜18000歩の数を叩き出しています。
もはや曾孫と滑り台を滑るのが恐い、
ブランコの揺れに身を任せるのが恐い、
と言う母が、
いったい、どうすればこの数が出せるのか不思議です。



この数値と同じように、努力で…
母の希望が叶うと良いのですが。



網状のトンネルを除くと、ほら♬ 明るい未来が見えますよ🌹

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終の住処と思っております



父の好物は沢山ありますが、その中でもヤクルトは長期にわたって強い関心を持っている飲み物です。



ヤクルトレディーさんが実家に飲料を届けてくれた日の午後、
母のお伴をして父に会いに行きました。



車椅子に乗った父が、スタッフに付き添われ会議室に入ってきました。



ニコニコ笑っている父に
「だ〜れだ?」
と、母が問うと
「あーーー。」
と、父は、不安そうな顔をしました。
閉じている目の奥では、眼球がクルクル.クルクル.回っていることが見て取れます。
誰なのか真剣に考えています。



「あぅ…ヤクルトの人じゃ。」
と、父がボソッと言いました。



母の小脇にヤクルトが有ることを気付いたようです。



私と母は顔を見合わせて笑いました。
父は、私達を見て失礼の無い答えを言えたことに安堵している様子です。



「私を忘れて、ヤクルトレディーじゃ言よったねー。」
と車中、母が言いました。



最近の母は変わりました。
以前の母ならば
「違います。それくらい覚えてないん。ワ・タ・シ・です!」
と、きつい言葉を発していたでしょう。



母の言葉に堪え兼ねて父は山奥に入った事があります。
結局、一人で帰って来れず、消防団や近隣にご迷惑をお掛けしたのですが…。



母は、丸くなっています。
と、安心していたら…。



施設から電話がありました。
「私共…配慮がいたらずに申し訳ありません。」
と、謝罪でした。



え何?
戸惑う私です。



よくよく話を聞くと、下記の苦情を 母はしていたようです。

  • 低栄養を疑う(体が華奢になり頬が緩んできた。管理栄養士は、ちゃんと仕事をしているのか?)
  • 排泄の介助を更に希望する(オムツに頼って定期的にトイレに誘導していないのでは?行きたい時に行く!人権ですよ!)
  • 父の肌着が適切ではない(冷え込みが激しくなったのに肌着が半袖!長袖肌着が部屋にあるはず!そく探して!)
  • 日中の部屋の明るさと日焼け(色白さんが魅力なのに…日照でシミが増えてしまう。近くに用がある度に車道から部屋を仰ぎ見るがいつもカーテンが開いている。カーテンの開閉のタイミングが悪い。)
  • 時季外れのシューズ(夏の面談では冬用シューズを履いていた。今回はサンダル風介護シューズ。時季外れなシューズは、たまたまか?何か理由があるのか?季節に応じたシューズを部屋に置いているはず。)



「母の言い分をサラリと聞き流してください。終の住処と思っております。今後もよろしくお願いいたします。」
と、私は、謝罪に伺ったのでした。

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老いること


母のお伴をして父が入居している施設へ行きました。
父と母には2m程の距離間が有るけれど、ようやく直接会えたことが共に嬉しい様子でした。
「で?ワシは帰れるんかい?」と父。
それを誤魔化すように母は、医療生協で習った手遊びや歌を手本のように先導すると 
父は快く真似をしました。
「あの時ね、おじいちゃん!・・・」と、母は共に過ごした時の嬉しい楽しい出来事を大きい声を出し次々話します。
「あ~、あー、おぅ~」と、不思議そうにうなずく父です。
母は、父の顔色が良く一見若返った様子を羨ましくも.嬉しくも.思っているようで、自分の思いを感じたまま語りながら車に乗り込みました。
母の願い通り、不在票に記載の品を受け取りに本局へ行き、
ATMに立ち寄り、ザ・ビッグで買い物を済ませて帰宅しました。

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かつて、感情に任せて怒ったり
自分の勝手で人に構ってきたり
母に指図され無情な振る舞いをしたり
人の言葉を無視したり
油断して心を許した人の心を置いてけぼりにしたり
そんな父は全てを忘れました。
あらっ?忘れた振りをしているの?
まっ、いいわ。
父が居たから私がいるのです。
それだけは真実。

過去に素直になれない私は、忘れた振りをして気丈にあなた達と同じ場所にいたのよ。
今は、忘れた振りをしなくても楽に会えるようになりました。

私の半生なんて、宇宙規模からすると晴れ間と晴れ間の大〇流しね♬

施設の 綺麗に透き通った空気は、頭を軽くさせてくれるわ。
時に、気持ちが良いものですね。



昔むかし、私が二十歳の頃
“血縁がなければどんなに楽だろう。”と苦しんでいる私に、実はその私が父母の愛を求めていることを呉服屋の店主が気付かせてくれました。

「許す日?許される日?まるちゃん、和解をしようと思っているの? 親子の関係は、和解じゃないんだよ。ただただ感謝しかないんだよ。」

その当時教えて下さっていたのに…私は、遠回りをしました。

今日は、その言葉を投げ掛けた店主に 感謝をしています。

ありがとうございます。