親の想いが重い

私が二十歳の頃を思い出します。

私は与えられている環境の中で 楽しく生活をする方法を考えるしかありませんでした。

「良い子ねぇ。」

と言われながら、親元から離れたくて家を出たくてもそれが叶わなくて、その気持ちを抑えるのが大変でした。

全て母の思い通りにしないといつも批判がついてきました。

母の元にいると、私は私で無くなると思っていました。

そのお陰でしょうか?(笑

結婚後、どんなに辛い事があっても食事のお誘い以外に実家へ帰った事がありません。

私は実家へ戻る事だけはしたくありませんでした。

完璧で倹約な母親の姿は、その当時の私には重い存在でした。

子どもたち 親の想いが重くないですか?

人生は長い

人生は長い。

その道中にはさまざまなことがあり、明るく、元気に、根気よく頑張っても ままならぬと つくづく感じる。

だけど、今どき路頭に迷う人を見ない。国領川の河川敷を見たってのどかな風景だ。

なんとか、やっとこさかもしれないけれど、人は多くの人に物に事に助けられ生かされている。

我が家もそうだ。

何らかの力で生かされている。

良き人生を送るには、「運」に恵まれることが必要だと、先日先輩たちとの宴会で話題になった。

ここ数日、折に触れてはこの言葉を思い起こす。

「運」を手に入れる方法は言葉の力だと言っていた。

嬉しいな。楽しいな。幸せだな。

健康で。健康で。豊かで。豊かで。

ありがたいな。

今日より一層良くなる為に言葉の力で根気よく頑張ってみるよ。。。

🥰

私は家庭を持つことができ、4人の子を授かった。

それぞれの出産を思うと、ひとつひとつ、この運に恵まれているなぁーと思う。

子供達から得るものは多く、沢山の喜びをもらっている。

初のくしゃみやあくびに驚き、小さな命に感動したことを覚えている。

困った顔。感激した顔。頑張る顔。気にも留めない顔。

一人一人、幼少の頃からの顔がしっかりと思い出せる。

私は、子供たちの顔ばかりを見て過ごしてきたのかもしれない。

私の行動で、私の言葉で、子供たちがなおいっそう幸せになるのなら根気よく頑張ってみるよ。。。

🌹

どの子もたくさんの笑顔と言葉を残してくれている。

私は子供達に何を残せるかな。

ちょっとでも時間をみつけて母ちゃん的Blogを綴っていこうと思っている。

Blogを教えてくれたA氏に感謝する。

子供たちに高価なものは残せないけれど、

リタイアするまで、PCに向かえなくなるまで、自分の想いを綴ろうと思っている。

これからもアンテナを張り巡らして「運」を引き寄せなくっちゃね。

🥰

子供の日

😄

長男は社会人3年目、長女は今年成人を迎え、末の双子は高校3年生になりました。

皆、枠にはまらずエネルギーに満ち満ちています。

まあ~、なんとも個性的な人達です。

母には、本当におもしろい人達です。

その分、家族として収拾するには私の器では難しく夫の存在は大きいです。

夫は心配性で、家族が集まると、揚げ足をとったり、説教をしたり、私には同調できない路線に走ってしまいます。

「自分の常識は世に言う非常識じゃ・・・時折振り返れ!」などと。

子供達は、聞き上手なのか?流し上手なのか?

「あんたのコトだ!あんたには、全然効き目が無いらしいの。」と、皮肉な言い方は子供から私へと向けられます。

『話し相手に嫌がられないように、不快にさせないように、あなたも修行をしなければなりませぬなぁ~。』

と、私は心底思うのでした。

そんな父親と母親の血を継ぐ人達ですから、まさしくさまざまな人物の集まりです。

自分にも他人様にも厳しい人。生意気でメンドイ人。自分にも他人様にも甘く、どこ吹く風の人。

だけど、共通して言えるのは、(困ったことに)それぞれが自分の物差しで物事を真っ直ぐに判断しているってこと。

なので、世間や他人様の判断に左右される必要もなく、自分達はいつも幸せ♪

なんとも、勝手な幸せ家族が出来あがってしまいました。

こんな家族を夫はいいます。

「ワシがおらんかったら、この家族は方向を失うのォ。」

『はい、ごもっともです。』

音楽

娘よ。あー、娘よ。

わずかな時間はあっという間にすぎて、夫の運転で娘を松山まで送りました。
「これからは生活費の仕送りをしなくていいから。次に控えている妹の学資の準備がんばって。」
と 長女は言うけれど、
私が関わることが もうすっかり無くなったことが逆に悲しくて、2年前進学のために家を出て行った時とは違った悲しみが襲ってきました。
娘の借家は、大学前の大通りから百数十メートル中道に入った所にあります。
荷物を部屋に片付け終えた娘は、コーポの入り口に立ち私たちを見送ってくれました。
『どうしても駄目だったら、辞めて帰ってきたら良いからね。』
と、私はまた余計なことを言ってしまいました。
娘には輝く未来が待っているのに・・・本人は覚悟を決めているのに・・・ほんとに馬鹿な親です。我ながら情けありません。
.
コーポから大通りへは、とっても細い路地なので 車は後退しながら坂を下ります。
ゆっくりバックして角を曲がるまでの数分、助手席に座っている私には、満面の笑みで楽しそうに手を振る娘の姿が ぐ~んと空に近づくように見えました。
私は、説明のつかない感情が込み上げてきて涙を堪えるのが大変でした。
娘のこれからを暗示するかのように、空はとってもきれいでした。
美しくまっすぐ飛んでいきますように。

プレゼント

ドンと

父親の子育て参加やら、スキンシップの大切さやら、団欒の大切さやら、世の何かしらの講演で言われることは最もで、なんの反論も持たないが、これまでの20余年、そんな理想どおりのことが実践されている家庭では無かった。
自分だけの趣味の時間を過ごしている夫にひどく腹が立ったこともある。
夫の連日の夜遊びに、孤独を感じて泣いたこともある。歪んだ言葉に心が折れそうになったこともある。
不協和音が鳴るたびに何度も何度も思い直した。
夫のさまざまな姿にあたふたしてるけど ドンと座っている夫の姿がそこにあるじゃ~ん。私の居場所はココよ。って・・・。
幸せになれるとか、良い子が育つとかいろいろなマニュアルにうろたえて、羨むより、人真似でない自分達の生活の形を造ることが もっと大切だと この頃思う。
世間にはさまざまな家庭事情があり、母と子だけの家庭もあれば、父と子だけの家庭もある。父親の単身赴任で別々の生活もめずらしく無い。
我が家もマニュアルに合わせられない家庭だ。
思い通りにならない相手との生活を歪みだらけじゃん!と悲痛に思うか否か。
そんな歪みがあっても、いいじゃない!って笑い飛ばすだけの度量のほうが大切だと思う。
床にモップを掛けたり、ゴミを出すようになったり、端的な話であれば私に相槌を打つようになった夫は、このところ180度の転換をしたように思える。
私も可愛い妻にならないかんね。

LOVE