心を込めて生きてゆく



袋小路の突き当たりの家人は独居老人です。


土曜日に回覧板を持ってきてくれて前日の黒島公園の桜が綺麗だったこと、今年度の回覧板の順番についてなどアレコレ快活に話してくれました。


その二日後の月曜日、救急車が音もなく共有地に入ってきて突き当たりに住む奥様が搬送されました。
安否を心配し訪ねた壮年男性が救急車を呼んだようです。


火曜日に遠くから慌てて帰省した娘さんと話しましたが⋯。


その壮年男性は医師であることを娘さんから聞きました。
訪問診療の真っ最中に体調が急変し医師が救急車を呼んだそうです。
日頃から感じておりましたが、ご母堂様はお人柄が良く人に恵まれた方でした。
「運が良いですね。出逢う方が皆んな味方をしてくれますね。」と、娘さんと思い出話をしました。


人はどんな暮らしをしていても、どんなに人付き合いがあったとしても、 最期の瞬間は誰にも看取られず、たった一人で幕を閉じることもあるかと思うのです。


人生は一度しかないことにふれたとき、
今という時間を大事にして生きてゆきたいと思いました。


幸せな思いを起こし
家族の為に、自分の為に、心に余裕をもって、心を込めて大事な時間を生きてゆきたいものです。

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母と花見



朝6時半のお迎えで母と市内の桜名所を巡りました。


母は体をやや前に倒しながらもスタスタ歩き、私以上に元気です。
「滝の宮公園は、20年ぶり」
と言う母と桜を見上げながら大池を一周しました。
「袋小路の向こうは今も動物がおるんかいね」
と気になったようで、大型複合遊具が有ることを知った母は更に踏み込んで園内に入って行きました。
巨大なトンネルクネクネ滑り台にチャレンジしかねない勢いで遊具の階段をドンドン上がって行くので追い掛けるのが大変でしたが、中腹のネット状の足場に来て
「止めとくわ」
と折り返した時、ホッとしました。


そのあと、ハローズに車を停めて城下橋の自転車道の桜並木を数百m散歩しました。
帰るのかな〜と思いきや、
「まるちゃん、黒島公園へ連れてって」
と、まだ花見を楽しむつもりのようです。
健康で⋯それに加え好奇心旺盛で何よりです。


黒島公園では葉桜がチラホラ見受けましたが、陽光桜とソメイヨシノの色合いをまだまだ楽しめました。
新聞の情報で高い位置にあるアスレチックと長い滑り台が撤去されて、新しい遊具が設置されたことを知っていた母は、
「ほぅ〜、これかね。大きいね。」
と、讃嘆していました。


帰宅は正午!
朝活のつもりでしたが、半日がかりの花見でした♬

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母からの頼まれごとで付き添うことはあっても誘うことの無かった私です。
ところが、近頃では色々と案を練り旅の誘いをしています。
その旅の1つに鉄道旅『伊予灘ものがたり』があるのですが、あっさり断られました。
伝統工芸や美味しい食事を体験できるレトロロマンの旅で1日4便運行していると言います。
母のリズムに合った便があるはずですが「勿体ない!」と言います。
「桜を観にドライブしましょう。」と誘って、今回ようやくその案に乗っかってくれました。

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父の意欲


曾孫5歳ガールが帰省するのを首を長くして待っていた実母です。
「つーちゃんとじーちゃんの施設へ行こう。じーちゃん、喜ぶわ。」
と、母の兼ねての願いで皆んなで急遽父に会いに行きました。



母・私・娘・孫娘の4世代が会議室で待っているとヘルパーさんの介助で車椅子に乗った父が渋い顔で入ってきました。
5年前の入所した当初は軽快に手を挙げ満面の笑みで意思表示をしていた父ですが、今回はなんとも訝しげな登場です。
たじろいだ5歳ガールは私の後ろに隠れてしまいました。



父は言葉がうまく出なくて今日は何も話しませんでした。そして、人の話も理解していないようでした。
数年前、好きなお人形を揺らして遊んでいましたが、そのような動きや意欲も見受けません。
しかし、小さな子どもは大好きで可愛い者を可愛いと思う力が有ることを知りました。
父は震える手でマスクを外そうとするのですがピンポイントを突くことができずズラす事すらできません。
娘の手を借りマスクを外して…そのあと有ることをして皆をビックリさせました。


父はかつて孫の腕をユックリと擦り安心させた頃に孫の指先をガブリと口に入れたり、噛み付く素振りをしたり孫の反応を楽しんでいました。
私の子どもたちは皆んなその洗礼を浴びています。
父はまさしくそれを実行したのでした。
おずおず近づいていた5歳ガールはそのイタズラに更に怯えてしまいましたが、父はニコニコ緩やかに笑っていました。
つーちゃん(5歳ガール)のおかげで父の本来の茶目っ気と笑顔を見ることができました。



身体機能の低下でトイレや入浴、着替えなどの介助が必要な状態になり6年が経ちました。
唯一食事は声掛けをすることで食べきっていると聞いていましたが、果たして一人で食べきっているのでしょうか?
疑問に感じ帰り際ヘルパーさんに尋ねると食事も介助が必用とのことでした。



「介護は私にはとうで無理じゃった。症状が落ち着いとるのは施設のおかげじゃね。」
と母は父の笑った顔に気を良くしていました。



症状が落ち着いているとは到底言えません。
自発的に会話することが減り、意欲の低下が著しくなっています。
人との意思疎通が困難で家族のことも認知できなくなっています。
今後、食事の際の嚥下機能が心配です。
介護する側も大変な時期といえるでしょう。
ヘルパーさんに感謝申し上げます。

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とつとつと。


母の要望に応えて施設にいる父に会いに行きました。



今回は、父の表情から私が誰か分かっていないことをハッキリ感じました。



どうしてココに連れられて来たのだろう?部屋でのんびりしていたかったのにといった表情です。



母は父の様子に構いもせずに「おじいちゃん、こんにちは。」と父の頬をさすって肩を寄せましたが、父に払い避けられました。



それを見かねた私は、
「こんにちは、私は貴方の娘です。
隣に居るのが、私の母です。つまり、貴方のお嫁さんですよ。。。」
と、父に挨拶をするのですが、、、



父は自分の子供とか家族とかその関係性についての概念がなくなっているようでした。



「むすめ・・・はは・・・よめ・・・」と、私の問いかけにときおりオウム返しで応えますが不安そうです。



「また会いに来るからね。」と言うと
「また会いに来る・・・?」
と。
言葉を覚えようとしているかのように語尾は上がりますが、意味もわからず音だけを繰り返します。



母の声は終始弾み笑っていましたが、面会の場はまるで母の一人芝居でした。
私は虚しいままごと遊びを見てしまいました。
父のように、とつとつと向き合ったほうが楽でしょうに…。



とつとつと。



「じぃちゃん、やわらかい笑顔が無かったね〜。
誰とあっているのか…自分が何をしているのか…もう考えることは無いのかもしれないね。」
と、車中、母に話しかけました。



「そうで?じぃちゃんはわかっとる。」
と、母。
それは母の願望ですね。
への字に口をつぐむ母の様子を見ているとおそらく楽しく無かったのだと思います。。。

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護摩法要


安養寺で2/2節分の護摩法要がありました。


家族の身体健全、開運厄除などを母と一緒に祈願してまいりました。


母は何を思ってか…「まるちゃん、長く生きてね」と、最近頻繁に言います。


母より数秒長く生きようと思います。

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お念珠を握りながら、(タイムカプセルの作文で言い表していた続きは?)自分が幼少期に壊したいと思ったモノは何だったのかしらと考えていました。


念じていれば私の業は消えるでしょうか。。。

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