聖橋から・・・

母と一緒に病室に入ると 父は母のペースに巻き込まれて 誘われるがままに手遊びをして、ウン·ウン·うなづいて、とても穏やかです。


私が一人で会いに行くと「そんなに笑って楽しいか?ワシがココにおるのが嬉しいか?」と、私を睨みながら言います。その後は、何を話しても聞く耳を持ちません。


心のてんびんが、傾いている日ね。
と、自分に言い聞かせ なるべく気にしないようにしますが、
私の気分は下降しています。
もう少し距離を置こう。
うかうか父の前で笑えないわ。
あの目は怖いわ。
頼まれごとを引き受けないようにしよう。
来るとしても、母と一緒がイイわ。
と、胸が苦しくなります。


その一部始終を見ていた看護師が
「見捨てられ妄想かもしれませんよ。」
と、さらりっと なだめてくれました。

ネットで調べてみました。

自分ひとりでてきることがどんどん少なくなってくると、その負い目はどんどん強くなります。さらに 認知症が進行してくると、「自分は家族にとって邪魔な存在なんだ」という思い込みが生じて、「自分はもう必要とされていない」と深い孤独を感じるようになります。 こうした「見捨てられ妄想」を患ってしまうこともあります。
と。


父は、不安なのかな?
その思いを表出できるほど、私に甘えているのかな?

さだまさしさんの『檸檬』
あの檸檬は、自分の夢? 
若かりし頃、あれは、夢を諦めた歌なのねー。と感じたことがあったけれど
父の病室をでた瞬間にその歌詞が脳裏をかすめました。
もう放り投げたい と。私、思ってる・・・
父と向き合うことを諦めた瞬間なのかな?

父の徘徊

冬の寒さから徐々に刻のうつろいを感じ山桜が満開の頃、週2回デイサービスに通う認知症の父を母が懸命に介護をしていた。
実家は、在宅介護用のベッドやポータブルトイレ、玄関上がり框用の手すり等 福祉用具がドンドン増えていた。
その時だった。

2018年4月8日の早朝、母の視界から父が消えたと知らせを受けた。家族と近所の方々、そして、自治会を巻き込んで総出で捜した。その大騒動はおさまらず、昼過ぎには捜索願を出した。
父は運が良かった。捜索に協力して下さった地元の消防団員が北の山奥に入り、日が沈む寸前に十数メートル崖下の茂みに座り込んでいる父を見つけてくださった。ガサガサと草木の擦れる音と水色のスエット姿が木々の隙間から微かに見えたと言う。その場所は、昼間、地元の方々も大声で呼び掛けながら通った道だった。父はその時の呼び掛けには何の反応も無かったと言う。耳が遠いので気付かなかったのだろう。
父の生存を聞き数分後には もうすっかり暗くなった。転がり落ちたであろうその場所は、なかなかスグに救助ができない位置らしく、レスキュー隊が出動した。
自治会の方々が川辺で細い枝をかき集め薪をしてくれた。私はそこで暖を取りながら救助され山から下りてくるだろう父を案じながら待っていた。
私はその当時、保育士試験を数日後に控え保育実習理論の移調を勉強していた。不協和音にならないように♯・♭を付けて…独学では、難しいところだった。
人の人生、一度道を間違うと とんでもない人生になってしまう。
世の中に起こっている事件は、心の傾きで移調をしてしまった人達が起こしているのだろうか?
父の人生も自ら移調をしたのかも…。
などと思ったりして、私の思考回路はめちゃくちゃだった。まるさんはアホか?
夫と子供たちは捜索に協力して下さっている方々を気遣い、謝罪して廻っている。その存在が有り難かった。
レスキュー車の照明の中から救助された父の姿が見えた。父は12時間の徘徊後、多くの方々の助けにより無事に戻ってきた。
さっきまで寒かったはずなのに、暖かくて天国だ!と思った。
顔にはすり傷、頭から血が…、すねは破れ、衣類は土埃。
父は、ウリ坊を追いかけて山へ登ったと言う。

数日後、auあんしんGPSを父の杖に取り付けた。

山にはつつじが咲き始め、その事件の1か月後、父は硬膜下血腫を患い手術を受けた。
愛のこもった孫のリハビリを受け、経過は良好だった。
退院後、母の願いで父は居宅介護支援施設に宿泊をすることになった。
だが、手がしびれるなどの気になる症状が見え隠れし受診をしてみると....
再度手術を受けることになった。

今、病室の窓から日暮別邸が見える 。

☆ ❤ ☆

日暮別邸

無事で良かった!

実家の父と母は夫婦仲良くて感心。そして、安心。私はそう思っていた。
母が大根を持ってきてくれると言うので その約束の時間前に文化祭の展示物を見ていると 携帯が鳴った。
母は昨日、畑仕事をしていてギックリ腰になり 今日になっても痛みが激しく 身動きが取れないという。

急いで実家へ行くと、寝ているとばかり思っていた母が 腰を押さえながら玄関に立っていた。
その傍らに全身ビッショリ濡れた父が、一枚ずつ洋服を脱いでいる。
つい先ほど 父が庭の池に落ちたのだという。腰の痛みで身動きの取れないはずの母が、渾身の力を込めて父を引き上げたと言う。
無事で良かった❗

池には青いビニールシートを張っている。父は、その上に落ちる枯れ葉を 網で拾い集めていて足を滑らせたらしい。
母が言うには、母が布団から出れないので父は朝食を一人でとり、食べたコトを何度も忘れたものだから 冷蔵庫の作りおきのモノをいつの間にか全て食べてしまった。ことのほか膨らんだそのお腹が原因で 身動きが取れなくて落ちたのだという。
うー、確かに父のお腹は大きく膨らんでいる。

原因は食べ過ぎ?それよりも 認知症。
母の腰痛の原因は、疲れているのに畑仕事をしていたから。私が大根をいると言ったから。
夫婦が補い合い 仲良く暮らしてくれて安心…と思っていたけれど・・・最近、大丈夫じゃないことが続いているよ。
父が孫の結婚式の引出物のひとつ 入浴剤を口に入れてしまった騒動があったばかり。
なかなか どうしたものか。

今、家に帰ってきた。
我が家の小さな庭に 水仙の茎がツンツンと数日前よりも伸びている。
寄り添い集まる花が香りだす頃を想像する。 楽しみだな~

 

水仙

のら猫

 

 

ドキドキ

 

立冬を向かえいよいよ風が冷たくなってきました。

昨夜は、夫は運営委員会があるとやらで食後すぐに出掛けました。

家事を一通り済ませてから、私は自転車で5分の夫の実家へ行ってきました。

勝手口の洗濯機の上に のら猫が丸くなり何匹も寄り添っていましたが、私の気配を感じると さっと逃げました。

洗濯機の上には毛布が幾重にもたたみ置かれてありました。

やはり気圧の変化で母は体調を崩し、昼間は父の介護をヘルパーさんにお願いしたそうです。 

母は薬で安定してきたところでした。

今回のヘルパーさんは穏やかな方で、2時間母の話を黙って聞いてくれたそうです。

義理の妹は子供を配しておでんを届けてくれたようです。

母は嬉しそうにその事を私に話します。

のら猫達もテラスの下・毛布の上とはいっても夜中は寒いでしょう。

「部屋へ入れてあげられるといいのだけど・・・」

と、母は気に留めているようです。

その後は、M校長の儚い死と北海道オホーツク海側の竜巻の惨事を何度も繰り返しました。

少々興奮気味に命の大切さについて話しました。

昨夜はそう長居をせずに帰ってきました。

「この十日間で映画を2本も観た。」

とは、言えませんでした。

衣・食・住は 整っていても 夢と感動が無い世界は暗いものです。

母は、映画鑑賞の他 詩吟や琴 そして 俳句の心得があります。若い時分は、その趣味が高じて婚期を逃したほど・・・。

「何か趣味を・・・」

と勧めますが なかなかそのような気にはならないようです。今はその趣味の道具さえも鬱陶しくなるそうです。

私達子供は自由にさせてもらっています。夫を含め 兄、弟は 母が父の介護をするのは当たり前と言った風です。

父母のもとから帰ると、既に夫が帰っていました。

「ハン!アンナンとこに、行っとったんか。する事してからにせーや。」

と注意を受けました。

「アンナン」は、まだマシなほうです。「オトンの嫁」と、結婚当時聞かされていました。

息子はアルバイト先からいつもより早く帰っていたようです。

食器は流しに下げてありましたが、テーブルの上には調味料他 大鍋がど~んと置いたままになっていました。

「私の出掛けには、片付いていた。」とは、言い訳しませんでした。「ハン!」と、鼻でけなされるのはもう慣れっこです。

ホントはね・・・夜風を受けて丸まって寄り添う、のら猫の気持ちになるのです。

決して「母さん」と言わない夫の言葉が、私の心に影を落とします。

「フン!」とも聞こえる「ハン!」の声を聞くたびに

「あんたは一生かかってもオレの生みの親に適わないよ!」

と言われているようで寂しくなるのです。

朝夕は寒くなり ぼちぼち暖房の準備をしなければなりません。

仕事の出掛けに、なんとかコタツ布団を押入れから出し 座敷のど真ん中に置いてきましたが、今日は部活が無いと言っていた子供達は気が付くでしょうか。

今日の昼間は、昨日より陽が照り あれこれ書類の整理をしていると今まで通りの装いで快適でしたが、今は寒いです。

先ほど

「カテーテルの管が調子悪くて・・・」

と、母は神経質になり職場に電話を掛けてきました。今日はこのまま寄る事にいたしましょう。

結婚生活20年余り。 つくづく感じることがあります。 ひとつの陰は、百の陽をも影にするようです。

まっ、こういう日もあるのよ。 暗くて ごめんなさいね。

一緒に映画を観ましょう

父は、15年前に脳梗塞を患い、10年前の2度目の発作から寝たっきりです。

かつて看護師をしていた義母は、看護で疲れのピークに達しています。

このBlogに表現できないほどの苦悩と悲しみを母は背負っています。

私は時おり家事が片付くと自転車で5分の父母のもとを訪ね1時間ほど話しをして帰ります。

母は暗い話しを散々した後、「最近見た映画を聞かせて」と必ず話しを振ります。

父は肺炎を起こすたび入院となります。その時少しだけ自分の時間が出来るようです。

いつも あたふたとその時を過ごしてしまい、後になって、あの時がチャンスだったのに….と思うそうです。

今度一緒に映画を観に行きましょう。

母は元来ロマンティックのようなので、『イルマーレ』このちょっと切ない恋物語は気に入ってくれたでしょう。

…..と思いながら、今夜は家路に着きました。

今日気が付きました。母に聞かせてあげようと思いながら観た映画はどれもブログに記載してあるんですよね。

私は本当はアクションものが大好きです。

『Mr.&Mrs.スミス』や『M:i:Ⅲ』のように単純に自分が楽しむ為に観た映画は、何故か?ブログの記事にしていないんです。

ラブラブ