2日掛けて母に付き添い母の兄姉の元へお仏壇参りお墓参りに行ってきました。
従兄たちにも数年ぶりに会いましたが、体調の変化で随分身辺が変わっていました。
母が末っ子なので私が一番若いのですが、私の数年後を見ているようで身につまされる思いでした。
今を感謝して大切に日々を過ごしましょう…☆”って、感じました。
お墓参りをしながら、
私と同じものを見ても私ほど心が揺れないようで、母がケロッとしていることが唯一の救いでした。
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私はある経験から…
正直に申し上げますと父親が14歳の私の胸を触ったことで、
興奮を目の当たりにして、惨めだし底に落ちたと思ったし、必死にもがいて生きてきて、最善の心持ちを保つように相当努力してきました。
己の感情くらい己でコントロールする事が幸運の秘訣と知っていますよ。
だけど、苦難でした。
今はその感情の起伏やその時間を無駄にしたくは無いと思っています。
年始にやっとの思いで母に告白しましたが、
「メンドイ子じゃね。まるちゃんは考え過ぎよ。ワタシダラは、直ぐ忘れる。」
と、言います。
母は、私より遥かにノーテンキで、毎夜、沢山睡眠が取れている様子です。
「いつまでも同じ感情を持っていたわけではないのよ。様々に変化して成長してきたよ。」
と、弁明している私です。
私は長年、親と距離をとってきましたが、母は私の葛藤に感心を示しません。
自分の評価と他者とのすれ違いって往々にしてあるけれど、なんだか拍子抜けです。
母が残してくれている“おいたち”を見ていると、冷静に考えると…親の愛を感じます。
明らかに両親の子どもへの愛の表現は間違っていました。
決して優等生の親ではありませんが、精一杯に生きて その行いだったのでしょう。
長いモヤモヤはナンテことは無かったかのように解けていきました。
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